2005/9/17

続編「たにわき日記2」始めます!  
 「たにわき日記2」を始めます。DCから東京に戻った中年男タニワキに何が起こるのか?物好き(?)な方はぜひご覧ください。お待ちしております。
6

2005/9/10

本が出ました!  ブロードバンド政策
クリックすると元のサイズで表示します
DCで見たこと、聞いたこと、読んだこと-----アメリカのインターネット事情をまとめて本にしました。
"融合するネットワーク---インターネット大国アメリカは蘇るか"
(かんき出版、1,890円(税込))
大手書店でお買い求めになれます。アマゾンなどのサイトでもOK!

************

ワシントンDCから帰国して2か月半。近々「たにわき日記2」を公開予定です。
こちらもお楽しみに!
0

2005/6/22

DC生活「完」  DC生活日記
 3年間のDC生活もおしまい。いよいよ帰国することとなった。いろんな人が食事に誘ってくれたが、人々が聞くのは「で、アメリカの何が一番印象に残った?」という質問。これ、結構答えるのが難しい。食べ物でないのは確実なんだけど。でもって、例えば「DC近郊の豊かな自然かなぁ」と答える。うん、たぶん正解の一つなのだろうけれども、ちょっと違う。漠然とした言い方だけれど、DCで感じたのは、驚くほど日本と近い生活感覚と、かなり違う皮膚感覚だったような気がする。説明は難しいけれど。。。
 生活感覚というのは、何気ないお店のレイアウトや人々の行動パターンが日本人とかなり似ているということ。おそらくそれは、逆に、日本の習慣などがアメリカのそれに影響されたということだろうとは思う。回りの日本人に「アメリカ、いいですよね」という人が多いのも意外だった。確かにCMとかだと「いま、アメリカで大人気の」的なものも多い。もはやアメリカ人にとって日本は新しい流行を生み出す「クール」な場所なのだけれど、逆に日本人にとってアメリカは依然として情報の発信基地のひとつなのだろうか。(余談だけれど、日本のTV番組をみていて、アナウンサーのお辞儀や、手を前に組んでしゃべる姿勢が最近異様に感じらるようになってきた。)
 昔パリに住んでいた経験もあるので、何かとパリとDCを比較して考えることもあった。何より思ったのは、パリには文化があってワクワクするけど、DCは、(犯罪に対する緊張感は相当あるものの、)何より「外国に暮らしてる」という緊張感がかなり希薄だということが特徴かなぁと思う。それは、日本と色んな生活感覚が似ているからに他ならない。鼻をホジホジしながら半ズボンにTシャツ、若干腹をはみ出し加減で歩いているお兄さんなど見ていると、結構リラックスする。
 もう一つの「かなり違う皮膚感覚」というのは、アメリカ独特の文化。なにせテレビや映画館で軍隊のCMが多い。「さぁ、国を守るために軍隊に入ろう」というCMだ。この感覚は日本とはかなり違う。野球の試合に行くと、最初に必ず国家斉唱がある。みんな起立して帽子をとって、国旗に敬意を示す。DCという場所柄もあって軍服で歩いている人も多い。「皮膚感覚」といえば、やはり多民族国家であることのダイナミズムも日本にはない大きな特徴だと思う。むろんそれぞれの民族は同化する部分もあれば、そうでない部分もある。子供たちの学校では今年の夏は「実家に帰る」という人たちも多い。実家はインドであったり、スペインであったり。それぞれの人たちが「実家」と「アメリカ」を抱えて生活しているのがこの国なんだなぁということが、フランスにはない特徴だったと思う。
 アメリカは歴史のない国だという人がいる。自分自身そう思っていた。しかし、人々はみんな「実家」を背負って生きている。「実家」の歴史を背景に生きている。「なんでフィンランドの歴史の本、読んでるの?」と聞くと、「ああ、あのね、ウチの爺さんがフィンランドの出身なんだ」と言う。「今年の夏はアイルランドでルーツ探ししてきた」なんていう人もいる。アメリカは歴史のない国ではない。むしろ世界中の人たちの悠久の歴史を背負って生きている人々の国なのだと実感する。
 一つだけアメリカと同質化したものがある。体型だ。日本に来る前に減量したのだけれど、またこちらで大幅増量してしまった。エアコンがないと汗が出る。半そでのTシャツでないとやっていけない。アメリカはどこに行っても、「息、白いですかぁ」というくらいエアコンが効いている。それに慣れてしまった。この間、一時帰国したときも、Tシャツで歩いて、ふと気が付いたら、周りの人はみんな薄手の長袖を着ていた。複雑な気分だ。。。
0

