ブログの更新が間延びしてきてしまって、これではイケナイと思いつつも夜になるとその気力が絞り出せずにそのまま横になってしまう日が増えてきた。
プロジェクトが目指してきたフェーズへどうにかゴールして、現在は次フェーズへの準備期間なんだけど、どっちかと云うと真空状態でやや自失呆然としていると云うのが正直なところ。スケジュール的には上手く行ったものの、課題も出て、なんだか解らないけどメンバー間でも揉めて、今はその課題が一体何で何所に問題があったのかまで理解出来ていない。終わったは終わったけど、何だかモヤモヤしたものが残った感じなのだ。
そんなモヤモヤ感を抱えつつ、一人会社を出て黙々と歩いていたりする訳だ。でもまだ答えに辿り着けていない。
急に寒くなった事もあるけど、目標にしてきた減量が達成、ほぼ同時に今の環境下で到達できそうな水門ほほぼ制覇してしまった事から、休日の目標も唐突に失われてしまった感じだ。
先日のブログに「水門ファン」と書いたらカミさんに水門好きだったの?と聞かれた。これにはギクッとしてしまった。勿論今の自分は水門好きなのは間違いない。しかし、これは結果的なものである事を自分自身は十分解っている。つまり根っから好きだった訳じゃないのだ。
ちゃんと減量したい。と云う問題意識から休日に定期的に自転車に乗る。乗って走る為に必要だったのが、目的地で、ほどほど点在していて自転車で目指しやすいものとして選んだのが水門であった訳だ。
勿論、水門自体が自分自身すごく物珍しかったと云うのもある訳だが。好きだった訳ではなかった。しかし、とある水門を目指して、ルートを探して辿り着くと云う行為を繰り返して、色々な水門を眺めているうちに、河川や運河の成り立ちや、関東平野に広がる治水施設の配置が徐々に明らかになり、その面白さが理解できた訳なのだ。そして何より自転車を踏む喜び。
これはやり始めてみない限りそう簡単に理解できるものではない。そして僕は今向かうべき場所を見失いつつある。自転車を踏むにはやはり適当な目標が必要なのだ。
こう書いて自分でもびっくりなのだが、仕事でも私生活でも、やり続ける、やり遂げるにはやはり目標が大切で、その目標って実は何でも良い。何でも良いけど、適当に距離と数があって、簡単に終わらないものが必要だったと云う事だぁね。つまり、それなりのリーチと数があれば、目標自体に意味があろうがなかろうが、これを定めて、一旦決めたら、ひたすらそれにむけて努力する事が楽しいと云う事だ。
こんな簡単な事がおやじになってはじめて本音で言えるようになったのである。若いうちにこれが解って実践出来ている人は幸いである。きっとすばらしく充実した人生を送れる事間違いなしだと思う。
そして今僕は、チャリを輪行するか、車に積んで新しい場所を目指すか、全く別の目標を探してあたるか。つらつらと悩んでいたりするのでありました。

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