1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
18年8月18日未明
事象(とき)の切り替え
今朝は5時15分に是までの時間(とき)が閉じられ、5時22分に新しい時間(とき)が開いた。
其れは、旧約聖書に「神は6日間で此の世界を創造し 7日目に休んだ」と記されている事と関係が有り、是までの「事象・時空・とき」が閉じられて、新しい事象が始まる理・ことが知らされて来たモノの様である。
其の時間の「扉・まく」は、カメラのシャッターの様な物であり、其れは人間の瞼の仕組みと同じで、閉じている時は「月読界」で、開くと「天照界」であると言う事である。2016年6月6日
2019/12/30
稲盆
1・12・30
今年も残り1日で終わる。
昨夜は、ゆっくりと入浴して居ると、「全て新しく成る」との言葉が、一言告げられて来た。
そして、眠ってからの映像には、木製の器の三種類「飯椀・汁椀・深皿」が夫々、其れ用に使う食材の中に、数個づつ置かれている場面が映し出されて来た。
次に、其れを何処かに運んで行かなければ成らない様子が示されて来て、どうして運んだら良いのかを考えて居ると、出雲の「安部忠弘氏」が現われて、運んでくれる事になった。
そして、奥さんが軽い食事を四角なお盆に並べて持って来て、「時間が無いので食事を早く済ませてください」と云った。
次の映像は、安部氏が持って来た車は、古い2トン積み程の大きさのダンプカーであり、荷物を積み込んで黒いシートで覆って、下がっている右側の枠を持ち上げると、留める器具が壊れている事が判ったので、落ちない様に紐で縛り付けて居た。
次に、私が出発しようとすると、私の作務衣や履物が無い事が判り、私が是まで欠かさず現場で持ち歩いていた、腰鉈のバンドが無くなっており、腰に帯びる事が出来ない事が判った。
其処で、出発できない事が判り、どうしたら良いかを考える所で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「2時13分」であった。
其れから再び眠ると、今度は私が、安部忠弘氏と二人で電車に乗って居る映像が映し出されて来て、安部氏の向かいの席に、産院からの帰りなのか、産まれて間もない赤子を連れた女性が座って居て、安部氏が立ち上がって赤子を覗きに行くと、其の赤子が包まれている籠の横に、モンキーバナナの小型の房が置かれている事が判った。
すると、私の左横に、其の女性の両親が並んで座っているので、私は其の人達に「何処に帰るのですか」と訊ねると、「稲盆です」と応答した。
今朝起きた・起こされた時刻は「7時15分」である。
今朝のメッセージは、昨日の映像に、「大皿の中に 米粒と刻んだ赤いトマトが混ざっている料理」と「器の中に玄米と刻んだ稲藁が大量に混ぜられている場面」が映し出されて来た事の続きの様である。
其れに、今朝のメッセージで気に成るのは、「稲盆」との言葉である。
其れで、先ず「稲・盆」の漢字を漢語林で調べて見ると、次の様に載っている。
「稲・トウ・いね。いな。」【解字】形声。「禾+トウ」音符のトウは、うすから取り出すの意味。うすから取り出す穀物・いねの意味を表す。
【字義】いね。五穀の一つ。
「盆・ボン」【解字】形声、「皿+分」音符の分は、墳に通じ、土がふき出た形の墓の意味。ふせた形が墳墓のようになるさら・ぼんの意味を表す。
【字義】@はち。ほとぎ。浅くて比較的大きな円形の物を入れる瓦器(ガキ・かわらけ)。国語。ボン。㋐盂蘭盆会(ウラボンエ)の略称。㋑盂蘭盆会(旧暦7月15日)の前後数日の称。㋒茶器。食器などを載せる、縁が低く比較的大きな円形の器。 漢語林より
此の「稲・盆」の漢字の意味からすると、本日臼で餅搗きが行われる事と関係が有りそうであり、「臼・お椀の中に米が入っている」との意味からすると、出雲の熊野大社の「保食神・うけもちのかみ・受け餅の神」の儀式や、其の餅を搗く「出雲大社・杵築(きねつき)大社」の存在が関係が有るのではないだろうか。
そして、其処に帰る「孫」を連れた夫婦の存在は、安部忠弘氏が一緒に乗って居た事を考えると、安部氏が稲田神社が存在する横田町出身であるので、出雲の「須佐之男尊」と「櫛稲田姫」であるとの事なのかも知れない。
だが其の赤子の側に、小型のモンキーバナナが一房置かれていたのは、どう謂う意味が有るのだろうか。
其れは、モンキーバナナが冬霜で枯れる植物である事を考えると、孫の父方の祖父母が屋久島以南の温暖な地域の者であり、誕生祝いにバナナを贈ったとの事が考えられる。
其の事を考えると、新約聖書のイエスキリストの記述に、冬場の雪の季節の場面が登場しない事が気に成って来るし、仏教の釈迦は熱帯の気候の中だからこそ、6年間も荒野で修行が出来たと謂う理・ことに成り、聖者の悟り・修行の場は冬場も野外で生活ができる気候・環境でなければ成らないと言う理・ことが考えられる。
其れに、お椀や食べ物を何処かに届けなければ成らない場面が映し出されて来て、安部忠弘氏の奥さんが「早く出発しなければ遅れる」との事を謂ったのは、皆の食料が切れる事を意味しているのであろう。
そして、私の履物や作務衣が無い事や、腰鉈のバンドが無くなっている場面は、私の仕事・役割りが無い・終わった事を示唆しているのではないだろうか。
其れにダンプカーが壊れていたのは、自然破壊に繋がる土木作業も終わった事が、示されて来ているのではないだろうか。
其れを考えると、昨夜入浴中に告げられて来た「全て新しく成る」との言葉は、現在の社会体制が全て崩壊する事を示唆しており、ゼロから全てが始まるとの理・ことが示されて来ている事に成る。
今朝起こされた時刻「2時13分」と「7時15分」の数字から、今年の2月13日と7月15日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2019/2/13今朝のメッセージの映像には「水計」との文字が映し出されて来て、其れは「時計・とけい・土計(土影計)」や「雨量計」「温度計」「体温計」「体重計」等と同じく「水計・みずはかり」の意味である事が理解されて来た。
