2008/12/31

最後の日記  

このブログは2005年から2008年までの日記です。
2009年以降の日記は以下のブログになります。

鳥酉Ballet日記 http://toritoriballet.blog79.fc2.com/

内容は相変わらずのタワゴト日記です。

鳥酉二人組
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2008/12/20

クリスマスチャリティーガラ ルグリ編  ルグリ

今回のお目当てはルグリの新作『ザ・ピクチャー・オブ...』。
予習大好きな鳥酉2人組。もちろんパーセルの曲も聴いていたんだけれど、オペラとは関係なかったみたい(笑)。
あえていえば、このアリアで1番印象的なフレーズ:
Remember me, remember me,But ah ! forget my fate.
<私を憶えていて、でも、私の運命は忘れて>に振り付けたんじゃないかな?
引退を控えたルグリからのメッセージとも取れるじゃない!?

作品としては、曲そのものが5分程度しかないから、あっというまに終わっちゃうのよね〜(ブツブツ)と思っていたら、ちゃんと(?)プロローグがあった♪
ブルーのスクリーンにベールを被ったルグリがシルエットになって浮かび上がる。ギーギー音をたてているのは恐竜のうめき声?ルグリだから恐竜なのか、巨獣だから恐竜なのか(笑)。Tシャツを被った姿は、まんま〈ウルトラ怪獣ジャミラ〉なんだもの(汗)。まあ、どちらにしても滅びゆくものの嘆き声。と思っていたら、本当は鯨の鳴き声なんですってね!だから、機械的な不協和音なのに生き物ぽかったんだ(納得!)。
ともかく、この作品で1番面白いのはプロローグ!
ゆったりと暗闇をうごめく姿はおおよそバレエ的ではないのに美しい〜♪

にしても、ベールって流行り?夏のジローさんはスカートを被っていたし(苦笑)。ベールを被っているってだけで〈忍耐〉を強いられているように見えちゃうんだけれど、ウェディングベールっていうのもあるくらいだからヨーロッパでは一般的なものってことかしらね?

プロローグに続けて上演された歌曲の部分は、今回バナが自作自演した『アーメド』の習作風(汗)。『アーメド』もコーランのような調べにのせて踊られる女声の楽曲。どちらも女声に振り付けられているからダンサーの資質の違いが明確になるのかな〜と思ったら、バナの舞踊言語なのか、ルグリが『アーメド』の影響を受けているのか、連作みたい。

バナ自身は、関節がないとしか思えない!しなやかで流れるような腕の動きに歌う指先が、作品を支配するくらい強烈なインパクトを残したの。
ルグリはクラシックでも音楽にあわせて滑らかに踊るダンサーだから似合いそう(って、何を観ているんだ!)とは思っていたんだけれど、バナの振付は遥かに進化形♪最初から最後までノンストップ!水が揺蕩うように常に大地を流れ続けている。踊りを枯渇するかのように、一瞬たりとも淀んでいないんだよ(驚)。音楽はゆったりしているのに踊るほうは超ハード。

サービスショット?シルフのように顎の下に手をやる仕草を何気にスルーしたのは、やっぱりルグリ!(苦笑)。バナがやると色っぽかったのよ〜まあ、『アーメド』のほうは、バナのがっしりした体格とは対照的に女性が踊ってもいいような両性具有の振り付けだったからっていうのもあるけどね。

今回選ばれたパーセルの曲は、死の直前に歌われる哀しいアリアだから「僕って可哀想」ってタイプのダンサーのほうが似合うはずなんだ。それをあえて(?)ルグリ。不死鳥どころか不死身のルグリが踊ればいくら絶望や苦悩しても耽美に走ることはないわけで、滅ぶという〈結末〉より滅んでいく〈過程〉にこそ、その美学があるのかな〜そのせいか、最後は唐突に終わっちゃった印象。重苦しい死が訪れるわけではなく、淡々と去っていく感じで。まあ、それは、プロローグがあればエピローグだってあるだろうという期待のせいもあったんだけれど。いや、いつまでも踊っていて欲しいという願望もあるか…

何はともあれ、これから新しい引き出しに何を詰め込んでいくのか?が楽しみ〜な作品でした♪また、観たいな〜(バレエフェスでやってくれるんだよね→やって〜〜〜)
ピヨ
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2008/12/20

クリスマスチャリティーガラ 舞台編  ルグリ

厳選されたダンサーによる厳選された演目。ハズレなしの70分♪
濃縮されていて、体力がない年寄りには有り難かったわ〜(笑)

『白の組曲』アダージョ
ペッシュがアバニャートをリフトして登場しただけでルンルン♪あ〜、おフランスだわ〜(って、そればっかり…笑)東バの日本風(?)『白の組曲』ばかり観ているせいか無機質な作品だと思っていたら、男女の物語を語ることもできるのね!素敵〜♪

