金利の起源がなぞで、税から逃れられるところはあるが、金利は現代では万有引力のように、地上から逃れる場所はない。
なぜだろうとおもっていたが、
副島氏は金利の発端は投資とリンクした保険、という概念だと。
たしかにリスクのない世界はない
リスクは正確に計算可能である、ということはありえないので、当然、ハイリスクの金利は高い。
あぶない借り手は元本が帰らない可能性が高いので、金利は高くなる。
で市場の登場。何人かの借り手のなかから一番信用が高いと評価してくれるヒトから借りると金利は低い。あるいは一番貸したいひとから借りると安い。
借りるほうは信用の程度が金利の程度に転化される。貸すほうは金余りの程度が金利に転化される。
で、市場を操作できれば、変動リスクは減少するので、安く資金を調達できる。
で、「統制された先物市場」では危険を先買してあるのでCME状態になって利益のとりたい放題になっているわけ?
計算外の天変地異が起こったらどうすんでしょう?
で、投入する金は、真水じゃない、「紙切れ」なら別にかまわないということか?
早いうちに、(みんなが信用しているうちに)紙切れを真水に変えたいわけか。それでグローバルと称して実物と紙と交換させるわけか。
綱渡りだね〜
しかし結局、これからの中国人みたいに。「おりゃ〜食っちゃったかねはかえさんで」、と言い出したらどうすんでしょう。
国境閉鎖して、「わしゃいまから別の惑星じゃ」、といいだしたら、どうすんでしょう?
その気配が比較的弱い、フランスに向けられているような。
(しかしよく考えると、貸し手が借り手にリスクをすべておっかぶせるような、(抵当と金利のにじゅう取りの、いや保証人もいれると3重どりの)ニホンのやり方はユダヤのそれより3倍ひどい、ということになる。)