今朝のメッセージの映像は、先ず、私が牛飼いを始めた20歳頃の生活が映し出されて来て、農家では屋久島一番の借金を抱えて苦しんで居る時の様子が映し出されて来て、意識が目覚めると、其れは全て解決している昔の意識が甦って来ているモノ・現象である事が理解できたので、再びそのまま眠った。
すると今度は、1983年3月18日に「土肥無庵」に捜し出されて、全ての事を止めた37歳の時と同じ様に、自分の家中の物を全て処分して居る場面が映し出されて来た。
だが其の家は、昔の私の自宅ではなく、鉄筋コンクリート造りの二階建ての家であり、狭い階段から様々な物を下ろしていた。
其れから、37歳の時は燃える物は全て、自宅前の安房川の岸辺で焼却したのだが、今朝の映像では野焼きが出来ないので、全て何処かの塵集積場に運んで行かなければ成らない様子が示されて来た。
次の映像は、実家から安房の町に下って行く途中に在る県の出先機関である「合同庁舎」から下る坂道の道路が映し出されて来て、其の道路の山側の側溝が大きな物であり、其の側溝の中には水が満タンに溜まっており、其の中に澤山の蟹の様な赤い生き物が蠢いて居る様子が映し出されて来た。
私が不思議に意って、其の生き物を能く視ると、其れは鋏が有る蟹ではなく、目鼻も無い、真丸の体に足だけが20〜30本程付いている古生代の生き物である事が判った。
そして、其の生き物を能く観察していると、頭に「テールエノール」との言葉・文字が映し出されて来た。
「テールエノール」を調べると次の様に載っている。
*テール〘名〙 (tail)テイル@ 尾。しっぽ。
*「enolエノール」という名前は、二重結合を表す「eneエン」にアルコールを表す「olオール」をつけ加えて作られた名前である。これに対して、カルボニル構造の互変異性形をケト形という。日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
此の「tail・enol」の意味から、私に考えられ事は、海原を治める役割を意味する「須佐之男尊・すさのをのみこと・苆の尾の命」の名前である。・・
此の「苆の尾の帰命」の文章には、「・・緑色の苔が人手・ヒトデの様な動きをして、私の手に移動して来た。」と書いて有るので、今朝映し出されて来た真丸の蟹の様な生き物と関係が有り、今朝のメッセージは古生代(約5億年前)の生き物のDNA・遺伝子の記憶の世界に迄、思索を深くしろとの事が示されて来ているのではないだろうか。
其の様に考えると、今朝其の生き物が居た場所が、県の出先機関である合同庁舎の前の下り坂の始まりの場所であった事に意味が有り、其れは国家・政府を挙げて、全ての関係機関合同で取り組まなければ成らないと言う理・ことなのではないだろうか。
其れは、昨日告げられて来た「ときの始まりとする」との言葉と関係が有り、先ず我々が取り組まなければ成らない事は、「生命・いのち」の実体・真実を見極めて、地球全体の自然環境の保全・調和を考えなければ成らないと言う事であり、其れが成されなければ、人類の平和・幸福は築けないと謂うか、お先真っ暗であるとの事なのであろう。
其の事を始める為には、自分の「エゴ・利己主義」を改めなければ成らないと言う事であり、其の為にこそ、自分の生活や人間社会に存在する不要な物事を、全て消去しなければ成らないと言う事である。
今朝「時計」や「温度計」の様な感覚で「水計」との言葉が示されて来たのは、時計で時刻を測る事や体温計で自分の体温を測るだけではなく、自分の肉体がどの様な環境状態の中に存在するかを、的確に深く認知する必要があると言う事が示されて来ているのであろう。
体温が高いかどうかは、体温計で測る前に判るし、水温や温度は体感できるが、生命を支えている空気の「気圧」や「湿度」、「重力」「引力」「磁気力」などは、殆ど気にしないで生活している。
其れ等の感覚器官は、昆虫や鳥などは今だに肌感覚で感知しているであろうが、冷暖房付きの丈夫な住居に住む人間が失ってしまった感覚である。
だが我々生命は、全て40億±2億年前に海で発生した微生物から進化した物であるので、基本的に一番大事な計りは「水計・みずはかり」であり、塩素が多く投入されている水道水を飲む人間は、其の水計が壊れてしまっている事に成る。
其れは、此の世に誕生した時に最初に肌に触れる「産湯」も同じ事である。
其れ等の事柄を考えると、近代都市に暮らす人々の殆どが、其の条件を満たしていないと謂う事に成り、昨日告げられて来た「ときの始まりとする」との言葉は、「馬の耳に念仏」や「猫に小判」と同じ事に成るのであろう。
今朝起きた時刻・起された時刻が「8時44分・9時16分前」であったので、いま試しに昨年の9月16日の文章を見てみると、何と須佐之男尊の写真付きで、水の事に付いて書いて有るので、今朝の「テール・エノール」の言葉の解釈が当たっている様なので全文を載せて措く事にする。・・
此の「視覚を失った闇の世界」との言葉を考えると、釈迦が予言している「弥勒菩薩が下生して 闇の世に灯りを点す」との事が、現実と成るとの事なのかも知れない。
「水計」https://green.ap.teacup.com/20060818/4899.html
2019/7/15今朝のメッセージの映像は、先ず、10代の小学生達が、良い子のグループと、悪い子のグループが、別々に、集団で自然の中で遊んで居る場面が映し出されて来た。
次に、町の中で祭りが行われている様子が映し出されて来て、各班の子供神輿の列が、河川に架かる太鼓橋の上を渡って来る場面が映し出されて来た。
私は、自分の長男である「海生」と、昼飯を一緒に食べようかと思って人垣の中に入って行ったが、途中で海生の姿を見失ってしまい、会う事が出来なかった。
其の映像の意味に付いて考えて居ると、「良い子 悪い子」との言葉が頭に浮かんで来たので、意識が目覚め起きて時計を見ると、時刻は7時16分であった。
其れからPCを立ち上げて、昨年の7月16日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。・・
此の文章を書いて・打ってから明日で丸一年と成る。
其の事を考えると、今朝のメッセージは「子供達に 神に対する信仰心(依存心)を 持たせては成らない」との事が、示されて来ているのではないだろうか。
