取引先さんで知ってる人が退職してしまうと、とてもサビシイ。個人的に仲良くしていればまた会うことはできるし、そうでなくても、若い人だと辞めてもまた同業につくことが多く、新たに取引が始まったりもする。
だが、これが定年退職だとそうはいかない。
東京・馬喰町にある老舗の鞄屋さんとは、今の社長が専務の時からの取引だ。ウチの取引先の中では、2番目に長いつきあいになる。
ウチが取引を始めた頃からその鞄屋さんの主要メンバーは、おじいちゃんばかりだった。
その中でも営業の二人は「獅子てんや・瀬戸わんや」にそっくりだった。
てんやさんは、おじいちゃん軍の中ではかなり若い方で、埼玉からバイクで通勤していたりジャズを聴きに行ったり、というナカナカの洒落者さん。仕事もきっちりこなし、てんやさんに頼めばマチガイはなかった。
さて、わんやさんは、というと。
営業というのは名ばかりで、ほとんど「にぎやかし」と言ってもいいくらいの存在だった。
お客さんの好き嫌いが激しく、キライなお客さんに「アレを5個」とか頼まれても「売り切れました!」と平気で言ってしまったり、注文品が入荷しなかったりしても「アタシ(江戸っ子ですからね)は聞いてませんよ!」と開き直ったりしていた。
当時専務だった現社長のことは子供時分から知っているので、お客さんの前でも「シロシちゃん!(江戸っ子ですから…)」と呼んだりして、みんなをあわてさせていた。
わんやさんは一度、そのシロシちゃんにこっぴどく叱られ、
「あ〜あ〜いいですよ!そんなね、言われるくらいならね、アタシは辞めますよ!」
と言って店から外に出て行ったことがあった。
しばらく戻ってこない。でも荷物はここにあるしと思い外を見てみると、店の軒下あたりで通りの方を向いたままうつむいている。
「…もういいから、わんやさん。入っておいでよ」と声をかけてみると、わんやさんは、前掛けのポケットから天津甘栗を出してモソモソ食べているところだった。
そんなエキセントリックなわんやさんに、なぜか私はとても好かれていて、私が行くと他のお客さんの相手をしていても、
「あ〜!心躍る素敵な脂粉の香り〜〜誰かと思えばリリコさん!」などと言いつつ走りよって来た。
ああ、わんやさんがあと50年若ければ…。
イヤ、あの、わんやさん、あっちのお客さん待ってるよ。
「いいんですよ〜待たせときゃあ。それにしても今日はまた一段とお美しい!」
…歯浮きっぱなし。
でもそんなわんやさんも何年も前に定年退職されてしまった。
そして、ずっと頼りにしていたてんやさんにもそんな時が来た。
てんやさんいなくなっちゃうと淋しいなあ…。
「でももう80だからね〜」
社長としみじみ語り合った。
「長いことお世話になりました」てんやさんに挨拶していたら泣けて来た。
ずっと先に退職されたわんやさんと二度と会うことがなかったように、てんやさんとももう会うことはないだろう。
私のかわりにドラえもん電報、かわいがって下さい。
お疲れさまでした、てんやさん。

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