『アーメド』(→ルグリ編)

『ラ・シルフィード』
牧歌的な雰囲気のリアブコにはジェームズがぴったり〜夢中でシルフィードを追いかけるジェームズの幸せそうなディズニー(?)スマイルがこれまたかわいい。肝心の踊りのほうも、細かい脚の動きが美しいだけでなく、会場が会場だからマネージュなんて無理だろうと思っていたら普通のホールと同じ(に見える?)ように踊ってくれたから嬉しかった〜

金髪のアッツォーニはテスマーを彷彿させる風貌にコケティッシュな雰囲気。クラシックを踊るところは初めて観たけれど、ふんわり軽やかでトゥの音がしないのも見事!
特設ステージでやる演目としては、この演目が1番チャレンジングなんじゃないかと思っていたけれど、そんなこと全然感じさせなかった。サロンで『薔薇の精』なんていうのもありだったんだから踊れるものなのかも?

ところで、このステージ、上手・下手とも客席側の出入り口(幕)は平なのに、奥側は階段なのよね。ヴァリエーションとかで舞台に出てくる時にはこの階段を駆け上ってくるわけ。海外のドキュメンタリーなんか見ていると野外の特設ステージで階段を上って舞台へ出ていくシーンがあるじゃない、まさにあれ!舞台裏まで垣間見れて、ちょっとお得な気分になっちゃった♪

『シルヴィア』
まず、うつむきがちに登場したアミンタの若さにビックリ!それも、ただ若いだけじゃない。特殊メイクなしで過ぎ去った歳月の長さまで感じさせてくれるんだ。若い頃のナイーブな心を残したまま、年をとってしまったって感じ。

〈マディソン郡の橋〉のように、彼女への想いを秘めたまま一生を終えるはずだったのに…突然の再会。オレリーとPDDを踊った時には、出会った瞬間に火花が散るような衝撃的な再会だったけれど、今回は静かな再会だった。行きつ戻りつしながらも、どうすることもできないことを悟っている…そんな2人。

アミンタが背を向けた瞬間、縋りつくような切ない表情をみせるシルヴィア。なのに、アミンタが振り向くと何もなかったかのように冷静さを装うものだから、シルヴィアの想いはアミンタには伝わらない。だから「僕なんか、僕なんか…ダメなんだ…」って思い込んでいる内気なアミンタはシルヴィアに縋りつくことさえできないの〜想いがすれ違ったまま、何もできずにただ時間だけが過ぎていく。そんなアミンタの振り回されっぷりがいじらしくて〜〜〜♪

アバニャートはルグリと踊ると動きがイマイチ音楽的に見えなくて「う〜む」だったんだけれど、今回はまったく気にならなかった。この2人で全幕を観たかったなあ〜(6年前にストで観られなかった恨み再燃!?)

『バーンスタイン・ダンス』
背景にはニューヨークの街。夏のガラでも踊られたけれど、こういう誰が観ても楽しい気分になれる作品っていうのは会場の雰囲気が和んでいいよね。1曲休んだだけなのに、軽やかなステップで踊りまくるリアブコがかっこいい〜♪

『ロミオとジュリエット』寝室のPDD
アッツォーニのジュリエットは幸福いっぱいって感じで、とっても愛らしかった〜
ペッシュのロミオは少年のようなたたずまいの中にも毅然とした男っぽさをみせていたのが印象的。前に観たときよりジュリエットが夢見心地だったせいか、ロミオの決意が鮮明に浮かび上がってきたんだよね〜♪

で、今回の公演はガラだしコンテの演目が多かったから、ここまで舞台装置はなかったわけ。せめて、ロミ・ジュリくらいは!って、頑張ってくれたのはいいけれど、用意されたのは普通のベッド。せっかく舞台装置があっても、客室(それもスタンダード?)のベッドをそのまま持ってきましたっていうのがみえみえなのはいかがなものかと…他にやり方がなかったのかなあ〜(残念)

『ヘルマン・シュメルマン』
この作品、以前、バレエフェスやロイヤルの公演(@ギエム)で観たことがあるはずなのに、どうしても思い出せない。あんなに衝撃を受けたのに…何かすっきりしないなあ〜と思いながら観ていたら、アバニャートが黄色のスカート姿で登場。あっ、これなら知っているわ!(バナもスカートをはいて真似っこしてみるんだけど、ユーモアはいまひとつ…って、そういう作品じゃなかった?)
う〜ん、どうも、ギエムのフォーサイスは、今からみると現代感覚で踊られるクラシックバレエだったみたい。そりゃあ、10年以上も前の話だものね(当たり前!)。

アバニャートは芯がないような柔らかい動きのなか身体を捻る独特のポーズが上手いから観ていて心地よかった〜♪バナのほうは腕が語り過ぎて何を踊ってもバナ。ところが、その自然体な感じがアバニャートの作為的な動きと意外なほどマッチしていて面白い組み合わせだった!

