2014/12/17

掘り出し品?  昔の写真(鉄道)

今冬最強の寒波がやってくる(らしい)。

天気予報でも、明日は☃マーク。

データ放送によると、今夜未明から雪になるらしい。

ところが、表がいやに明るい。

で見てみると、、、もう降ってるがな。一面真っ白やがな。ただ1pぐらいしか積もってないようで、このまま収束してくれたらいいのだが、、、。

そんな中、年賀状のネタに、古い写真なぞと思って、HDDを見てみると、、、まったく入っとらん。1枚もない。

なんでや,あんだけ、、、入れたのに、、、?、入れたのは、XPで動く古いHDDだった、8.1で動く新しいHDDには入れてなかった。

で入れる作業の傍ら、中を見ると、、、なんと懐かしい…。

というわけで、その中身の一部を。なお写真自体は、だいぶ前にHPで公開しているもの(のはず)。


とりあえずの1回目は、近鉄電車から。

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鳥羽駅で撮影した、賢島線の680系。多分、昭和53年か54年ごろの撮影。

向かい側のキハは、参宮線の急行(だったように思う)。
一目見て、近鉄もローカル線は、お古の巣窟だなと思ったのが、乗ってみて仰天した。
オール転換クロスシート!しかも冷房付き!!!

昭和50年代半ばのころは、まだまだ非冷房車の天下。こんなローカル線にこんな電車が走っているとは、、、。

奈良電生まれの元特急車と知ったのは、ずっとずっとずぅーと後のこと。

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その680系の後を託されたのが、おそらく近鉄史上、最弱の特急車18000系。
姿かたちこそ、それらしい雰囲気だが、西大寺駅をつりかけ音も高らかに出ていく姿には、ぶったまげた。

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そんな西大寺駅で偶然撮影した、8069号。

丸みを帯びた8000系の中にあって、ひときわ異彩を放つ角形車体。
たしかアルミ車体の試作品だったようで、その形状は、ステンレス車体の3000系に引き継がれた。

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橿原神宮駅で。この並びのアングルそのものは今でも撮影できるが、被写体となる電車は、大きく変わってしまった。

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田原本線西田原本にて、820系。上の8000系と比べると、車体断面の違いがよくわかる。昭和50年代半ばのころでも、これら中型車はまだまだ活躍していた。伊賀線へ行くのは、もう少したってからだったように思う。

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生駒線での820系。スキャナーで読み込む際、モノクロ帳にしたような気がする1枚。

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吉野線の名鉄橋を渡る1枚。この鉄橋には、その後行っておらず、再度行ってみたい場所。ただスル関3daysからは外れているため、なかなか足が向かない…。

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平城京跡を走る、新ビスタカーA編成。この時点では、新ビスタカーは風前の灯火になっていたとは、つい最近知った話。

そして最後も新ビスタカー。
昭和53年12月31日に鶴橋駅で撮影。この年の夏、初めて自分のカメラを買ったうれしさのあまり、終夜運転している近鉄を撮りに行ったもの。もっとも帰りの電車の時間もあり、多分午後10時ごろの撮影だったように思う。お伊勢参りの客で、近鉄特急は、大繁盛していたっけ。
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『越年号』のサボが、年末であることを思わせる。

新ビスタカー10100系は、年が明けた昭和54年度中に、完全引退してしまった。
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タグ: 鉄道写真




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