沖縄3日間の旅(最終三日目)150317  

沖縄3日間の旅(最終三日目)150317


2015.3.17
最終第三日目(2015.3.17)は、
沖縄残波岬ロイヤルホテルを出て、沖縄南部を廻り、【世界遺産】座喜味城跡→琉球村(沖縄古民家集落散策)→新原(みーはる)ビーチ(グラスボート乗船)→沖縄ワールド(玉泉洞入洞、エイサー観賞)→ひめゆりの塔(平和祈念資料館入館)→那覇空港へ行き、羽田空港へ。


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GPSによる最終日三日目の軌跡(緑色)
沖縄残波岬ロイヤルホテル〜那覇空港までの軌跡


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座喜味城跡(1)
入口
1416年-1422年に読谷山の按司護佐丸(ごさまる)が築城したとされている。


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座喜味城跡(2)
国の史跡
世界遺産(琉球王国のグスク及び関連遺産群)


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座喜味城跡(3)
二の郭への石門と二の郭物見台


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座喜味城跡(4)
一の郭への階段と石門
石門の上のアーチの補強に石楔を打ち込んでいるあたり石造物の技術が進んでいる。
画像をクリックして見て下さい。


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座喜味城跡(5)
一の郭


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座喜味城跡(6)
一の郭城壁からの二の郭
城からの景色は天気が良ければ残波岬、恩納村の海岸、遠くは那覇市や慶良間まで見ることが出来るそうです。


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座喜味城跡(7)
骨壺
座喜味城跡を見た帰りに読谷村歴史民俗資料館前に並んでいる大きな骨壺が気になり聞いてみた。
今はもうほとんど本土と同じ火葬が多いと言っていたが、昔は土葬で土に中に埋めていた様です。
地中では虫やバクテリアに肉を食され約3年後に掘り起し、骨だけに残った人骨をこの大きな骨壺に入れお墓に安置したそうです。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(1)
入口


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琉球村(沖縄古民家集落散)(2)


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琉球村(沖縄古民家集落散)(3)


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琉球村(沖縄古民家集落散)(4)


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琉球村(沖縄古民家集落散)(5)


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琉球村(沖縄古民家集落散)(6)
ブーゲンビリアの花の赤色が眩しいくらい綺麗です。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(7)
ハブショーを開催しているハブセンター入口前にある池。
池にはコイやカモが放され優雅に泳いでいる。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(8)
ハブの共食いのアルコール漬け。
蛇の腹を開くと中にまだ溶けていない蛇がいる。
館内では観光客の首に巻かせて写真を撮っていたが、蛇は嫌いなので早々とハブセンターを出て来ました。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(9)
王様の御成り。
道ジュネー(みちじゅねー)
旧盆中で芸能や祭りでの集落の路地を練り歩く行列のこと。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(10)
民族舞踊
沖縄音楽が流れてくる中で踊っているのが何とも言えないですね。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(11)
獅子舞


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琉球村(沖縄古民家集落散)(12)
沖縄と北京、モンゴルを舞台とした日中合作の映画「天上の風」の撮影で、琉球村の「道ジュネー」の一幕。


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琉球村(沖縄古民家集落散)(13)
エイサー演舞
空高くこだまする太鼓の音と一糸乱れぬダイナミックな演舞に見とれていました。


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新原(みーはる)ビーチ(1)
グラスボート
美しい沖縄の海の中をのぞくことができる天然の水族館専用ボート。


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新原(みーはる)ビーチ(2)
この日はあいにく波が高く、急に深くなっているところまで行けなかったので綺麗なサンゴが観れなかったり、浅瀬も海水が濁り熱帯魚が少なかった。


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新原(みーばる)ビーチ(3)
みーばるマリンセンター船着き場


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新原(みーばる)ビーチ(4)
みーばる海岸の岩場


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沖縄ワールド散策入口


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沖縄ワールドお土産館


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玉泉洞入洞(1)
沖縄県南城市玉城字前川にある鍾乳洞。
1967年3月、愛媛大学学術探検部が調査を行った結果、初めてその全容が明らかにされた。


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玉泉洞入洞(2)
洞窟全体の総延長は5000mに達するようだが、現在公開されているのが延長890mです。
沖縄県内で最大の鍾乳洞。


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玉泉洞入洞(3)


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玉泉洞入洞(4)
地煙の滝


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玉泉洞入洞(5)


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沖縄ワールド民家散策(1)


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沖縄ワールド民家散策(2)
民家の門塀の脇に石敢當(いしがんどう、いしがんとう、せっかんとう)などの文字が刻まれた魔よけの石碑や石標がある。
中国で発祥したもので、日本では主に沖縄県や鹿児島県で見かける。


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沖縄ワールド民家散策(3)
屋根の上に置かれている伝説の獣シーサの像。

建物の門や屋根、村落の高台などに据え付けられる。
家や人、村に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除けの意味を持ち、屋根の上に設置されるケースが多いとされる。
ガイドさんは屋根とか家の中とか車の中のどこでもおいた守り神だと言っていた。