『ザ・ピクチャー・オブ...』(→ルグリ編)

ピヨ
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2008/12/20

クリスマスチャリティーガラ 会場編  ルグリ

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Hiten@entrance

クリスマスの頃になるとどこのホテルでもディナーショーをやっているけれど、歌だったらコンサートホールで聴いたほうがいいんじゃないの〜と思っていたのに…ついにディナーショー・デビューする日がきてしまった(って、大袈裟な)。
でも、今回、初めてディナショーに行ってみてわかったんだ!
これって、まるでプライベート・コンサート♪
座席と座席の間にゆとりがあるから、最前列でなくても周りにはだ〜れもいないみたい。そこにいるのは、私と舞台のダンサーさんだけ。私のために踊ってくれているんだ〜と錯覚させる<1対1>感。あ〜これなのね、プレミアムっていうのは…

でも、さすがにルグリは別だった。みんなのルグリだから(笑)。太陽王は手に入らないものなのよね〜それでも病みつきになりそうなのが怖い(苦笑)。

ディナーはといえば、結婚式に招待されてお食事をしている感じ。そりゃあ飛天だものね(笑)。
豪華なシャンデリアに特設ステージはちょっとミスマッチだったなあ〜真っ黒な舞台・背景に剥き出しの照明器具とくれば文化祭のステージだもの。舞台が始まるまで隠しておいてくれたらよかったのに〜(って、何を無体な)。

お食事は、前菜・スープ・メインにデザート。
贅沢に使ったフォアグラに温泉玉子のコクがプラスされた冷製コンソメスープがおいしかった〜
デザートのブッシュドノエルは、チョコパレットに雪の結晶やコクトーっぽい天使(アナホリフクロウ弁←誉めすぎ〜)の絵が散りばめられていて、Joyeux Noelの文字まで踊るおフランス仕様。もちろん鳥酉2人組は大盛り上がり。

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Buche de Noel

さて、舞台は?
ピヨ
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2008/12/17

もうすぐXmas  ルグリ

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Thy hand, Belinda, darkness shades me,
On thy bosom let me rest.
More I would, but Death invades me,
Death is now a welcome guest.

When I am laid
I'm laid in earth,      
May my wrongs create
No trouble      
No trouble in thy breast.
     
Remember me, remember me, 
But ah ! forget my fate.
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2008/12/13

ザ・カブキ  東京バレエ団


首藤君の塩谷判官を絶対に見る〜というPiyoの主張と、後藤(兄)の由良之介はイヤだ〜というアナホリフクロウの主張が見事に一致して、初日。


矜持が高く純粋で屈辱に耐えられそうもない塩谷判官と、下品ではないけれど人間の醜い部分を見せつける高師直。特に木村くんが顔世にちょっかいをかける場面は、判官に対する嫌がらせに自分のスケベ心を混ぜ込んで、すっかり板についたヒヒ親爺振り。良いわ〜

「判官切腹」の場面で見せた力弥と判官のやり取りも最高!初めて見た大槻さんの力弥は圧倒的に武士でしたね。
今までの力弥が子供過ぎだったんだと気がついた。武家の作法というか自分を律することのできる姿に涙を誘われるのよ〜自分から可哀想がっちゃダメなんだから。(しかし大槻さん、お若く見えましたね。お幾つなんだろう?)
一方、判官の無念の思いを振り切るように思い切りよく切腹する姿は、首藤君の真骨頂。芝居心が増して以前より良くなっているのに、もう見られないのかと思うと凄く残念。この姿は絶対心に焼き付けておきたい!

初めて見て、思ったとおりで笑っちゃったのが長瀬姫の勘平。巻き込まれ流され、運命に翻弄されるまま。
最初のイチャイチャ振りは甘めで悪くなかったけれど、ここまで姫キャラだと勘平じゃない。おかるの方が圧倒的にしっかりものだし。
Piyoのおススメは定九郎役だそうで、姫定九郎!(^m^)ちょっと見たいかも。