其れは、釈迦牟尼世尊、老子、イエスキリスト等の偉人が、宗教団体や建物を建設し、神頼みをする事を戒めているので、顕かな事である。
其れを考えると、私の両親は神社や寺院に子供達を連れて行く事は、一度も無かったし、私が産まれ育った松峰区(開拓村)には神社が存在しなかったので、神社の行事など何も無い環境であった事が関係有りそうである。
だが私の息子は、母親「美代子」が創価学会の信者であるので、現在でも学会活動・公明党の活動に染まったままである。
其れを考えると、今朝のメッセージも「精進」「禊ぎ祓い」とのテーマと関係が有り、最初から禊ぎ祓いが必要に成る様な事は、しなければ良いと謂う事に成る。
だが今朝のメッセージの映像には、良い子(素直な子)と、悪い子(悪戯子)のグループが、別々の集団で遊んでいる場面が映し出されて来た。
其れに、子供神輿は、其の子供達が一人残らず参加する行事なので、何等かの集団行動・活動が、必要不可欠であるとの理・ことが示唆されているのであろう。
其の最大のモノ・世界が、学校教育の存在である。
其れを考えると、学芸会・運動会・遠足・修学旅行などが、其の一環であると言う事に成るであろう。だが、其れだけでは、天神(てんのはたらき)や「御祖神・みおやかみ」・先祖霊等の存在を傳える事が出来ないので、何らかの手段・方法が、必要であると言う事に成りそうである。
今朝は、由香に「何かビジョンを見なかったか」と訊ねると、見たとの事であり、其の内容は次の様なモノである。
先ず、広い真直ぐな道を歩いて進んで行くと、突き当たりの右の角に「黒柳徹子」が立って居て、其の右手の直ぐ横には岩肌が剥き出しに成った場所が在り、其処は何人かの人が亡く成った場所である事が伝わって来た。
其処で、手を合わせて禱りを捧げた後、その横にある建物に入っていくと、古民家を再生した趣のある建築で、とても心地の良い空間であったとの事である。
突き当たりの左手には、小さな建物があり、其処は道を歩いて来た人達の休憩所に成っている様で、中に入るとインドの神様の様な出で立ちで、恰幅の良い、宝石・アクセサリーを身に着けた人達が3,4人ほど居て、自分用に小さな薄紫のクリスタルが付いた耳飾のような物が置いてあり、「もっと欲しいのなら、まだある」と謂われたが、欲しいと思わないので、そのままにしていたとの事である。
次の映像は、父方の祖母が出て来て、「墓に物凄いお金を掛けてきた」という趣旨の事を謂うと同時に、数式が出て来て、それを計算するのに疲れたとの事である。
其の後、実家を中心に、右手にある神社の随身門、左手奥にある本家、左手の山上にある観音堂(十一面観音)の三つの場所が順番に示され、「深く掘り下げて調べなければ」と、強く感じていたとの事である。
其れらの場面は、墓・本家=亡く成った場所=先祖供養・鎮魂、古民家=随身門=神社、インドの神=観音=仏教 と、関連している。
其の由香のビジョンから、私が即座に考えた事は、男性の役割は本来「狩りに出掛ける」「家族・部族を守護する為に戦う」に有るので、外向きの活動が目的・本能であり、其れが現在では、政治・経済・教育・宗教・芸術・建設などの分野と成っていて、行動力・想像力が必要とされているので、其の為に、男子は子供の頃から、仲間造りや、自分の能力の向上に務める・修行する必要がある理・ことに成る。
其れを考えると、女性の役割は、子育てや家事に能力を発揮する事にあるので、暮らしの伝統を継いで行かなければ成らないと言う事であり、先祖供養や、町村での文化行事は女性の役割・役目であると、理解できる事に成りそうである。
其の様に考えると、今朝の二人のビジョンは、男性と女性の役割と謂うか、立場が示されて来ていると捉えても間違いではないだろう。
「黒柳徹子」の名前の「徹・テツ・とおる」は、辞典に次の様に載っている。
「徹・テツ」【解字】会意。甲骨文は、鬲+又。鬲は、かなえの象形。又(手)を付し、食後のあとかたづけをするの意味を表す。常用漢字の徹は、「彳+育+攴」の会意文字。育は鬲の変形、攴は又の変形。一般に、事が最後のかたづけにまで行く、とおす、とどくの意味を表すようになり、彳を付した。
【字儀】@とおる。(通)また、とおす。突き通す。「貫徹」「徹底」Aとどく。達する。とどける。Bあきらか。「明徹」Cのぞく(除)取り去る。はぎ取る。また、捨てる。Dこわす。こぼつ。Eつらねる。(列)。つらなる。F夜を明かす。 漢語林より
此の「徹・テツ」の漢字の意味からすると、今朝のメッセージは、男女ともが、自分の役割を「貫徹・徹底」しなければ成らない理・ことが、示されて来ているのであろう。
其れを考えると、「男女同権」などの言葉・概念は止めて、男性は女性の、女性は男性の役割を、互いに認知・理解して、尊重しながら、相互協力に努めなければ成らないと言う事であり、其の理を第一義として、社会の組み立てを、行って行かなければ成らないと言う事に成るのであろう。
そして、其れを第一義とすれば、宗教や天皇家の存在も必要では無く成るし、天皇陛下が交代する度に、年号が変わる様な面倒も無く成る事に成る。・・
是等の文章に目を「徹・とおす」と、私は36年前に「土肥無庵」に捜し出されて、真実の答えを得る為に、此の世界に送り込まれた事の、答えを導き出したのではないだろうか。
其れは、人間が万物の霊長として、どう在るべきか鉄則である。
今朝の文章の題は「良い子 悪い子」としたが、其れは子供達自身に罪が有るのではなく、其の子供達が育った環境条件に有るので、其処の事・件から、私に対策を図れと言う事なのかも知れない。
「良い子悪い子」https://green.ap.teacup.com/20060818/5053.html
今此処で「1月15日」の日付が告げられて来て、其れは7月15日の反対側に当たるので、視て見ると、次の様な事が書いて有る。10時33分
2019/1/15今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージで「新しい自適が完成した」との事が告げられて来て、私が「智慧が完成した」との言葉を打った事と関係が有る様で、其れは個人的(部分的)な世界であり、全体的な事を、私が把握しているとの事ではない理・ことが示されて来たモノの様である。