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ブーゲンビリアの花
沖縄ワールドお土産館脇に咲いている。


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ひめゆりの塔入口


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ひめゆりの塔
「塔」と名はついているが、実物は高さ1m弱くらいでそれほど高くはない。
これは、終戦直後の物資難な時代に建立された事と、アメリカ軍統治下に建立されたという事情によるものである。
ひめゆりの塔の左脇に口を空けているのが第三外科壕。

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壕の跡に立つ慰霊碑
沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立っている。

慰霊碑の名称は、当時第三外科壕に学徒隊として従軍していたひめゆり学徒隊にちなむ。
ひめゆり」は学徒隊員の母校、沖縄県立第一高等女学校の校誌名「乙姫」と沖縄師範学校女子部の校誌名「白百合」とを組み合わせた言葉で、もとは「姫百合」であったが、戦後ひらがなで記載されるようになった。
植物のヒメユリとは関係がないそうです。
(wikipediaHPより)


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平和祈念資料館入館

資料館内には、第三外科壕を底から見上げた形で原寸大のジオラマが作られている。
館内を廻ると学徒隊の亡くなられた生徒や教員の写真が壁中に貼られていて、生前の人柄や亡くなった時の状況が文章で解説されている。

館内には中学や高校の修学旅行で来ているのか、各自メモをとりだし隈なく記録していました。
若者の思いはそれぞれだと思うが、戦争のように人が人を殺す愚かな事や悲惨な事を二度と起こしてはならないと言う思いをしっかり受け止めたのだろうと思います。
私も大東亜戦争で顔も覚えていない父親を亡くしているのでその思いは強烈でした。


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那覇空港
沖縄は1427年(約600前)琉球王朝として統一され、明の影響や薩摩の侵略、米国の侵略等々、数々の苦難の歴史を得て現在に至っている。
今でもまだ米軍基地問題を抱えている沖縄。

沖縄を再認識をしたのと同時に、次回は大東亜戦争に影響されなかった琉球の離島へ、何処からともなく沖縄音楽が流れてくる島々へ行って見たいと思いました。

この日に歩いた軌跡: 17,950歩(約11.7km)でした。

青葉の百姓 2015.3.21記


追伸:沖縄の食べ物について
@ゴーヤチャンプル
沖縄で期待していた本場のゴーヤチャンプルをホテルのバイキングで食べたが全く美味しくなかった。
本当はどこかの小さな食堂で食べれば美味しいのかもしれない。
ゴーヤチャンプルはわが家では例年5月から種まきして、8月頃に収穫した採れたてのゴーヤでゴーヤチャンプルを作って食べた方が遙かに美味しいと言う事が判りました。


A沖縄そば
日本のそばのようにそば粉を使わず、ラーメンとうどんを混ぜたようなもので美味しくなかった。


青葉の百姓 2015.3.22追記




ネット仲間からのコメントです。
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mocoさん
2015年03月21日 11時05分
有意義な沖縄の旅、よかったですね。
お天気も崩れず、あちこち行けて素晴らしいです(^-^)

青百
2015年03月21日 11時22分
mocoさん、早々とコメントありがとうございます。
沖縄の旅は50数年前に勤務地インドネシアから一時帰国する際に香港→沖縄→日本へ立ち寄り戻ることになっていたが、当時インドネシアの政変(スカルノ政権失脚)が勃発し、急遽早く戻ることになり念願だった50年ぶりの沖縄の旅でした。
行けて良かったです。
これからまた桜花見行脚が始まります。



韓流大ファンさん
2015年03月21日 12時41分
良かったですね。
これからは花見ですね。(笑)

青百
2015年03月21日 12時53分
沖縄旅行は天気もまあまあで同じ日本と言っても違った雰囲気があり良かったです。
桜行脚はまず3月末に小田原市、長興山紹太寺のしだれ桜からスタートします。


青葉の百姓 2015.3.21追記


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H・AさんがFacebookに「いいね!」と言っています。

青百
H・Aさん、沖縄旅行の最後の最後に立ち寄ったひめゆりの塔は胸に刃物が刺さったような強烈な印象でした。
人が人を殺すような戦争は何故無くならないのでしょう!


青葉の百姓 2015.3.22追記


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さぬきふじさん
2015年03月23日 09時19分
私の行かなかった所もありまして、沖縄も広い物だと思いました。 
私の時は米軍基地の傍を通過しましたが、日曜日の所為か静かで意外な思いしましたし、あの轟音の基地じゃ無かったからかなああ〜と仲間と話したものでした。
でも、大きな米軍機は遠くからでも見ました。

青百
2015年03月23日 11時52分
沖縄の面積は沖縄本島・離島も入れて神奈川県とほぼ同じくらいでした。
噂の米軍基地の騒音がどうかと思ったが、米軍機を上空で見たがほとんど騒音として感じなかったです。
神奈川県にも近くに米軍厚木基地があるが、その近くへ行ったときは物凄い騒音です。
我が家の近くではほとんど聞こえませんが、沖縄も米軍基地周辺の人たちが問題なんですね。


青葉の百姓 2015.3.23追記






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