女性陣は白塗りで個性を出しにくい作品だけど、友佳理ちゃんの顔世は別。特に後半が圧倒的に良い。出だしはともかく切腹の場面で桜を持って通り過ぎる姿や、仇打ちに向かう由良之介が自分を偽る場面で「判官殿の無念を忘れたか!」と詰る様子に顔世の芯の強さがはっきり見て取れる。西洋風のお姫様ではないけれど大名の奥方らしい格は感じるから不思議。
っていうか、やっぱり日本人だな〜って思うんだ。お才だって与市兵衛だって初めて見たキャストのはずなのに全然違和感がない。役にすんなり溶け込めている感じ。
とはいっても数年前には摺足も危なげな時代もあったから、楽に踊れる作品て言うわけじゃないらしい。
結局、今の東京バレエ団にそれだけ地力がついたのかな。
判官が切腹に追い込まれる場面まで、いつも芝居を一人で引っ張る高岸さんの由良之介がちゃんと傍観者に見えるほど、各々の存在感があったからね。

高岸さんの由良之介は相変わらず流石の出来なんだけど、珍しく後半のヴァリで息が上がったらしい。そんな様子は初めてみたからちょっと驚いちゃった。でも、その辛そうな姿が由良之介の苦悩にダブって一層感動的。いつものヒーローみたいな由良之介から、人間的な由良之介が垣間見えて作品の持つ奥深さが感じ取れた。
弱い由良之介なんてありえないと思い込んでいたけれど、ベジャールの作品は役の個性を固定をするものではないらしい。

『ザ・カブキ』って最初のクラブ・シーンから最後の全員自決の場面まで、すごく良くできた作品だし、音楽もピッタリ。これが外国人の視点だということで《日本伝統芸能である歌舞伎の忠臣蔵》を客観的に見る面白さに通じているんだよね。

アナホリフクロウも何回も見ているけれど、今回が一番良かったかな。
由良之介、判官、師直、伴内、顔世、力弥に「かくあるべし」というダンサーが集ったんだから当たり前かも。

贅沢な舞台だった〜


アナホリフクロウ
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2008/12/9

明るい小川(9日&10日)  観劇全般

文句なしに楽しかった〜
あんまり面白くて2日間通っちゃったよ(*^o^)/\(^-^*)

フィーリンのダンサー(というかバレリーナ?)とアレクサンドロワのバレリーナが絶対見たくて行ったんだけど、もう期待以上の出来。明日もフィーリンが出演するとなれば行くしかないでしょ!の盛り上がり。
で、2日間見てもやっぱり楽しいの。2日目の方が分かりやすかったくらいで、フィーリン以外の主要キャストは違っているから、よくできているんだと思う。こういうのを《誰が見ても楽しめる作品》て言うんだよね。


ラトマンスキーの振付はクラシックが基本で、全体の構成がミュージカル仕立て♪主要キャストだけじゃなくて群舞にまでそれぞれに似合った振付がされていて飽きさせることがない。これって台本通りの振付なのかなぁ?とにかく音楽と振付がピッタリ。
ショスタコーヴィチの音楽を意識して聞くのは初めてだけど、幅がめちゃ広い。19世紀のバレエ音楽のような曲からジャズっぽい曲まで次々に繰り出されて、全面パロディのコラージュみたい。どの曲も耳に馴染みがある感じなのに煌めくようなフレーズがちりばめられていてワクワクし続け。この音楽に対する印象と振付に対する印象がまんま同じなんだ。
やっぱり音楽の力って偉大だよね〜ど素人のアナホリフクロウが「フィーリンとこの音楽だけでももう一度見る価値がある」って思うくらいなんだから。


こんなに作品の完成度は高くても、ダンサーの個性だってちゃんと出せるから、2日間見て本当に良かったと思う。

クリサノワ&メルクリーエフのジーナ&ピョートル夫妻は大人カップル。
ピョートルはバレリーナにアピールしまくりだけど、どこか浮気っぽい感じが見え隠れしてる。ジーナもそんなピョートルを甘やかしていて、オペラの『こうもり』みたいな雰囲気かな。
一方、ゴリャーチェワ&ワシリーエフの若手コンビは幼い感じ。結婚はしていても夫婦としての絆なんてまだまだ。浮気と本気の区別もつかない様子だね。
この2組の違いが端的に表れた場面が、2幕でのバレリーナの衣装をつけたジーナと騙されているピョートルのキス。
キスした後にメルくんが不思議そうにするのに対して、ワシリーエフは喜びの余りガッツポーズしまくり。いくら暗くても自分の奥さんに気がつかないって、ガキすぎるでしょう!
当然その後のジーナも、疑いを持ちながら自分の踊りに魅了されるピョートルへの愛しさと苛立ちを見せるクリサノワに対して、完全に怒っているゴリャーチェワになってしまう。どちらも面白かったけれど、年寄りの鳥酉二人組は大人が好み(^_-)-☆