今朝のメッセージの前半は、私が屋久島で海に潜ってイセエビ漁をする事や、海岸の河口で砂利の選別や採取を行う事、其れに道路を通したり公園の様な物を整備する事等で、人々を指導している場面が映し出されて来た。
其れから後半には、私が校長先生の奥さんが経営する民宿の手伝いをして居る場面が映し出されて来て、私が布団が敷かれている部屋で、布団を片付けずに作業を行った為に、布団カバーや敷布や汚れてしまい、奥さんに怒られる場面や、食堂の掃除を始めると、東京で生活文化に付いて出版活動を行っている男性社長が奥の席で朝食を摂って居て、其の男性に注意される場面等が映し出されて来た。
其れは、田舎での野外生活・活動に付いては、私は指導的な立場・役割は果されるが、都会生活や客商売等の世界では、未熟である理・ことが示されて来ている事になる。
何故、今朝其の様な課題に付いて、私が夢を見る事に成ったかを考えると、私が昨夜、動画でアフリカ象の生態に付いての番組・映像を見ながら、人間の男性は様々な情報を後世に傳え残す事ができるが、象の世界で其れを行っているのは群れを統率し導いている「お婆さん象・母象」であり、雄は交尾の時だけ顔を出すだけで、象社会全体を導く情報は持っていないと謂う理・ことを考えた事が、引き金と成ったのではないだろうか。
今朝は、其れ等の事を考えて居て「智慧の完成」との言葉が頭に浮かんで来たので、以前の文章を「智慧の完成」で調べると、次の様な文章が有った。・・
其れに、私が1997年3月21日に出雲の安部忠弘氏の別宅で、安部氏と共に第一回「呟学」の会合を開いた日の朝の映像に、中年の婦人達が数人登場して、私よりも生活術が長けている様子が映し出されて来て、私は其のメッセージで其の日の学習テーマを変更した事が有る。・・
今朝のメッセージの内容から、私に考えられる事は、私は個人的には「自分・みずからのわけ」との言葉は消化出来たのだが、人間社会全体に対して指導できる立場上での智慧が完成した分けではない理・ことが、示されて来ている様である。
だが、2013年3月21日「遍照金剛」の女神の言葉からすると、私は人間社会に直接嵌まり込んでしまう事は、自分の役割を果たせなく成るとの事の様であるので、私は昨日の文章に「・・私は他の事に付いて考える事は一切無く、自分自身の心身の管理を徹底的に行えば良いと謂う事であり、其れを完璧に行いさえすれば、自分の役割を遂行する事が出来ると言う理・ことの様である。・・・」と書いた事を、維持すれば良いのであろう。
「生活の智慧」https://green.ap.teacup.com/20060818/4869.html
此の文章の内容からも、私は何が起きても現場に出向く事なく、今のPC作業を黙々と続けて居なければならないとの事なのであろう。
今日は、聖書について、江藤敬介氏に訊ねたい事があったので、電話をかけてみると、今朝の江藤氏のメッセージには、貨物船の船員が、毎日船上で飲んだり食ったりのパーティを続けて、港に入港した時には、積荷が無くなっているので、荷主の男性が困り果てて居る様子が映し出されて来たとの事であった。
私は其の話から、其れは現在の政府(国家)の状態や、経済活動(銀行・保険等を含む)の組織が其の様な状態に成って来ており、やがて終末を迎える時には、中身(府貝)が空に成っており、全ての組織(船)が崩壊してしまう事を考えた。
江藤氏に、何故聖書の中に、雪の中でのイエスキリストの言動が見当たらないのかと訊ねると、「乾燥地で湿気が無いからであり、イエスキリストの言葉に『其の時が 冬でない事を祷りなさい』と有るので、冬期には自然の中には食べ物が無い事を示唆している。」との事であった。
其れを考えると、確かに日本でも冬間に未曾有の危機が発生すれば、大変な事に成る事は疑いようが無い。
何れにしても、私の役目は、滅びの事案に関わる事なく、ただ未来思考で、此のPC作業を続けて行きさえすれば、果たせるとの事なのであろう。
令和1年12月30日
礒邉自適
2019/12/29
身と心は一体
1・12・29
「果てしないタビ
『何も為さざるな 其の儘で良い』
との言葉を 貴方に贈りましたが
其れは 片肺飛行の 言葉の様でしたね。
『何も為さないで良い』との事は
自我意識での 作為の意味であり
自我意識が消えた時に 真実の世界が始まる
との理であり 其れが35年半続いて来た事に成ります。
ですが 自分の自我意識で 物事を考える事は
脳の活動が活発化し 心臓の脈拍が速く成り
肺呼吸も勢いを増し 意識は前向きに成ります。
ですが 貴方が体験をした様に
自分の意識活動が 停止した時に
神(はたらき)の世界が 発動しました。
其れは 何も無い所から 意識活動が始まった事に成り
其れが 潜在意識の世界であり 真実の神(はたらき)
の発動に 繋がったと言う事になります。
其れこそが 真実の根幹生命法則である事になります。
其の理・ことを 貴方は身を持って体験し
心に刻み込む事で 新しい世界を創造した事に成るのです。」9時11分
今朝のメッセージの映像は、先ず、米粒と刻んだ赤いトマトが混ざっている料理が、大皿の中に広がっている場面が映し出されて来た。
次に今度は、器の中に、玄米と刻んだ稲藁が大量に混ぜられている場面が映し出されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「2時28分」であった。
其れから、其の映像の意味に付いて考え始め、米とトマトの組み合わせ料理の意味は、夏に花を咲かせて実を結ぶ「陽性の稲」と「太陽」の関係を示唆しているのだと考え、玄米と刻んだ稲藁が大量に混ぜられている意味は「実」と「藁」は「頭・生命情報・意識・心」と「身・体・殻」の関係を示唆しているのだろうと考えながら、再び眠りの中に落ちて行った。
次の映像は、物品が一切置かれていない広い座敷に、私が布団一枚で寝て居る場面が映し出されて来て、寝る前に考えていた事を書いた紙が、封筒に入れる為に三つ折りにして、枕元に置かれている場面が映し出されて来た。
すると其処に、白い洋服を着た「土肥無庵」が以前の姿で、襖を開けて入って来て私を起こし、「全て読んだよ」と謂った。
