「これからの滝沢」を語ろうとするとき、考えているのは84年以後です。つまり、滝沢亡き後のことです。
滝沢亡き後、何が起きたか。それを「冷戦後」と「ポスト冷戦後」ということばで語ってみたらどうかと提案します。「ポスト冷戦後」という言葉と認識は佐藤優に学びましたが、私なりに潤色してあります。
まず「冷戦後」とは、ソ連邦崩壊、東欧の民主化の流れであり、「資本主義の勝利」といわれた事態です。第二に、その事態を引き起こした原因の一つとされる先進国における情報消費化社会の到来です。こうした社会の変化と先の歴史上の転換を目して「冷戦後」とします。
「ポスト冷戦後」とは9・11以後の世界です。ここではまず「テロとの戦争」の時代の到来が重大です。冷戦後には、資本主義の勝利、歴史の終焉、平和の到来、世界のグローバル化といわれましたが、そんな時代はいっぺんに転換しました。
グローバリゼーションと反グローバル化の運動、テロリズムとの対峙。そんな中、中国、インド、ロジア、中南米の台頭による帝国主義時代への逆戻り、そして地球環境の破壊、先進国における精神の荒廃と格差、地球規模の格差のひろがり、貧困が話題の中心になっています。
これらは滝沢が経験しなかったもので、私たちが自身で取り組まなければならない問題です。そこに「これからの滝沢」「未来の滝沢」が語られなければならない理由があります。また、それが語れなければ滝沢は過去の思想として殿堂入り、いやお蔵入りするだけのことでしょう。語れるか否かはけっして自明ではないのです。このことを強調しておきたいと思います。

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