今の場所で落ち着くまで、店は2回移転している。
最初の素人ばかりのビルのことは以前書いたことがある(まだまだ思い出はたくさんあるのでまた書きます)が、その次のビルはなかなかちゃんとしたファッションビルであった。
名の通ったブランドのお店もあったし当時のナゴヤのオシャレな人たちが集まるセレクトショップも入っていた。
ソコに空きがでたからどうか?とお誘いを頂き、移転したわけだった。
そのビルには管理人さんがいた。
私たちがそこに入居してから、管理人さんは「若林豪」と呼ばれるようになった。私たちがそう名付けたからだ。
若林豪は、ワカバヤシさんというおばあちゃんだった。
若林豪は朝出勤してきて、掃除をし、あとは別に何もしていないようだった。ぷらぷら〜っとテナントをのぞいたりしていた。
店の壁をペンキ塗りしたり、カップボードを組み立てたりしている私たちを見て「なんでもやりなさる・・・」と感心してくれたりしていた。
お昼によく見かけたのは、フライドチキンをテイクアウトしているとこだった。若林豪・・おばあちゃんなのに・・週1でケン○って・・。
ある日、用事があって管理人室があるフロアに行った。
着いた途端、「あ〜あ〜〜〜〜」とうなる声と演歌のメロディ。
用事があったのはそのフロアの一室を借りている会社だったのだが、しばらく廊下に立って聞いてしまうくらいの大音量だった。
そのカラオケは明らかに管理人室から聞こえて来ていた。
すぐ下のフロアではみんな一生懸命がんばっているのに、なぜ若林豪はここでカラオケを楽しんでいるのだ。
お正月には大きな門松がオーナーから毎年贈られていたが、毎年某ショップの店長・なおちゃんが「お!カドマツトシキ」と言い、私がソレを受けて「お!カルロストシキ」と言うのがお約束になっていた。
で、それを横で聞きながら若林豪は「そうそう」とうなづいていた。
うなづかれると、私もなおちゃんもグッとテンションが下がるのであった。
私たちが移転の挨拶をしに行った時、若林豪はとても寂しがってくれた。
「なんでも自分たちでしなさって、見てておもしろかった」と言ってくれた。
若林豪はもう仕事をやめてしまったようだが、多分おうちでカラオケを楽しみフライドチキンを食べていることだろう。
そうであってほしいと思う。

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