そして、私に話し掛けて居る時に、廊下側の障子が開けられて、作務衣姿の禅宗の寺の典座(てんぞ)の様な男性が、座った儘、「お食事はどうなさいますか」と訊ねるので、私は布団に横に成った侭、「土肥無庵」の顔を見ると、「要らない」との意を目配りで示すので、私は「是から一緒に出掛けるので要らない」と応答した。
次の映像は、私が「土肥無庵」を助手席に乗せて、120万円で買ったという左ハンドルで二人乗りの、黄色いスポーツカーを運転する場面が映し出されて来て、車体の下の方で、車がバウンドする時にパタパタと音がするので、「泥除けの螺子が止められていない様だ」との事を謂って居た。
其れから、前方から此方の仲間ではない車が走って来たので、其れを大きく反れて交わして進んで行くと、前方には悪魂が多く暮らしている町が有るらしく、波動・人相の悪い人達の車が走って来るので、私は一段高い道路を走って行く事にした。
そして、其の町が近く成ると、其の空間は静寂な世界であり、上の段から砂粒一個でも、下の道路に落ちると、センサーが働いて攻撃を受ける事が、示されて来た。
其処で起きて時計を見ると、時刻は「7時17分」であった。
其れから、起きて、縁側のカーテンを開け、サッシ戸に付着している結露を窓拭き道具で除去してから雀の餌を撒いて、台所に行き蓬団子を食べながら穀物コーヒーを飲み、由香に何か見なかったかと訊くと、次の様なビジョンであったとの事である。
冷蔵庫に入れておいたはずの有精卵が、食器棚の中に1個入っており、取り出してボウルに卵を割り入れ、かき混ぜようとすると、卵(黄身・白身)と一緒に殻もバラバラと混ざった状態に成って居たとの事である。
私は、其の由香のビジョンは、私のメッセージと連動しており「心身」の理・ことを示して来ているのだと意った。
其れからPCを立ち上げると、男性の聲・トーンで「果てしないタビ」との言葉が一言告げられて来たので、其れを打つと続きの言葉が告げられて来た。
其の最後のフレーズ、『其れこそが 真実の根幹生命法則である事になります。
其の理・ことを 貴方は身を持って体験し 心に刻み込む事で 新しい世界を創造した事に成るのです。』との言葉は、私を捜し出して此の世界に送り込んだ「土肥無庵」の御魂からのモノであり、今朝の私の映像と、由香のビジョンを送り込んで来たモノが、土肥無庵の御魂である事は間違い無さそうである。
『其れは 貴方の御魂がそうさせているモノ・現象であり
全ての事が 貴方の意識を舞台として 物語が創出されているので
其れが 本来の 統尊(すめらのみこと)の
神(はたらき)であると言う事に 成るのです。』10時34分
今朝起こされた「2時28分」「7時17分」の数字から、今年の「2月28日」と「7月17日」の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2019/2/28早いもので、本日で2月が終り、明日から3月で、今年も六分の一が終わる事になる。
今朝のメッセージは、近代農業の行き詰まりに付いて示されて来ており、其れを良く考えていると、昨日のメッセージは、人間界の近代システムが崩壊寸前である理・ことが示されて来たモノであると思えて来た。
『其れは 貴方の意識が
原点に返る為の 布石と成るものです。
何故かと謂うと 貴方の意識・おもいが
先にばかり向いて行くと 原点のところが
失われてしまう恐れがあるからです。
何事も 原点が失われてしまうと
拡大 膨張し過ぎてしまい
維持が できなく成ってしまうからです。 』8時25分
今朝のメッセージの映像は、私の意識が屋久島に在って、果樹園を経営している農家を訪ねなければ成らないのだが、足が無いので困って居ると、誰だか判らない男性が中古の軽自動車を借りて来て、買うのならば12万円だと謂った。
私は他に方法が無いので、取り敢えず其の車を運転して、果樹園に向かうと、其処は集団で国有林を払いさげて果樹園にした所であり、大きな岩石の有る急傾斜の場所であった。
私が、ポンカンやタンカン等の柑橘類が植っている園内の中の細い道路を登って行くと、途中に岩の凸凹の場所があり、床の高い四駆車でなければ走れないので、其処で諦めて引き返す事にした。
其れに、下り始めると其の軽自動車はブレーキの利きが甘いので、買い取る事を止めなければ成らないと意っていた。
其れで一端、車を止めて、捨てて有るポンカンの果実の山の中から、良さそうな物を選んで皮を剥くと、化学肥料を使っているので、味が不味い事が判ったので、食べる事を止めた。
そして周囲を観察すると、果樹の枝葉には真っ白に農薬が散布されており、土地には除草剤が散布されているのか、雑草が一本も生えておらず、中の防風垣も邪魔に成るので伐採されているのである。
其れ等の様子を見て居ると、60歳位に見える女性(女神・瀬織津比売?)がポンカンの果実を一個手にして、左側から現れ、其れをお供えされても、喜べない事を私に示した。
今朝のメッセージは、緑豊かな地球の環境が、山岳まで破壊されて、化学肥料や農薬等に汚染されている事が示されて来ており、養分が無い土地で収穫された農産物は、人間の身体に悪いだけではなく、神(はたらき)も喜べない理・ことが示されて来ている様である。
其れに「女神・(瀬織津比売?)」らしき女性が登場したのは、河川の源流まで木々が伐採されて、化学肥料や農薬が撒かれれば、河川の水が汚染されてしまい、禊ぎ祓いの儀式も行えなく成る理・ことが、示されて来ている事にも成る。
そして、私が運転した軽自動車が廃車寸前の状態であったのは、農村の経済状況が最悪の状態まで低下して来ている理・ことが示唆されているのであろう。
其れは此の30年間で、戸数は約四分の一 従事者が約五分の一に減少している事で明らかである。
【年間農業収入が50万円以上】
農家個数 1985年から2015年の30年間変移 統計
農家数 604万戸から133万戸。
農業従事者数 1932万人から340万人へと、大きく減少している。
出所 農林水産省「農業センサス」
今朝は明け方に、蚊が首の所に飛んで来て追い払ったし、起きて台所に行って蓬餅をトースターで焼きながら穀物コーヒーを飲んで居ると、手首に赤家蚊が飛んで来て止まった。
其れは、明日から3月で春本番が来る事を、昆虫・むしが知らせて来ている事に成る。其れこそが、自然の移ろいを示しており、自分が自然の中の一員である理・ことを、実感できるモノ・現象である。
