おはようございます。
友人から心温まる話を聞いたので紹介します。
ある幼稚園でのお話です。
先生が子ども達に「うさぎとかめ」の絵本を読んであげました。
うさぎさんとかめさんが、山の頂を目指して競争することになりました。
子ども達は、
「先生、競争してもしかたないよ!?」
「うさぎさんの方が早いんだから、かめさんは勝てっこないよ。」
「そうだそうだ。」
先生は、
「まあ〜〜〜待ってね。お話を読み進んでみるよ」
お話はどんどん進みます。
うさぎさんは自分の足の速さに安心して、昼寝をしてしまいます。
かめさんは遅いながら頂上を目指して一歩一歩休むこともなく進んでいきます。
うさぎさんが目を覚まして氣がつくと、かめさんはすでにゴールに達していました。
うさぎさんは、
ゴールのことよりかめさんと自分を比較してゆだんしたんですね。
かめさんは、
うさぎさんのことは目もくれずにゴールだけを目指しました。
どちらが良いとか悪いじゃありません。
ここまでが、いままでのお話です。
先生の話を聞いて、子ども達は、あ〜だこ〜だと騒いでいました。
すると、あるひとりの氣の弱そうな子が先生に質問したんです。
「先生、どうしてかめさんは、昼寝をしているうさぎさんをおこしてあげなかったんだろう?」
先生は、言っていることがよく理解できなかったそうです。
「ぼくだったら、寝ているうさぎさんをおこしてあげたいな!!!」
先生は、その子に聞いたそうです。
「どうして、そう思うの?」
「だって、ひとりでゴールするよりも、うさぎさんといっしょに楽しくゴールしたほうがうれしいんだもん!!!」
先生は、
そのあと、しばらく言葉がでなかったそうです。
でも何ともいえないあたたかな心を感じたそうです。
大人たちは、
ウサギのようじゃだめだぞ!
かめのように生きなさい!
目標を目指すことが大切なんだぞ!
そんなことを子ども達に話します。
それがいけないとは言わない。
でも、
何かが取り残されているような氣がするんです。
こんな話があります。
ある小学校の運動会で、
6年生の100メートル走の競争の時、
ある女の子は6年間いつもダントツで最下位でした。
でもこの日は、同じコースに怪我をして出る子がいたんですね。
その女の子の親御さんは、ひょっとすると今年は最下位じゃないかもしれない。
そう思ったそうです。
この子は生まれながらの遺伝病で、筋肉が他の子の半分しかありません。
知能も1年生程度なんです。
でもいつもいつも、みんなにニコニコと笑顔を振りまいている優しい子でした。
そして、100メートル走が始まりました。
8人で走って、他の6人ははるか先を走っていました。
この子はそれでも怪我をした子の前を走っていたんです。
突然、後ろから「ぎゃっ〜」と言う声が聞こえました。
この子が振り返ると怪我をした子が転んでいたんです。
すでに他の6人はゴールしていました。
この子は何を思ったか。
突然に後ろで転んでいる子のところにゆっくり駆け寄り、その子を抱きかかえて、走るとはいえないゆっくりした歩みで、怪我をしている子の肩に手をまわして、いっしょにゴールへ向かったんですね。
その光景を見ていた運動会の会場の人々や児童や先生方が、われんばかりの拍手をその二人に送っていました。
とってもとってもあたたかでやさしい空気に包まれていました。
そして、ゴールのテープが再度張られて、
そのゴールに着く瞬間、
この子は怪我をした子の背中をそっと押して、
その子を先にゴールさせて、
自分はニコニコしながら、
いつものように最下位だったんです。
この話を聞いて、ぼくは思いました。
競争ってなんなんだろう?
人に勝つことが幸せなの?
成功することが幸せなの?
目標を達成することが幸せなの?
答えはみんな違っていいと思う。
ただぼくは、
競争から協奏の道を歩んで生きたい。
人の幸せを我が幸せと思いたい。
人の喜びを我が喜びと思いたい。
人の成功を我が成功と思いたい。
ともに、
自分という個の光を、尊重しながら、
それぞれの美しい光を協奏してゆきたい。
うさぎとかめ。
「先生、どうしてかめさんは、昼寝をしているうさぎさんをおこしてあげなかったんだろう?」
「ぼくだったら、寝ているうさぎさんをおこしてあげたいな!!!」
「だって、ひとりでゴールするよりも、うさぎさんといっしょに楽しくゴールしたほうがうれしいんだもん!!!」
幼い子どもの純真なこころ。
見習いたいです。
ありがとうございます。