(前置き:以下鉄道に興味無い人には全く向いていない日記ですので心してスルーして下さい)
「銀河」ラストラン??「ありがとう」とファンらがお別れ
http://www.nikkei.co.jp/news/main/im20080314AS1G1404J14032008.html
東京〜大阪間の「寝台急行」として銀河は1949年から運行。高度成長期には出張族の足として親しまれたが、15日のダイヤ改正で姿を消した。
昭和30年代後半〜40年生まれのBOYSには「ブルートレインブーム」に覚えがあるはずの人もいるかと思います。
私も2才上の兄貴の影響でそのブームに乗っかり、小6で「鉄道ジャーナル」を定期購読w
当時鎌倉に住んでいたので、大船と藤沢の間に当時あった自宅から自転車で40分ほどの「湘南貨物駅」に良く電車を見に(爆)行ってました。
今でも良く覚えてます・・・4時半に東京を出発する寝台特急「さくら」が通過するのが5時15分。その15分後に「はやぶさ」、更に15分後「みずほ」、そこから丁度1時間空いて「富士」、その後「出雲」「あさかぜ1号」「あさかぜ2号」「瀬戸」「紀伊/いなば」となんと1日で東京発で西日本方面へ向かう寝台特急が9本も運行されていたのです。
最初は見るだけ、そのうち父のお古なカメラを借りて写真撮ったり(上野駅に撮影に行ったなぁ)、ついには「乗ってみたい!」な欲望に。
親も割とそういうところは理解があって、一番最初に乗った寝台がこの「銀河」でした。
父の実家が池田の石橋にあったので夏休みは口減らしを兼ねて(爆)遊びに行っていたのですが、私が小4、兄貴が小6の時初めて二人だけで「銀河」にのって大阪へ。
自宅をバスで出て大船駅まで。そこから銀河に乗り翌朝大阪駅へ。
国鉄(w)大阪駅から阪急梅田へ移動し、宝塚線で石橋まで。
イヤ〜楽しかったなぁ初めての寝台・・・
興奮してほとんど寝れませんでしたけど。
ベッド幅は52センチ(ってspecを覚えている自分がコワイ)。3段の・・・上段に寝た(中段は兄貴)
そして母親の田舎が紀伊勝浦の近くに会ったので、その翌年は帰省の帰りをまた兄貴と二人で今度は寝台特急「紀伊」にのって勝浦から帰ってきたり。
最後に乗ったのは、今から30年前・・・・
小学校を卒業した春休みに父の転勤で宝塚へ越してきたとき。
前回と同様に兄貴と二人で銀河に乗ったのですが、この転勤がイヤでイヤで。
だからその時の記憶が全くありません・・・
中学に入ってからは音楽とギターにどっぷり浸かってしまったので鉄道への興味は無くなってしまいました。
だから知識は当時で止まってます。
世代的には・・・牽引の電気機関車がEF65の500番台(後に1000番台に変更)、寝台列車に25系が投入されたくらいまで(この記述についてこれる人います?)
最後の運賃が乗車券、急行券、寝台券含めて片道16000円。
早く到着する以外のメリットがあまりにも無く、かといって維持費を考えると値下げも出来なかったそうで廃止は自然の成り行きか・・・
おつかれさまでした。
最後にもう1回乗ってみたかったな