最近の田中さんは思い切ったことを言うようになった。
引用開始>
核弾頭は、非常に正確なタイミングで起爆させないと爆発せず、起爆装置は核兵器開発の際の最も重要な部品である。以前、日本政府の原子力担当者から聞いた話では、日本は原発があるので大量のプルトニウムを持ち、それを固めて弾頭にする技術もあるが、
核弾頭用の起爆装置だけは持っていないので、核弾頭を持つことができない仕組みになっている。台湾も原発があるので、同様の状況だろう。つまりアメリカは台湾に、4発の核兵器を作れるカギとなる起爆装置を間違って送ったことになる。
終わり>
核兵器には2種あり、広島型はナチが開発した爆弾そのもの(べラスコ説)で、大砲の中にウランを2個離しておいて、爆発さす。だから細長い。大砲の技術でできるので簡単。難しいのはウランの精製。それでイランは遠心分離機がうんぬんになる。
プルトニウムは爆縮が必要で、従って丸い。これが長崎型が太っている訳。
爆縮理論を作ったのがかのフォンノイマン。コンピューターの父であり、ゲーム理論の父である。この人物がアメリカにいたことでアメリカの世界覇権が可能になった。核、コンピューター、戦略の基礎理論の3種の神器を一人で発明した超天才である。しかも心は幼稚/平凡であったと。このアンバランスが博士のステレオタイプとなり、ハリウッド映画のひとつの原型になっている。
爆縮を計算で行えるのがスーパーコンピューターで、地球シミュレーターができて、アメリカが非常にあせったのはこのせい。
で、台湾はちゃんと読んでいたのでのらなかった。えらい!
<引用開始>
台湾は冷戦末期の1980年代、イスラエルから核技術を買って核兵器を作ろうとしたが、途中でアメリカに制止され、廃棄させられた過去がある。当時すでに米中関係は正常化し、冷戦体制が崩壊し始めていたので、冷戦終結を止めたいアメリカの冷戦維持派(軍産複合体)とイスラエルが組んで台湾を核武装させようとしたが、冷戦終結に向かって動いていたレーガン政権(隠れ多極主義)が、途中で見つけて阻止したのだろう。
アメリカが問題を起こしたい相手国に、こっそり核兵器の部品や製造技術を入手させ、それを後で暴露して国際問題に発展させる策略は、911の前から採られていた。
たとえばアメリカは、パキスタンの「核の父」と呼ばれるカーン博士を使って「ウラン濃縮用の遠心分離器はいらんかね」とイランやシリア、リビア、イラク、北朝鮮などの国々に対して売り込ませていた。「悪の枢軸」は、あらかじめアメリカによって裏で仕込まれたものである。
<引用終わり>
言っちゃっていいのかな、という話ですね。
イラクはまったく核兵器無しでも爆撃したので、ありでもなしでも同じなら開発してしまえ、とイランは考えるのか、それも引っ掛けなのか。
どうやら米国は核戦争をしたくてしたくてたまらないらしい。相手に1発撃たせれば、1万発撃てるということらしい。
イランの大統領や、ベネズエラのチャベスなどは案外、日本の暴発を画策した南進派、米内などと同じ種類の人間かもしれない。中共も、もとはといえば延安でCIAの前身のOSSが育てた連中。
このあたりは、奇奇怪怪。クリミア戦争ぐらいから、(ナポレオン戦争から、という説も)戦争させて儲ける人間がいつも歴史の最後の決定権を持っているように思える。世界大戦は第1次も第2次も第3次(いまの中東)もずっとロックがさせていたのかもしれない。ずっといやいや引きずり出された被害者のような顔をしているが。
台湾やイラク、パキスタンの推移を見ているとだれでもアメリカは国内で核テロが起こるのを待っているような気がしてくるだろう。
最近米国の特殊部隊は
パキスタンの核施設を強襲して原爆技術を回収したようだ。
参考資料:爆縮レンズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
爆縮レンズ(ばくしゅくレンズ)は、原子爆弾に核分裂反応を発生させるための技術のひとつ。
原子爆弾の構造は、大きく分けて、ガンバレル方式(広島に投下された原子爆弾リトルボーイに代表される方式)とインプロージョン方式(長崎に投下されたファットマンに代表される方式)の二種類に分類されるが、爆縮レンズはインプロージョン方式の中心となる技術である。
人類初の原子爆弾であるガジェット (Gadget) と、長崎のファットマン以降、世界の核兵器の多くがこの技術を用いている。
爆縮レンズ
目次
* 1 プルトニウム原爆の課題
* 2 爆縮レンズの原理
* 3 開発とその後
* 4 外部リンク
[編集] プルトニウム原爆の課題