2005/6/6

ゴミあれこれ。。。  DC生活日記
 日本だとゴミの分別はしっかりしている。生ゴミ、ガラス、プラスティックなど細かく分ける。DC周辺でも地域によっていろいろだが、当地では、リサイクル可能かどうか、という一点だけが基準。ここがよく間違える。リサイクル可能とは、缶やビンの類、それに新聞などの紙類。じゃあ、いらなくなったカーテンレールはどう?リサイクル不能として、生ゴミと一緒に出す。これは変。変だけど、ルールなのでしようがない。
 週1回のゴミの収集。家のガレージからゴミいれをガラガラと引っ張り出して家の前に並べる。ゴミの収集場所のようなものはない。幸いカラスはいないけど、アライグマとかもいるので、しっかりフタをして出すのが肝心だ。しかし、まちがって、ガラスと金属類を一緒にしていると、お兄さんはもっていってくれない。なもんで、ゴミ収集のトラックの音が聞こえると2階の窓から見守る。ちゃんと持っていってくれるとガッツポーズ。
 年末にクリスマスが終わると人々はすぐにクリスマスツリーを処分する。当地ではプラスチックのツリーもあるけれど、「やはり生の木は香りがいいからね」などといって、教会やスーパーから、車の天井に生木をくくりつけて買って帰る。そのツリー、クリスマスは終わるとみんな家の前にゴロンと転がしておく。すると、カウンティの車が収集にくる。それも面倒だというある通信会社のおばさん、「裏庭に捨てときゃいいのよ」だって。ここにも豪快さんがいた。
 秋になると落ち葉が大変。みんなせっせと集めて袋にいれる。これをゴミ収集に出す。その際に活躍するのがリーフバッグ。スーパーなどでうっている紙製で2重底になった大きな袋で、これに落ち葉などを入れて出す。5枚で3ドルくらい。なに有料の袋を買ってまで落ち葉いれる必要もないように思うのだが、ご近所は結構律儀にこれにいれている。
 ただ、朝町内を散歩したりしていると、結構すごいゴミも出ている。机や椅子は当然として、ゴルフセット1セットがこの間はゴミとして出ていた。ゴミの箱からはいろんなものがあふれ出ている。冷凍食品の箱やら、コーラの箱。。。生活がにじみでている。それにしても、アメリカは1回限りで捨ててしまうお皿やコップが多い。近所のみんなでパーティーしても、たいてい、紙コップと紙のお皿。終わればザァッとゴミ箱にいれて、はいおしまい。便利だけど、これって資源の無駄使いだと思う。その一方で、不要になったものはガーデンセールなどで売っている。これはいい制度だと思うけど、そのギャップが理解できない。大きな家具などの不用品は救世軍が無料で引き取ってくれる。不要になった車はやはり慈善団体に寄付すると、その分、税金をまけてもらえる。これはこれでいい制度だ。
0

2005/6/6

アメリカ大陸のお天気  DC生活日記
 ワシントンDC近郊で生活するようになって最初に感じたのは天気が激しく変わるということ。日本も台風やら洪水やら結構大変だけれど、当地は「急変する」のと「程度を知らない」というところが特徴だ。
 たとえば、時折、雷雨がくる。ワイパーをいくら動かしても前が見えない。一度マイアミまで車で行ったときなど、霧がすごくて3メートル先くらいまでしか見えない。なのに車は混雑して数珠繋ぎ。わき道に寄ろうにも路肩はなく、道端は沼地でワニがいるかも、というインディージョーンズな気分を味わった。あれはこわかったぁー。
 一昨年、イザベルと命名された台風(米国では台風に男性の名前と女性の名前が交互につけられる。日本だと、正夫の次は花子という感じ。日本語にするとちょっと生生しいか。)が直撃した。このときには電気が切れまくった。1週間以上の停電はあたりまえという状況。冷蔵庫の中の食べ物がくさりはじめる。というわけで、あちこちでバーベキューパーティーが開催され、在庫一層セールが開催された。
 竜巻もこわい。東海岸でも時折大量発生する。テレビを見ていると、今10個の竜巻が発生しています、などと怖い情報を流している。幸い家の近くではなかったけれど、同じ州の小さな町は壊滅状態になったとの報道が翌日されてた。
 天気がよく変わるせいか、人々のお天気に対する関心も高い。なぜだか、家の中と外の温度や風力を測って表示する機械が実によく売れている。ウェザーバグという無料のソフトをダウンロードすると、家の近くの学校などに設置された機械で計測した温度や風力がリアルタイムにわかる。カメラも設置されていて、その近辺の風景は24時間、さらには365日早送りで見ることもできる。ここまで必要か?と思うけれど、結構、見てしまう。
 ニュースのお兄さんも趣向を凝らしている。ハロウィンの時など骸骨の格好をして、デビルズタワーとかそういったおどろおどろしい名前の町の天気予報だけやっていた(バレンタインデーの時はラブとかそういう名前の町だけになる)。子供も時折登場して天気予報をやらせたりする。はたまた、大雪のときは街中のあちこちに定規をもって出没してひたすら積雪量を測るおじさんもテレビに登場。楽しませてくれた。このときはデュポンサークルという街中でスキーしているおばさんにもインタビューしていた。スキーする方もインタビューする方も、どっちもどっちという感じではあるけれど。
 