それにピョートルに思いを寄せられるバレリーナも、アレクサンドロワだとダンサーに一途過ぎて全然相手にされない感がくっきり。その点オシポワはダンサーに夢中って程でもないし、ワシリーエフとのパ・ド・ドゥは息が合っていてジーナが心配するのも仕方ないかな。
初日はとにかくノリノリのアレクサンドロワ。一幕でバリエーションを披露したダンサーに対して農場の人達よりも大喜びしちゃう。真っ先に立ちあがってめちゃめちゃ拍手して「きゃ〜素敵!」って言っているのが聞こえるようヾ(°∇°*)
あんなにパートナーに手放しで賛辞を呈するのを見たのは『パキータ』以来じゃないかなって言うほど凄かった。

そして絶賛したいフィーリンのシルフィードo(≧▽≦)o♪
次に『ラ・シルフィード』見たら1幕で噴き出しそうだ。完全にパロディになっているんだよ。ポワントも見事だし静止したポーズの美しさやアラベスクだって綺麗なのに、パでは滑稽味を強く出していて大笑い。良質のパロディは元ネタを知らなくても笑えるっていうけれど、これってそのレベルまで到達しているんじゃない?
特に2日目は、はじけてましたね〜
オシポワのマイムも派手で男前だから、別荘住人をからかう場面は全員の呼吸がぴったりで本当に面白かった。
騙される初老の別荘住人達が若ぶって猟銃持って自転車に乗ってきたり、キトリばりの真っ赤なトゥシューズを履いてきたり。で、老人がシルフィード(?)を自転車の後ろに乗せて二人乗りしてお約束のようにコケるわ、自分を棚に上げて夫の浮気に怒った妻が、その猟銃で夫をつけ狙うわ、犬は自転車に乗って通り過ぎて行くわ、男装したバレリーナに決闘を申し込まれた老人が猟銃でシルフィード(?)を撃ったと思いこんで大慌て…とか、もうコメディとパロディのてんこもり!お腹いっぱい!

それに舞台全体としては、2日目が意外なくらい良かったんだ。見慣れた所為もあるかもしれないけれど、観客の入りも初日より良かったし、それに比例して客席の乗りも熱い。ま、本当に見たい人だけが集まっていたってことかもしれないけれど。その観客の人気をフィーリンと二分したのが、岩田さんでした。
初日のアコーディオン奏者のサーヴィンはテクニシャンだったし、格好良いのかどうか微妙なラインでのキメも面白かったから、ちょっと心配していたんだ。
でも流石、岩田さん。テクニックは十分だし、演技がうまい。間違っちゃった感じの古臭いキメ方(何かソ連のイメージ)でも笑わせてくれたけれど、その後の犬との掛け合いからの一連の流れが凄く自然で分かりやすい。犬を怖がって、でも格好付けは続けていて、仲間が出てきて「騙された〜」って話がはっきり見える。サーヴィンが動きの滑稽さで笑いを取ったのに岩田さんは場面の滑稽さをちゃんと伝えてくれた。やっぱり苦労人は違うね。

とにかく見どころ満載の作品の大団円はジーナ&ピョートル夫妻の仲直り。ここは初日が圧倒的に良かったと思うな。その前の別荘住人を騙すところがドタバタ大活劇状態で、最後はピョートルへの種明かしと仲直りだから心情的な厚みを出せる二人の方が良いのは当たり前だよね。


ということで今年見た作品の中でも屈指の『明るい小川』
カーテンコールでも主役はバレリーナ&ダンサーって感じだしアナホリフクロウの中ではアレクサンドロワ&フィーリンの代表作(?)として末長く記憶されるんだろうなぁ。
とくにアレクサンドロワってばカーテンコールでフィーリンに懐きっぱなし。女性の方からペタペタ触りまくりのカーテンコールは本当に見ていて楽しい。
もう、このカップルで全幕見ることは出来ないのかなぁ。東京バレエ団にゲストってダメ?


アナホリフクロウ
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2008/12/6

グリゴローヴィチの白鳥  観劇全般

グリゴローヴィチ版は健全なヌレエフ版!?

2幕4場のスピーディな場面展開に使われているのが紋章や白鳥を象った紗幕。これが劇中劇を思わせて、ロットバルトさま(にしては、ちょっと威厳が足りなかったけど)のショーの始まり始まり〜って合図になっている。ロットバルトには王子を操るかのようなユニゾンの踊りもあるし、オディールはもちろんオデットだってロットバルトが造りだしたアンドロイドって設定。

オデットはロットバルトが王子を愚弄するための小道具なんだから、当然(?)、オデットが王子に恋するなんてありえない〜王子が一方的に恋に落ちなくちゃ!いけないんだけれど、どうもこの王子、自分の立場が全くわかっていない。