プルトニウムを用いる原子爆弾では、確実に核分裂反応を起こし、超臨界状態にするために、周囲から強い力をかけて中心部を圧縮する必要がある。このように、周囲全体から圧縮をかけることを、インプロージョンや爆縮(ばくしゅく)という。
爆縮には、火薬が燃焼した時に発生する衝撃波を用いる方法が考案されたが、中心に球形のプルトニウムを置き、その周囲を火薬でぐるりと包み込んで、電気仕掛けで複数の位置から点火しただけでは、それぞれの点火位置から最も近いプルトニウムだけに力(圧縮力)が先に到達してしまい、核分裂反応が発生しない。また、圧縮力の到達にむらが生じると、プルトニウムもろとも木っ端微塵に飛び散ってしまうため、プルトニウムの周囲全体に均等な力を同時にかけ、圧縮力が逃げないようにすることが必要とされた。
爆縮レンズの構造
[編集] 爆縮レンズの原理
マンハッタン計画の科学者らは、爆破加工に用いられていた爆薬レンズを応用し、燃焼速度の速い火薬と遅い火薬を組み合わせる方法を考えた。球形のプルトニウムの周囲を火薬で包むという構造は同じだが、前述のように点火位置に近いプルトニウムだけ先に衝撃が伝わる事を防ぐために、遅い火薬をコブ状に追加した。これにより、点火位置の近くで先に伝わってしまう圧縮力が、速度の遅い火薬のコブで減速され、少し遅れてプルトニウムに到達するようになる。逆に、点火から離れた位置では速い火薬が多くなっているため、圧縮力が高速で伝わるようになり、球形のプルトニウムの全ての位置で、圧縮力と伝わるタイミングが一致するようになった。
この圧縮力の伝わり方がレンズの中の光に似ているため、爆縮レンズと呼ばれた。
長崎型原爆の模式図。Fast explosiveが燃焼速度の速い火薬、Slow explosiveが燃焼速度の遅い火薬である
[編集] 開発とその後
開発に至るまでは火薬の燃焼速度等、様々な条件が一致することが求められ、 当時の火薬学で用いられていたCJ理論では取り扱えないほど精密な計算を要求されたため、新たにジョン・フォン・ノイマンらによってZND理論が開発された。 ZNDモデルでは先行する衝撃波は不連続面として扱われるが、双曲型偏微分方程式を差分近似で数値的に解こうとすると衝撃波の不連続面は特異点になってそこで解が発散してしまい計算することが出来なくなってしまう。 そこでジョン・フォン・ノイマンは人工粘性の概念を取り入れることで上放物型偏微分方程式の差分近似に置き換えて計算することに成功した。その結果、曲がりなりにも衝撃波の数値計算ができるようになった。 しかし、ZND理論は大変に複雑で膨大な計算を要したため1940年代当時のロスアラモス研究所に集められたジョン・フォン・ノイマンらの数学者達の手によっても、優に10ヶ月以上の時間を要した。当時は、コンピュータが無かったためである。
世界初の原子爆弾、ガジェット(Gadget)。複数の点火装置に伸びるケーブルが見える
計算の結果、点火装置の数と、それに応じるように配置された火薬のコブは、原子爆弾一つにつき32個が最適であると結論された。
また、当時の起爆装置では誤差が大きすぎて32個の雷管をナノ秒単位の誤差で同時に起爆させることが出来なかった。 そのため、新しく起爆電橋線型雷管が開発された。
原子爆弾が32面体(切頂二十面体)の構造を取ることは当然機密であったが、マンハッタン計画に参加した科学者の一部は、将来アメリカが核を独占する世界になることを恐れて、これらの情報をソビエト連邦に流した。ソビエト連邦はこれを基に第二次世界大戦後すぐに原子爆弾の開発を始め、スパイや共産主義思想を持つアメリカ科学者などからの継続的な技術情報の提供を受けながら4年後の1949年8月29日に核実験を行った。
その後も爆縮レンズの構造は機密扱いであり、トリニティ核実験の映像なども一部がカットされた状態で公開されていた。
最初の爆縮式原爆であるファットマンでは爆縮レンズの爆薬だけで2500キロにもなり重量の半分以上を占め、直径は137.8センチと大きく原爆が大型化する最大の原因になっていた。このため、後年では爆縮レンズの小型化が重要な課題となり様々な方法によって最終的には直径30センチに収まるほどにまで小型化されている。
このように爆縮レンズは極めて高度な技術であると認識されてきたが、インドに続いて2006年に非先進国の北朝鮮がプルトニウム型原爆実験を行ったことにより、核兵器開発における技術的な障壁はもはや消失したといえる。
<引用終わり>
「もはや消失した」そうでもないようだが。北のはどうやら失敗らしい。
日本にミサイル買わすため核雷管1個だけあげてやらしたのかもね。
やらせ、だまし、のせておとす。何せ「ゲーム理論」の直系の弟子たちだからね。孫子どころでないよ。