「近代農業の終焉」https://green.ap.teacup.com/20060818/4914.html
2019/7/17今朝のメッセージは、「何故 生物は此処まで 進化して来たか」との理に付いて示されて来たモノで、其の答えは、人間以外の生物は、過去や未来の事(情報)は考えずに「現在・いま」の生活環境に合わせて、自分が最良の動き・リズムを獲得して来たからであるとの理・ことである。
今朝のメッセージの映像は、先ず、一本の「大蒜・にんにく」の存在が映し出されて来た。
其の大蒜の姿は、一個の球根に茎と葉が伸びており、其の茎の先には花塔に種子球が付いており、球根の球と根の間には小さな球が何個も着いていた。
そして、私の意識(何者の意識か判らない)は、其れ等の部位を全てバラバラにして、土や汚れを綺麗に処理してから、標本の様に収納していた。
次の映像は、黒揚葉蝶(くろあげはちょう)の姿が映し出されて来て、其の黒揚葉蝶の一生である、「卵→ 幼虫→ 蛹→ 羽化→ 飛翔→ 採蜜→ 交尾→ 産卵→ 死」の生命循環の詳しい場面・様子である。
次に、エジプトか、インドのヒンズー教の世界かは判らないが、何かの宗教の世界で、建物内に男性と女性の試験官・研究者が居て、私は裸で様々なリズム体操の様な行為をさせられて居り、他の男性の肉体には100%の「本能・生命力・カルマ・業」が有るが、私に残っているのは「27%(マイナス73)」であるとの検査結果が、男女の検査官の間で伝えられていた。
次に、是まで世界中で、神に対して様々な生贄(いけにえ)が捧げられて来た事が示されて来て、其れは、「女神の悲しみ」である理・ことが示されて来た。
次に、藺草(いぐさ)を編んだ新しい敷物の存在が映し出されて来て、其れは「藺草の様に 人の肌に優しい 敷物に」との意味合いであり、私の意識は是から其の様なモノ(世界)で在らなければ成らない理・ことが示されて来た。
其処で意識が目覚めたので、起きて時計を見ると、時刻は「6時39分・7時21分前」であったので、今年の7月21日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。・・
今朝のメッセージの映像は、此の「純粋な記憶・記録」の文章に書いて有る理・ことが、人類全体の事(案件)として示されて来ており、現代人は余りにも、生命・いのちに関係の無い情報に振り回されて生きているので、何が自分にとって大事・重要であるかを全く判らなく成っているとの理・ことなのであろう。
其れは、2500年前に「老子」や「釈迦」が謂った理・ことが、全く理解されていないと言う事であり、人類は進化しているのではなく、退化している事に成る。
其れは、人間が発展させて来た「文化・文明・技術・医療」等の世界とは、全く異なる世界であり、其れ等の人間の技(わざ)が発展する度・毎に、逆に閉ざされる・埋没して来た世界であり、本能である「DNA・遺伝子」の情報の発露を阻害するモノ・世界である。
其れは、2500年前に老子が指摘した「弦を弾けば 玄の響き(宇宙の音)が消えてしまう」との理が、人間界から失われてしまっており、其の逆の行為を、人間(西洋文化)が世界全体に覆い尽している事になる。
今朝のメッセージの映像には、大蒜の姿を分解して標本化する場面と、黒揚葉蝶の一生と謂うか、生態についての場面が映し出されて来た。
大蒜は、植物の一種で人間が食べる野菜であり、黒揚葉蝶は、昆虫の一種であり、植物を食べ蜜を吸う動物の一種である。
其れは、生物の「形」や「生態・行動」が、DNA・遺伝子の仕組みに拠って、営まれている理・ことを示唆しているのであろう。
次に、私が裸で、身体のリズムや能力を調べられていたのは、人間は他の生物とは異なり、大脳が発達して複雑な仕組みを要しており、精神が伴っている事を示唆しているのであろう。
次の、女神が、是まで世界中で行われて来た生贄の事に付いて、悲しみを抱えているとの事は、人間の考え違いを示唆しており、生贄が供えられても、神は喜んではいない理・ことを、示して来ているのであろう。
次の、藺草(いぐさ)を編んだ新しい敷物の存在が映し出されて来て、其れは「藺草の様に 人の肌に優しい 敷物に」との意味合いであり、私の意識は是から其の様なモノ(世界)で在らなければ成らない理・ことが示されて来たのは、裸で此の世に産まれて来る人類は、他の生き物とは異なり、肌感覚が最も敏感なので、肌に触れる物は、赤ちゃんの時の肌着から始まり、母親のスキンシップから兄弟・姉妹との触れ合い等、意識の成長に一番重要な用件なので、気持ちの良い(安心感・安定感)優しい素材・環境が、精神的に必要不可欠であるとの理・ことなのであろう。
今朝の由香のビジョンにも、2 ,3歳の幼児の子守をしており、たくさん抱っこをして、スキンシップが子供にとっては、とても大事であることを話していた場面が映し出されて来ている。
「何故生物は進化して来たか」https://green.ap.teacup.com/20060818/5055.html
此の2月28日の文章には、『其れは貴方の意識が 原点に返る為の布石と成るものです。何故かと謂うと 貴方の意識・おもいが先にばかり向いて行くと 原点のところが失われてしまう恐れがあるからです。
何事も 原点が失われてしまうと 拡大膨張し過ぎてしまい 維持ができなく成ってしまうからです。 』と有り、7月17日の「何故生物は進化して来たか」の題名からしても、正に今朝のメッセージは、生命の原点の所が示されて来ている事に成る。
今朝のメッセージから、私に考えられる事は、私は「土肥無庵」に捜し出されなければ、自分の「さだめ・運命・使命・みこともち」が開かなかったと謂う事であり、今朝の様子から考えると、「土肥無庵」は1983年3月18日から一年掛かりで準備をし、屋久島に84年3月5日に家族で引っ越して来た事で、3月13日の未明に太陽が顔を出した時に「土肥無庵が神だから守れ」との言葉が告げられて来て、其の太陽からの言葉を守る事が、自分の「さだめ」を果たす事に繋がった事が、全て天神の意図であり、本日から新しい世界・次元が開闢するとの事なのであろう。
其の様に考えると、次の様な件が思い当たる。