0

2005/6/1

ノーマン・ロックウェルを知ってますか?  旅日記
 野球の聖地クーパースタウンを訪問すれば、すっかりご機嫌。てなもんで、そこから車で数時間のノーマン・ロックウェル美術館へ。画家ノーマン・ロックウェルはマサチューセッツ州ストックブリッジに居を構え、ここで傑作の数々をつむいだ。彼の絵は、絵というよりイラストに近いかも知れない。アメリカの、そう50年代までの、いわば古きよきアメリカを描き続けた人-----という紹介が一般的だし、その解説は間違っていない。彼の絵は人をほっとさせるものがある。ただ、それを「軽い」とか「受け狙い」とか言う人も間違いなく存在するだろう。一連の展示を見ると、彼は経済的には恵まれたものの、60年代には「時代遅れ」というレッテルを貼られていたようだ。
 彼は晩年、公民権運動などに題材をとったものを数点描いている。いずれも、やや「説明的過ぎる」ものの、そのメッセージは深く心に響いてくる。彼の業績は再度評価していくことが必要ではないかなどと思う。
 それにしても、お年寄りの見物が多かった。絵を見ていると、隣に来た老夫婦がなにやら話している。ご主人が「ああ、この絵のこの女の子はいとこのミッッシェルにそっくりだ。そう、あのミッシェルといったら、----」などと話し始めている。そうか、われわれが見ると、あくまでアメリカの画家の描いたアメリカの絵画という感覚だけれど、この年代の人々には、ロックウェルという画家は自分達の時代を描き残した友人、という感覚なのか、とも感じた。
 帰り道、ボストン美術館にもよる。日本人の観光客が多い。ここは日本を含むアジア美術の収集で有名だが、結構、アメリカ絵画の収集も見事。そもそもポップアートの流れにつながる60年代以前、つまり20世紀初頭からのアメリカ絵画の過ぎるほどの透明感は、いつ見ても気持ちがいい。
 ボストンではMITミュージアムにも足を伸ばした人工知能、不思議なメカニック、豊富なアイデア。ここ、結構楽しい。近くを訪問される機会があれば、ぜひお立ち寄りになるといいだろう。
 忘れちゃならないのが、ボストンのフェンウェイパーク。この球場のすぐ近くの土産物屋は大繁盛。試合があるわけでもないのに、人々が集い、レッドソックスのグッズを買いに走る人々のパワーは絶大だ。
 ちょうどメモリアルデイの3連休。メモリアルデイは、なくなった軍人達に対する追悼の日。ボストンに向かう道すがら、何げなく外をみていたら、かなりの数のお墓に米国国旗が立てられ、人々がお墓の掃除をしていた。これもひとつのアメリカだ。
0

2005/6/1

野球の聖地、クーパースタウンへ!  旅日記
 久しぶりに3連休。ということで、前から行きたかったニューヨーク州の小さな町、クーパースタウンに出かける。DCから車で約6時間。やってきました野球の聖地。そう、ここはビジネスベースの野球が初めて行われた、いわばMBLの発祥の地。野球の殿堂があるのだ。今でも、ここではリトルリーグの世界選手権の決勝が行われているし、MLBの試合もここで行われる。
 町自体はとても小さい。しかし、新緑が目に鮮やか。近くの湖もなかなか落ち着いている。入場すると、いきなりスタッフのおじさんが肩を抱きかかえて、「ここは見どころ一杯だぞう」と話しかけてくる。2階の球場を模したシアターで野球の歴史を紹介するショートフィルムを見る。気分を高めて、野球の殿堂へ。
 野球の殿堂は、天井からさんさんと日光が差し込む静かな空間。ベーブルースなど最初の殿堂入りの人たちだけは、米国旗とカナダ国旗にはさまれて「別格扱い」でプレートが展示されていた。
 展示の中には昨年興奮で我を忘れそうになったレッドソックスのカート・シリング投手の血染めのソックス、そう、究極のレッドソックスと言われる一品が展示されていた。ノーヒットノーラン試合の歴代投手の中に、野茂投手を2箇所で発見。うれしくなる。イチロー選手の最多ヒット記録に関する展示もあった。ひとつビックリしたのは、レッズのローズ選手の解説と愛用の道具の展示があったこと。てっきり球界を追放されたままになっていたと思ったのだけれど、こういう展示があるのはなんとなくうれしかった。
 さらに、映画の中の野球コーナーというのがあって、映画「ルーキー」で主人公のデニス・クェイドがかぶっていた帽子とユニフォームが展示されているがうれしかった。
 来ている人たちは、やっぱり、ひいきのユニフォームやTシャツを着ている。なかなか気合が入っている。こういった人たちは土産物コーナーでも真剣そのもの。ウットリと商品を眺めている。そんなアメリカの人たちがいいなぁ、と思うひとときでもあった。
0