最終幕、オデットがロットバルトによって紗幕の向こうに沈んでいっても、王子はなすすべもなく誓いのポーズを繰り返すだけ。王子が茫洋としていて、つかみどころがない結末に暫し唖然。
ロットバルトも何が面白くてこの王子を選んだんだか?オデットなんて完全に無駄死に(汗)
これがハッピーエンド・バージョンならオデットがロットバルトに膝蹴りのひとつもくらわせて愛の勝利を宣言することもできるけれど(って、何を期待しているんだ〜)、この版は王子が内向的で可哀想じゃないと!いくらアレクサンドロワの爽快な踊りが好きでも感動的なドラマは期待できない。

とはいえ、切れ味鋭い四羽の白鳥をはじめコールドの白鳥たちは詩的で美しかった〜
この版の見所のひとつ、トウシューズで踊られる花嫁候補のヴァリアシオン(ロシアのステブレツォーワが愛くるしい〜)もバレエに民族舞踊のエッセンスを採り入れた振り付けが秀逸♪

あ〜、それなのに…何でグリゴローヴィチ世代の尻尾を掴んでおかなかったのかなあ〜
ピヨ
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2008/11/28

オネーギン シュツットガルト・バレエ  観劇全般

前回の来日公演ではルグリがオネーギンを踊ったんだよね。周囲を威圧する冷酷なオネーギンは忘れ難いけれど、この日のイェリネクもよかった〜♪

何がよかったって、まず翳のある容姿(笑)1幕のソロでみせる額に手をあてた気怠いポーズが似合う〜美しい踊りにオネーギンの心情がそのまま伝わってくるような自然な演技。どんどんドラマに引き込まれちゃった♪

その演技。前回との違いを楽しませてもらいましょう〜と思っていたら、これが意外(?)にもソフトなルグリなんだ。
ルグリが演じるとどんな人生でも(それがアミンタであったとしても)やり直せない人生はないんだろうなあ〜と思う。でも、人生は後悔の積み重ね。負け犬の遠吠えがあったっていいじゃない。イェリネクにはそんな弱さが垣間見える。

前回は全然友人に見えなかったレンスキー。さすがにフォーゲル!三文詩人には終わらない存在感がある。オリガに向ける無邪気な笑顔がなんとも嬉しそうでかわいい〜♪いつもは陽気な彼も、一度ならずも二度までも裏切ったオリガは赦すことができなかった。いや、今回のことがなくてもオリガの我儘に振り回されるのは目に見えていたんだけどね。それでも、人間って自分にないものを求めちゃうんだよね〜彼の硝子のハートはそのギャップに耐えきれず音を立てて崩れていく。オネーギンの挑発に苦悩しキレる瞬間のレンスキーの悲痛な表情は鳥肌ものだった〜♪

で、この決闘騒ぎ。そもそもオネーギンを追い込んだのはタチヤーナだったんだよね。タチヤーナの夢ではクララと王子のように素敵な笑顔を振りまきながら踊ってくれたオネーギン。でも、鏡の世界は現実にはありえない世界。自己中心的と言われるオネーギンだけど、恋に落ちたタチヤーナは負けず劣らずの自己中。あんなききわけのない子供に言って聞かせるには手紙でも破らなくちゃしょうがない。オネーギンは嫌な奴じゃないっていうイェリネクの意見には激しく同意だよ!

とはいえ、オネーギンもやりすぎた。死ぬつもりのレンスキーが先に引金を引くことはない。望む望まないとにかかわらずレンスキーの自殺行為に手を貸すことになる。

長い月日が流れてもトラウマから抜けだせずにいるオネーギン。
過去の女達はあっさり通り過ぎるのにレンスキーはしぶとい(笑)。オネーギンに血塗られた過去を呼び起こす。オネーギンの差し出した手に微笑んだかに思われたのに、手は銃へと変わりレンスキーは再び凶弾に倒れる。

そんな中、再会したタチヤーナは、今でも若く昔の面影を色濃く残している。彼女を手に入れれば、過去の全てを取り戻すことができる。オネーギンにとってタチヤーナは自分が一番輝いていた時代の<象徴>なんだ。

そうは言っても、タチヤーナには武骨だけど優しい旦那さんがいるわけで、いくら今の生活が昔夢見た生活と程遠くても、過去は過去!後戻りはできない。
2人で地獄の底まで落ちて行って欲しいところだけれど(だって、『フランチェスカ・ダ・リミニ』ってそういう曲だし)、まだ若いタチヤーナにはオネーギンの過去への郷愁なんて理解できないんだろうなあ〜それに、放浪を重ねたオネーギンには昔の覇気がないのだから、僕の胸に飛込んで来ないタチヤーナが悪いって言われても、オネーギンほど熱くなれないのは致し方ない。
自分がしていることは間違っていないと自分に言い聞かせるように激しく拒絶するタチヤーナ。自分はオネーギンに相応しくないとか、旦那さんに申し訳ないとかいう大人の選択じゃなくて、オネーギンが愛した若さ故の子供じみた拒絶っていうのが、今やタチヤーナを追いかける立場になったオネーギンには皮肉なことだよね。

