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2010/7/30

遠野物語〜Tohno Shadow City  テレビネタ

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寺尾聰さんが遠野に来たときの話。
まずは「サムトの婆」。横田にはそんな石碑があります。

明治43年、遠野で佐々木喜善から話を聞いた柳田国男はこう巻頭に記した。
「思うにこの類の文庫は現代の流行に非ず。
 されども、かかる話を見聞して後、これを語らないものは果たしているのか?」

中央押し付けの近代化に抗するような一文ですが、これが現代に通用するのではないかと。





柳田国男は東大で田山花袋らと文学に勤しみますが、卒業後農商務省へ。そして34歳のころに柳田国男と佐々木喜善は水野葉舟の仲立ちで遠野物語の話を始めました。
そこでたくさんの物語が出てきます。小国のマヨイガ、白望の山など…マヨイガは神の力でリッチになった家、と申しましょうか。

そしてついに遠野にやってきました。このときの情景は序文に書いてます。
しかし遠野から早池峰を見るとへの字か?あと鹿踊りについても。僕は数年前に見ましたよ。
そして人類学者の伊能嘉矩と会う。ここで柳田は「山人=日本の先住民」という考えを持った。

ここからは寺尾さんの朗読。
「遠野には100以上の物語がある。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ

その書評について、三島由紀夫が語ったことがある。しかもそれを書いたのはなんとあの割腹自殺の直前!





そして柳田は官僚を辞して旅に出ます。官僚時代に地方の実態に触れ、それを伝えたことだけでも現代人は見習うべきです。


岩手県民は今こそすべての力を発揮し、世界を戦慄させるときではないでしょうか?
わたしが精神(魂)をさらけだし、主張するのです。岩手県民一人ひとりが同じ気持ちで行動すれば、世界を戦慄させることは可能なのです!



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