よく知っているようでこのように意外な部分もある
原付バイクの歴史を探ってみましょう。値段が安く、燃費も良いという受け入れやすさで人気をつかんだ原付バイクは、次第に性能面においてもメーカーごとに様々なこだわりが加えられていきます。原付バイクが便利な乗り物として世に浸透したのは、世界的な人気を博した「カブ」であるためです。とはいっても、50ccを越えてしまうと原付バイクの定義を外れるということではないのです。
オートマチックタイプのパッソルやロードパルが原付の主流でしたが、手軽さに走る楽しみを付加したミッションタイプの原付バイクがまずホンダから発売されます。原付バイクに乗る機会の方が自動車よりも多いという方はたくさんいるのではないでしょうか。これは知らないという方もひょっとすると多いのではないかという気がするのですが、実は法律(高速自動車国道法や道路法)による定義では、排気量が125ccを越えていなければ原付バイクとみなされるのです。
お天気が悪い時や冬はツラいところもありますが、渋滞もさほど気にする必要がなく、足にするには車よりもはるかに安いので、原付人気が長く維持されているのは、いわば当然の摂理でしょう。原付バイクは、通称「原付」といいますが、正しくは「原動機付自転車」といいます。その後もホンダからは「ロードパル」などの原付バイクが登場し、ライバルメーカーのヤマハも「パッソル」を発売するなど、リーズナブルな値段で低燃費という一般大衆ウケするスクーターは瞬く間に人気を集め、原付の地位を不動のものとしたのです。
1979年に登場したホンダの「MB-5」は、2サイクルエンジンで出力を高め、バイク好きな人も原付バイクに目を向けるきっかけとなり、さらにファンを広めることとなったのです。バイクメーカーとして大手のホンダの創設者である本田宗一郎氏が、原付バイクが世間に広まるきっかけを作った人物といわれています。原付バイクは、バイクの中で排気量が50cc以下のものを指すのが一般的です。

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