1.「日高幸一」の実家で祭りが始まる。
其れに、是まで使用されて来た、日高昇・日高文隆・日高一典などの名前は、太陽に関係している。
2. 二人乗りの左ハンドルのスポーツカー。
*120万円の数字は、人間の寿命「12干支×10還=120年を示唆している。
*黄色は、神の世界を示唆している。
*荷物を積めない二人乗りの車は、神に仕える事には荷物が一切必要ではない。
・イエスキリストの謂う「私の教えを広めなさい。持って良い物は、杖の他に下着一枚だけに通じている。
・弘法大師空海の謂う「同行二人」の言葉と通じている。
*左ハンドルの車は外車なので、日本国の事だけではない。
・「土肥無庵」が、私をイギリス国に連れて行く為に、身支度とマナーを身に付けさせた事と関係が有り、其の事が、別の次元・世界で始まる。
3.「米・飯」と「赤いトマト」と「稲藁」の関係。
*米は東南アジア原産で、春に播種して夏に向けて育ち、熱い夏に実を結ぶので陽性の穀物であり、穀物菜食の基本的な基幹作物である。
*麦は、アジア大陸中央部原産で冬期に播種して春先から花を咲かして5・6月に収穫し、稲よりも陰性であり、肉食文化のパンの原料である。
4. 今朝のメッセージの映像で、私達二人が向かう先・途中に、敵対する人々が住む町が有ったのは、中国の万里長城の存在と関係が有り、肉食文化の人達との意識の境界線が示唆されており、其の世界を避けて通過しなければ、身の危険が避けられないとの理・ことが示されて来ている。
*根本的に考え方が異なる。
・アフリカのコンゴ河の、左岸に住むボノボ(ピグニーチンパンジー)は、躰が小さく菜食で母系社会であり、右岸に住むチンパンジーは肉食で躰が大きく父系社会である。
「女性と男性の役割」https://moon.ap.teacup.com/20061124/51.html
・穀物菜食文化と、肉食文化の人達は、腸内細菌が異なるので、腸の長さが異なり、虫の知らせ(潜在意識)が根本的に違う。
5「土肥無庵」の言葉が告げられて来た「9時11分」の時刻・数字。
*2001年9月11日に起きた「アメリカ同時多発テロ事件」と関係があり、宗教や文化の違いが、是から様々な所で頻繁に発生する様に成る。
・其れは2008年9月15日に起きたリーマン・ ブラザーズ証券倒産で、世界同時金融危機の様な事件が、何倍もの規模で起きて、世界経済が一時的に崩壊する事が間も無く起きる可能性が高まっている。
・其の時の為に、キューバで成功した様な自給体制の準備を、政府の指示で行って措かなければ成らない。
「地球環境を考える〜キューバの有機農業」
https://www.jica.go.jp/project/cuba/003/news/20170706_02.html
此処で「無庵師匠の御魂」で検索すると、何と、其の文章は2013年12月28日の物であり、昨日で丸6年が経過しており、本日から7年目に入る事に成る。
2013/12/28本日は、「御用納めの日」で、正月行事に関係の無い職種は、昨日で通常業務を閉じて、仕事仕舞いをし、年越しの準備をする日である。
今朝のメッセージの映像は、昨日のメッセージが「故郷・くに」のテーマであり、私の意識の成り立ちや、脳の記憶の基盤の様なモノ・世界が、映し出されて来たが、今朝のメッセージの映像は、其れとは全く逆の世界に、私の意識が在った。
其れは、私の思考ではなく、私を捜し出して、此の世界に入れた「無庵師匠」の意識の世界であった。
無庵師匠は、東京の或る大学の助教授を二年間務めていたが、二年間の間に、自分の教えたい事を理解できる学生が、一人も居ない事に落胆し、教師を止めて、骨董の世界に入って、様々な人々の人生相談を受けながら、財を築いた人物である。
其の無庵師匠は、イギリスで行われた競売で購入した、「魯山人」の急須400万円と湯呑み200万円の茶道具で、毎日お茶を飲んでおり、私に「自適さん 是が 高いか 安いか どう想う」と問うた。
私は、其の無庵師匠の問いに対して、「お茶を飲むのに 其の様な お金を掛ける必要は ないのではないか」という様な、意味の応えをした。
すると、無庵師匠は「自適さん ご飯茶碗は 日に二〜三度しか使用しないが 湯呑み茶碗は 毎日 其の倍以上は使用するので 一生を通じて 計算すれば 一回に何円にしか つかない」「其れに 大事に扱うので 日々の作法が身に着くのだ」と云った。
無庵師匠は、其の茶道具を、毎日、自分の手で棚から出して、使ったら自分の手で、収納していた。其れは、自分の修行でもあるが、奥さんや子供に其れをさして、若し落として割ったりすれば、他人に、責任転換をしてしまうからでもあった。
そして、私を東京に連れて行って、「ホテルオークラ」に泊めたり、赤坂の「辻留」に食事に行ったりした。其れは、私に場慣れをさせる為であった。
其れに、身支度として、絹地の100万円のスーツを誂え、オーストリアの貴族の人達が履く靴のメーカー「ゲオルク・マテルナー」の、35万円する靴を誂えて履かせ、時計はローレックスで、財布には100万円の現金を入れて、黒い旅行バックを手にする姿である。
私は、最初に旅に出た時は、其の様な身支度であったのだが、なかなか自分の意う様な人物には出会えないし、自然の中に有る温泉にも安心して入浴できないので、其の恰好での旅は止めた。
そして、三菱パジェロに布団と炊事道具を積み込んで、作務衣と下駄と、郵便局のカードに切り替えての旅を、続けたのである。
其れで、日本一周の旅を終えた日に、宿泊した料理旅館の御主人の案内で、禅宗の龍献寺を訪問し、住職である「安井桂造禅師」と出会い、新しい「人脈」と「世界」に入る事に成ったのである。・・
今朝のメッセージの映像場面は、私が37歳まで暮らした、屋久島の生活とは逆の世界であり、2001年11月7日に此の世を去った、無庵師匠の意識の世界であり、日本で最大の都市である東京銀座の文化の場面である。
何故、今朝のメッセージの映像に、其の様な場面が映し出されて来たかと言うと、是から、私の新しい活動が始まると言うか、私の、修行や認識作業が昨日で終了して、是から、無庵師匠の意識の世界が始まるとの事ではないだろうか。