2005/5/16

連載、はじまりました。  ブロードバンド政策
 月刊テレコミュニケーション(リックテレコム社)5月号から連載記事「米国ブロードバンド政策、新競争ルールの行方」が始まりました。4回シリーズです。WIRELESSプラスの連載をさらにわかりやすく簡潔に書き直したものです。アメリカのブロードバンド政策の動向について、短時間で読める解説となっております。ぜひご一読ください。
0

2005/5/16

WIRELESSプラス、第4回掲載されました  ブロードバンド政策
 webジャーナル「WIRELESSプラス」の4回連載記事の最終回「96年通信法は見直すべきか---苦悩する米国のブロードバンド政策」が掲載されました。連載の最後に、米国ブロードバンド政策の7つの課題について解説しました。ぜひご覧ください。
0

2005/4/30

飛行機あれこれ  DC生活日記
 旅行や出張でここ3年、結構飛行機に乗った。航空各社もテロ以降、特に経営が苦しく、コスト削減に熱心だ。クレジットカードを差し込んでキヨスクで航空券を発券。透き通ったペラペラの航空券。シャトルでなくても座席指定してない飛行機もある。ヘッドホンが有料の飛行機もある。5時間程度のお昼のフライト。何か食べ物が出るのか?と聞くと、軽いスナックが出るという。安心して乗り込んで、サンドイッチかなんかが出てくるのを待った。20センチ四方くらいの箱が飲み物とともに配られる。開けると、小さな袋がいくつも入っている。プレッツェルとかピーナッツとか、ピーナッツバターを挟み込んだクラッカーとか。「これが軽いスナックかぁ」と悲嘆にくれた。食べ物といえば、アメリカに来てすぐの頃、空港でマクドナルドのセットメニューを買って、「飲み物は2つ、一番大きいサイズでね」と注文したら、1リットル以上入るであろうコーラを2つ渡されて途方にくれたことを思い出す。そう、この国では「スーパー」という言葉がなにより好きなのだ。でかい。
 昨年夏に乗った飛行機では、機長さんのラストフライトにぶつかった。あちこちに「ジムの最後のフライトです」の張り紙。「本日は30年空を飛び続けてきたジムの最後のフライトとなります」とアナウンスが入ると、「ジム、おめでとう」の声。到着後に機長の挨拶。やんやの喝采。なかなか良かった。パイロットといえば、アメリカでは空港でパイロットもみんなと一緒に並んでハンバーガーを買って食べている。バーガーキングのコーラを持って操縦席に向かう人もいる。たしか日本では見かけない光景だと思うが。。。この間なんか「フライトの時間だから、ちょっと急いでね。ああ、ポテトはスーパーサイズね」なんて。いいのか。ポテト食べながら操縦して。飛行機が到着すると、パイロットのおじさん達も出てきて「またウチ使ってね」と挨拶するところもある。結構、営業している。
 機体の中ほどにある非常口。航空会社によっては非常口に近い2列くらいの人に「あなたは英語が話せるか」と聞く。すこし怪しいと席を変えられる。ネイティブでないと非常時にスチュワーデスの指示どおりにお手伝いができないということらしい。けっこう徹底している。
 空港での待ち時間の使い方も、映画「ターミナル」ではないが様々だ。特に多いのが、フロアに寝転がっている人の多いこと。5人くらい並んで寝ている豪快さん達もいる。すわりこんで10人くらいでトランプやってる家族もいる。最近はパソコンの電源探しが結構重要だ。日本に一時帰国した際、例えば羽田空港の公衆電話の脇や待合ロビーに電源があって感涙に咽んだものだが、こちらでは、そんなものはない。ひたすら、視線をやや下に向けながら掃除用のコンセントを探す。結構、隅っこの方でビジネスマンがパソコンを叩いている。「おっ」という感じで見ると、気づいたビジネスマンは「オレの電気だもんね」という感じの顔をする。
 最近、政府が飛行機の機内で携帯電話を解禁してはどうかという計画を発表した。電車の中でも大声で話しているアメリカ人の事、大喜びしているのかと思いきや、結構そうでもないらしい。この間公表されたアンケートでは「うるさいから解禁すべきではない」とする人が半数程度いたらしい。ということは電車の中でも結構迷惑だと思っているということなんだろうか。わからない。
0


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