性のことで、伯父さんの知人でニューハーフ(この言葉のちゃんとした意味[侮蔑的な意味合いが無いのかなど]がハッキリしないので私はあまり好んで使わない)がいるからその人とあって相談してみたら? と家族に勧められるのですが、どうも二の足を踏むというか、その話に喜んで飛びつく気にはなれないのです。
いや、私と同様に性に悩んでいる、またはそれを克服して生きている人と話はしたいですよ。 でも… なんか、こう…
多分警戒しているのです。
いや、私のスタンスは容易に他人に理解されないし、否定されることが多かったです。 それに性はアイデンティティの根の問題ですよね。 私は特にそれで色々と問題があって悩んでいるからなおさらナーバスになるのですよ。 否定されるのが怖いのですよ、特に同じようでちょっと違うかもしれない、でも近い立場の人ですのでかえって…
この微妙な心のざわめきが理解されない。
もしも、もしもですよ、特に面と向かって近い立場の人からも否定されたらもっともっと立ち直れないですよね、その恐怖、伝わらないのかなぁ〜… なので、文章(手紙やメール)などである程度その人の考え、スタンスを知りたいのですよ、それから会いたいとは思うのですが(これは私なりに心をきつく絞った譲歩ですよ)、それでは駄目だ、らしいので(その人に言われたわけでなく、家族がそれを受け入れてくれない)、困っています。
これはですね、精神科や相談所にかかるときもそうです。 心にエネルギーをためて振り絞っているのです。
大したことじゃないと言われたらどうしましょう? その大したことじゃないことで悩んで立ち止まっている私は何なの? ということになりませんか? 大したことじゃなければ私にも出来る解決法をください。
我慢すること。 これはどうなのでしょう? バカとかアホとか言われても気にしないでいられますが、性の言葉それ自体私にとっては人格否定なのです。 それを我慢しろと、どうやって????? オンナノコじゃなければオトコノコ、オトコノコじゃなければオンナノコとは言わないで欲しいです。
とにかく今日はその話でかなりナーバスになっています。 今はまとまりのある文章を書けません、すみません。