「嘔吐」
ジャン=ポール・サルトル 著 白井浩司 訳 人文書院
ISBN 4-409-13019-6 ¥2,310 (税込み)
☆☆☆☆★
一語、一語に作者の精神が込められ、難解であっても、決してとばして読んだり、上の空で読みとばす事の出来ない小説というものに時々出会う事がある。私にとっては、この作品は、トーマス・マンの「魔の山」以来、久し振りに出会ったそういう類の小説でした。
主人公の30歳の男性アントワーヌ・ロカンタンによる、日記形式で綴られる独白小説。
彼は何年かに渡る海外生活を終え、自身の研究のためフランスの港町ブーヴィルに居を構える。
東洋での生活を続けていた頃から、彼は存在するあらゆる物に対して、現実感を失い、物自体の
持つ意味を計りかね、何かが目の前に存在しているという事に対して、吐き気を催す様になっていた。これは、彼を耐えがたいまでに苦しめる。そしてある夜、我を失い、公園の中の大木の根元に倒れこんだ時に、彼は、それぞれのものはただそこに存在をしているという真実、ただそこに実存のみがあるのだという天啓を受ける。
物体に名前はない、ただそこに存在をしているものであり、純粋なる実存である。
実存主義の哲学者、作家として名高いサルトルの作品を今回はじめて読んでみました。はっきり言って、私には何度読み返してみても、ロカンタンの感性と与えられた天啓が理解できなかったのですが、にもかかわらず、涙が溢れてくる個所が幾つもあった。
それは、彼の真摯なまでに、この世界を理解しようとする、おそろしく張り詰めた感性が、とても純粋に感じられた事。これほどの感受性を持ちながら、彼ははたから見れば、かなり強い男でもある。あまたの未開地を冒険し、知性もあり、ケンカもするし、愛人もいる。彼の内面が、こんなにも現実から遊離しているとは、誰も思わないだろう。
この作品は、サルトルが、自身の哲学を物語化し、普遍性を持たせた作品と言われていて、実存主義の聖典の1つとして知られている。しかし、小説としての表現の素晴らしさも普通のレベルではないと、1ページ目から感じました。
もう一つ付け加えたいのは、終盤に登場する、ロカンタンの昔の恋人アニーとの再会シーンの素晴らしさ。ここは、フランス人ならではの感性だと思った。アニーは、私が知る限りでは、物語に登場する最も魅力的な女性。女性は、いつでも、男性よりもずっと強い生き物である事も描写され、私もロカンタンと同じく、涙が目から溢れ出す。
もの凄く難解な小説です。ただ、作者の精神と哲学が、圧倒的な文章力で、読む者にせまる作品
でもありました。それが、マスターピースのマスターピースと呼ばれる所以なのでしょう。
時間をおいて、また読み返してみたいです。

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