掛け間違ったボタンを次々掛け続けた結果、大切なものをすべて失ったオネーギン。彼の絶望は救いようがないもので、なんだかオネーギンのほうが気の毒になっちゃった〜(苦笑)。オネーギンがもっと許せない男ならタチヤーナにも同情できるのに…って、どんだけ人非人ならいいんだ?(そりゃあ〜太陽王くらい!?)
まあ、それはそれとして(笑)、人生の悲哀を感じさせる結末には感動も一入♪やっぱり、クランコって素晴らしい〜〜〜♪
ピヨ
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2008/11/24

年寄りのツボ  観劇全般

絶対見たかったドゥアトの『ロミオとジュリエット』
ドゥアト唯一の物語バレエは凄く美しい作品だった…

しかも作品の作り方が手慣れているんだよね。意外なほどプロコフィエフの音楽とシェークスピアの原作に忠実。

アフター・トークでも「この二人に従って作った。」って言っていたし、音楽はそのまま決められた場面で使用されていた。これは大正解で、『ロミオとジュリエット』の音楽を知っていれば説明抜きでどの場面なのかが解る。つまり新しい作品を見るときにありがちな「これは何を意味しているのか?」と構える気持ちが全然必要なくて、舞台に集中して物語の世界に浸り込める。表現されている内容が解っていて、その表現技法の新鮮さに刺激されるのって、やっぱり快感だわ。アナホリフクロウのように頭の固くなった年寄りのツボ押しまくり♪

同じくアフター・トークで「シェークスピアよりもうまくやろうとして余計なものを付け加えると奇妙な作品になる。例えばジュリエットの父とティボルトは同性愛関係だとか…」(◎o◎)って言っていたけど、そんな作品あるの?ジュリエットの母とティボルトの不倫関係は有名だし、この作品でも匂わされていたけれど、ドゥアトだったらそっちのエピソードでも上手く料理できそうだなぁヾ(^_^;)
しかしドゥアトはそういう小賢しいまねをしないで『ロミオとジュリエット』の作品が持つ《憎悪、恐怖や死をも超える愛》という普遍的なテーマを一貫して表現することにしたらしい。


前半の60分は、《街の広場》から《バルコニー》の情景まで。

民衆に交じって楽しむマキューシオ達と彼らに喧嘩を吹っ掛けるティボルトを筆頭とするキャピレット家の貴族達の争いも見ごたえ十分。舞踏会に道化役者の一人として猫の仮面で潜り込むロミオが披露する手品や、マントを利用しての寸劇などユーモアのある場面はドゥアトならでは?キャピレット家側の威厳とか優雅さに対する道化役者たちの自由さや滑稽さが対比されるような舞踏会で、異質なのが《野生児ジュリエット》。柔らかそうな金髪を乱れるにまかせてくるくると踊りまわる姿に登場した時から釘付け。駆け抜けるようなジュリエットの物語を見るんだなって一目で分かった。
バルコニーのシーンで、窓からロミオを見つけて戸口へと駆け降りてきたジュリエットが腕だけをそっと出して誘う。その腕をロミオに取られて中庭へと出てくる。幸せなパ・ド・ドゥの後、家の中に入ってしまったジュリエットがもう一度腕を出し、今度はロミオが家の中へと誘い込まれる。再び出てきたロミオの様子から、壁の向こうで何があったかなんて丸わかり。なるほど舞台上でキスはしないってこういうことか〜なまじなキスシーンよりもジュリエットのか細い腕のほうがはるかに官能的だったもんねぇ
って既にオヤジ・ドリーム(^_^;)


後半の60分は息つく暇もないくらいの疾走感。

最初の街の広場はカーニバルらしく、王様と女王様の被り物は出てくるしタンバリンを使ってのフォークダンスはあるしで大盛り上がり。
一方ロミオとジュリエットはひっそりと神の前で結婚を誓う。このシーン短いんだけど、二人が一つのベールを被って神父から祝福を受けるのが良かったなぁ。
そして広場へ戻ったロミオが見たのは争うマキューシオとティボルト。単身乗り込んで決闘するティボルトって血の気多すぎだよね。諍いを止めようと右往左往するロミオそっちのけで熱くなる二人の様子や、短剣で刺されて死に向かうマキューシオの踊りもすごい説得力だったけど、怒ったロミオがティボルトを刺し殺すシーンの緊迫感には本当に舌を巻いた。飛びかかろうとするロミオを引き留めるのか煽るのか、男たちに担がれてティボルトに手を伸ばす様子。地面に落ちた剣をロミオがどのタイミングで拾い上げたのか分からないほど、気がついたらロミオの手にあった剣がティボルトを刺し貫いていた感じだった。

