自分のためのメモです。
非公開にするかもしれません。
いま医療は迷っている。高齢者のような、「お迎えを待っているヒト」の医学における居場所がない。
家族は死から目をそむけ、病院に丸投げしている。
主な原因はみんな余裕が無いことである。
イスラエルのキブツのように子供をもの扱いするシステムが今の病院である。働くために、老人を振り返る余裕がない。
学校も決まりきったことをするために、考える余裕がない。
すべて余裕がないことが原因だ。
どうやら資本家は人々の時間を奪い、労働させ、税金や商品で吸い上げるために「余計な」文化を破壊したと見える。
昔はすべてが農業のリズムで動いていたために、いくらあくせくがんばっても無駄であった。天候に左右されるのでかえって余裕があったのだ。
ところが石炭や石油は掘り出せばいくらでも出てくるので、かえって余裕が消失した。雇い人を死ぬほど働かせばそのぶん儲かる。
これが今の分化の基礎トレンドである。さらにあの世を感じないように頭脳を破壊した。
それにはさまれて死に行くヒトはごみ扱いになってしまった。古い文化はみんな死人の記憶とともに生きている。いまは写真が1枚飾ってあればいいほうだ。
人は記憶とそれによって作られるカルマから逃れることはできない。だから大事な記憶を大切にして、毎日自分の記憶と会話して自分のカルマを修正してきたのだ。それが神話と祈りであり、祖先への感謝だ。
これが全ての人倫の基礎である。これを破壊したので、人は死ねなくなった。だから生きることも不完全になった。
全ては明治維新の開始時に権力構造に偽装を埋め込んだためだ。人が人を食らう異様な修羅場時代を生き抜くためにやむを得なかったと伊藤や大久保たちは言うのだろう。
偽装が西欧近代の本質で世界操作(破壊)のキモだとわかっていたのだろうか?