被災状況が少しずつ分かってきました。行政側からは何の情報もありませんので、新聞を見ながら、家の周りを自転車に乗って調べて回りました。自宅は中央上の「東小」と書かれたところのほど近くです。赤い星印は屋根が破損していると外観でわかるものです。2本の被災家屋を結ぶ筋が合わさったところが我が家の近くだったようです。報道では、震度6弱とのことでしたが、実際にはテレビが飛ぶなどの様子も見られましたので、同じ焼津市内でも、白金を中心とした地区は最も揺れが激しかったのではないかと推察します。
上の地図は実際の状況を網羅しているとはいえませんが、今朝10時ごろにカメラを背負って周辺の被害状況を調べに行った結果をまとめたものです。我が家の周辺には、新旧合わせて屋根の破損が頻発していました。また、下の写真のように鳥居が落ちている神社が2社ありました。大名行列で有名な吉永と田遊び祭りで有名な藤守の八幡神社です。柱を残して鳥居の部分が崩落していました。
屋根の状況は、瞬間的に棟が吹き飛ばされたようになっています。
これらは写真に収めたもののほんの一部の例です。すでに瓦職人さんには200件を超える修理依頼があり、とても手が回らないという話でした。また、瓦の落ち方が非常に特徴的だと話していました。

なかには築数年の家もありました。逆に築数十年を経ていても無傷の家もありました。ともあれ、代償は大きかったもののよい勉強をさせてもらったということかもしれません。東海地震に対する備えの甘さを十二分に味わわされましたので・・・。
「東海沖地震には関係ない」という意見と「発生が早まったのでは・・・」という意見が併記されていて不安は募っています。また、周期が1〜2秒の木造家屋を揺らして壊す「キラーパルス」と呼ばれる波はほとんどなく、周期約0・3秒の波が主で、全体的に1秒以下の短周期が中心だったため、家屋よりも、室内の物が倒れたり落ちたりする被害が多かったという見立ては、実感としても感じられた。ユサユサという揺れではなく、いきなりバットで殴られるような衝撃で我が家のテレビは吹き飛んだからです。
まさにカウンター一発。屋根の特異な壊れ方もそれを物語っています。それによって焼津市は西に2cm動いたという訳です。ところで、この地震は、駿河湾地震と静岡沖地震の2つの名前で報道されているのですが、いったいどちらの名前がつくのでしょうかF(^_^;
ちなみに、1週間ほど前から地震雲を見たとかで母が、食器棚を固定し、扉が開かないように固定してタオルを隙間に入れておいた食器棚は無傷でした。備えの大切さがよくわかります。
これが、扉だけ開かないように固定したつもりの飾棚。
タオルを中に緩衝材として入れた食器棚。
固定しなかったものは、次の通りでしたから備えの大切さがわかります。
地域で助け合う必要を今更のように感じさせた地震でした。

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