ジュリエットの寝室のパ・ド・ドゥや、その後のパリスとの結婚を拒む様子、ジュリエットの父の怒りの全てがマイムではなくダンスで表現されていたのが凄かった。拒絶のために首を振る仕草までもが音楽にぴったり則っていたのに全く違和感がなくて、物語にのめり込んでいたんだ。だから、これもアフター・トークで「マイムは排除し、ムーブメントで物語を紡ぐように作った」と言っているのを聞いて、改めて「芝居ではなく踊りで演技していたんだ」と気付かされたほどに、自然な振付だったなぁ。

とにかく後半は事件が目白押しだし感情は嵐のようだし…
緊密な空気に唯一違和感を感じたのは、薬をのむかどうかでジュリエットが逡巡するシーン。死刑執行人の仮面のような一角の被り物をした茶色い《魔物》が二匹登場してジュリエットを翻弄するんだけど、禍々しさよりもちょっとオマヌケな感じがしちゃってさ。怖くないのはジュリエットの子供っぽさが反映していたのかな?と思っていたけれど、アフター・トークの様子ではドゥアトの子供っぽさが反映していたらしい。

最後の墓場のシーンでは、舞台手前を覆う黒幕をロミオが引っ張ってあけ、そのまま幕にくるまって舞台袖に蹲る。そして舞台中央では墓室での葬儀のシーン。香炉から煙が立ち上る中で黒旗を持つ旗手の踊りや女性達の嘆きの踊りの後に、父親に抱かれてジュリエットが運ばれてくる。中央の壇に安置されたジュリエット。パリスが立ち去りがたいまま唯一人残っているのに、ロミオは目もくれず立ち上がってジュリエットへと向かう。
パリスを殺したロミオがジュリエットに持たせた壜の毒薬を呷って倒れていくのと、ジュリエットが目覚めて腕を伸ばすのがほぼ同時進行。ロミオのかすみゆく瞳にジュリエットが起き上がる姿は映っただろうか?必死に届かぬ腕をジュリエットに伸ばして死んでいくロミオは、幻想に向かって手を伸ばしていると思っていただろうか?
目覚めたジュリエットは閉ざされた墓室の扉を叩き、あたりの様子を調べて死んでいるロミオに気がつく。自分に掛けられていたベールをロミオへと投げるが、ぐったりとしたロミオはベールに絡め取られるまま。悲嘆にくれたジュリエットは、ロミオがパリスを刺し殺した後で投げ出した短剣を手に取り、ためらうことなくロミオの後を追った。
このあっけないほどたんたんとした最後のシーンが、死や絶望が持つ素っ気なさや非人間的なものを如実に表しているようだった。
死というものを美化することなく、それでもなお死を選ぶほどの愛ということなのだろう。

良かった〜(;_;)

本当にドゥアトの才能には脱帽♪
もちろん物語や音楽の力は大きいと思うけれど、「最初にアイデアがあり、それを観客に伝えるために作品を作る」のがドゥアトのスタンスなら他のアブストラクト・バレエも見たいなぁ。だって《感情を語れるほどのムーブメント》を作り上げることができるドゥアトの作品なら、何も伝わってこないなんてありえないと思うから。

それと前作でも思ったけれど、装置や衣装のセンスも良いんだ。大げさな装置じゃないけれど、観客の想像力に訴えるし十分効果的。背景はいくつかの穴を穿っただけの板なのに、建物の外壁になったり部屋の壁になったり。引出しを重ねたような階段も、すべての段を押し込んでしまえば塀のようになったり…
衣装そのものは時代考証に沿った普通の衣装なんだろうけれど、ティボルトが死んだあとには乳母もジュリエットの母も喪服で現れて、演出がきちんとしている感じがする。照明・装置・衣裳に配慮が行き届いていると作品にドップリ浸れるもんね。


ということで鳥酉二人組にはドゥアト・ツボがある!たぶん…(。。;) \(゜o゜#;

いま一つ断言できないのは、鳥酉が見たことがあって愛して止まないドゥアト作品は、1997〜1999年に創られたものばかりなんだよね〜
初期の作品も映像で見る限りは好きなんだけど、ドゥアト本人が「現在の作品は、より緊密で、内省的で、成熟したものになってきている。…(略)…今でも私が『ジャルディ・タンカート』『ドゥエンデ』『ナ・フローレスタ』のようなライトな作品を作り続けていたらそのほうがおかしい」って言ってるからな〜

鳥酉二人組の次なる野望はもちろん『ホワイト・ダークネス』を見ることなんだけど、現在のドゥアトにも興味津津。


アナホリフクロウ
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