1857年の今日、パリでセシル・シャミナード(Cecile Chaminade)が生まれています。
いつも音楽にあふれる豊かな家で育ったセシルは、ピアノを母から習いました。
8歳の時には作曲をし、隣の家に住んでいたビゼーは彼女を「小さなモーツァルト」と呼んで可愛がっていました。
当時パリ音楽院の作曲科は女性に門戸が開かれていませんでしたので、ビゼーが父を説得して、セシルは音楽院の教授たちから自宅でレッスンを受けます。
自宅のサロンにはシャブリエ、ゴダールなどの音楽家が集い、16歳になっていたセシルの弾くピアノはすでに趣味のレベルを越えていました。
19歳の時ピアニストとしてデビューし、20歳の時には作曲家としてコンサートを開いています。当時のサロンで良く受けるピアノ曲や歌曲を作るとともにピアニストとしてヨーロッパ各地で活躍します。
1879年22歳の時に国民音楽協会のメンバーになり、管弦楽曲やバレー音楽などの大規模な作品も作るようになります。こうして順調に活動するシャミナードに、女性であるが故の男性からの偏見と嫉妬があり、10年後には音楽協会を脱会します。
30歳の時に父を亡くし、経済的な理由から、ヨーロッパ各地を演奏旅行する日々を過ごします。
シャミナード44歳の時、音楽を商売とするルイ・カルボネルと結婚します。しかし共に仕事を持っているため、冬の間だけ一緒に生活する遠距離結婚でした。
第一次世界大戦の最中には、病院で看護にあたり、時折患者のためにピアノを弾くこともありました。
シャミナードは数多くの歌曲・ピアノ曲を作っています。リストやショパンを彷彿とさせる華麗な音楽は一家揃って楽しめるものです。第二次世界大戦のさなか、87歳の人生を終えています。

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