無庵師匠は、屋久島に1984年3月5日に引っ越しして来て、私が魚釣りや、農作業や、木の実取や、その他の作業を見ていて、何度も「天才だ 天才だ」と云っていた。其れは、無庵師匠が、其れまで触れた事の無い世界を、私の活動の中に見たからであろう。
無庵師匠は、図書館の本は全て読み終えたと事で、私の質問には、何でも直ぐに答えていた。
其れに、無庵師匠は、一日二食・間食無しの、玄米自然食の生活であり、最長では28日間も断食状態で、一日も休まずに仕事をしたりする人物であり、本屋に出掛けても、本のページをパラパラと捲るだけで、全てを脳にインプットできる能力を持っていた。
更に、一枚の写真を見るだけで、其の人物の病気や、性格を的確に読み取って、判断を下す能力も身に付けており、医者などのクライアントの症状を看て、一週間分の食事のメニューを、メモ書きで渡すだけで、100万円程の謝礼を受け取る程の、実力を持ってもいた。
無庵師匠の家は、祖父の代まで御殿醫をしており、其の門外不出の「和方」の医療体系を用いて、三ヶ月間で私の治療を済ませて、私を神の世界に送り込んだのである。
そして、私が1984年6月4日に覚醒してから、東京の明治神宮に連れて行き、神域に有る日本建築の家を見せて、「此処に住め 相談者を連れて来るから」と云った事もあった。
そして、其れを私が断ると、屋久島の永田に有るホテルを買い取って、一日一組だけ客をとる宿を、始めようとの事であった。
私が、「其れで 採算が採れるのか」と質問をすると、私が居れば大丈夫だとの事であった。其れは、一日一組だけの客であれば、私の事を理解する人は、其れだけの金額を置いて行くとの事で、判らない客は二度と来させない。
先ず「三木総理」が友人だから、先ず三木総理を連れてくれば、後は自然に繋がるとの事であった。
私は、其の無庵師匠の言葉を聞いて、現在・いまの能力では国の総理大臣に質問されても、対応が出来ないだろうと想って、国の事や、自分の実力を知ろうと考え、全国の旅に出たのである。
そして、1985年3月27日には「二階堂進代議士」の自宅を訪問し、直接話した事も有った。
最初の旅では、網野町龍献寺の「安井桂造禅師」から、亀岡市の西光寺「田中真海禅師」→ 「杉岡伴太夫政房」→ 奈良市の「石垣雅設氏」「矢追日聖氏」→ 群馬県の鬼石町「中屋龍洲氏」南北村の「長岡良円禅師」→ 気功家の「中健次郎氏」→ 福岡県「白土宏氏」→ 佐賀県「武富勝彦氏」→ 千葉県「鶴見武道氏」と順調に繋がって行ったが、途中から其の様な人物との出会いが少なく成ってしまった。・・・
「無庵師匠の御魂」http://green.ap.teacup.com/20060818/2915.html
此の事からすると、是から私の「同行二人」の旅の相手は、「土肥無庵」の御魂でなければ務まらないと謂う事であり、「御祖神・みおやかみ」が土肥無庵の「躰・身心」に、代わると謂う事なのではないだろうか。
其れは、昨日の文章の纏めとして書いた、「男神・男性性・神父・聖者・精神性・魂しい・御祖神・みおやかみ」は、此の三次元である現実界で育つと謂うか、積み上げられて行くモノ・世界であると謂う理・ことである。」との理が、新しい人間意識の舞台の脚本に、反映されたと言う事に成るのであろう。
12時58分
和1年12月29日
礒邉自適
2019/12/28
新しい世の中
1・12・28
本日12月28日は「御用納めの日」であるが、今年は土曜日なので、役所は今日から門を閉じて、我が家で新年を向かえる準備を始める事に成る。
今朝のメッセージの映像は、私が何処かの女性が祭禱(さいき)をして居る神社を訪れる場面が映し出されて来た。
其の神社は、祭神が女神であり、祭主は中年の巫女・斎宮であった。
私は、其の女性に対し、神界のシステムが変わったので、神社での祭禱は必要無い事を伝えて居た。
すると、二人居た男性の幹部の内の左側一人は、直ぐに其の事を理解して帰って行ったが、右側の癖の強い男性は、其の神社が無くなると都合が悪いのか、なかなか納得できないらしく、最後まで食い下がって、抵抗を続けるのである。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「2時26分」であった。
其れから再び眠ると、今度は、大型バスの様な雰囲気の乗り物が映し出されて来て、其のバスの運転席にはハンドルが無く、右側の運転手の前にはコンピュータのパネル・画面の様な物が有り、由香が其の運転手の左横の中央の座席にに座って、面白そうに其の操作を見守って居るのである。
始めは高速道路を走っており、スピードが速いので、私が後ろの席から由香に「100kを超えているのか」と訊ねると、「超えている」との事であった。
其の乗り物はガラス張りであり、揺れる事もなく静かに走っているので、普通のタイヤではなく、車体も軽い物で出来ている様であった。
其れに、途中から砂利道を通る事に成ったのだが、スピードもそれ程落ちないまま、狭い道路を道幅一杯使ってカーブも曲がって行くので、対向車との衝突を心配したのだが、どうやらGPS機能が着いており、AIで完璧にコントロールされており、全ての走行車の位置が確認されている様であった。
そして到着した場所には、大きな樹木を残した儘、サッカー場の様な広場が有る、学校か研修施設の様な物であり、遠くに高い塔が見えたので、広大な学園村の様な場所である事が判った。
其れから、後ろの席から降りて、其の村に入って行くのは制服を着た小学生の男子達であり、其の子供達は遺伝子・DNAや性格・頭脳・身体能力など、あらゆる事を調べられて、適性検査の結果で其の学園に送られて来ている事が理解されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「6時26分」であり、最初に起こされた時刻から丁度4時間が経過している事に成る。
そして、再び眠ると「7時4分」に起こされたが、今朝は気温が低いので、再び横になり今朝の映像に付いて色々考え、起きた時刻は7時53分・8時7分前であった。
今朝はPCを立ち上げ、起こされた時刻から「2月26日「6月26日」「7月4日」「8月7日」の文章を視て見ると、次の様な理・ことが書いて有る。
2019/2/26今朝のメッセージの映像は、逆さ富士の様な雰囲気で、静かな湖面に、此の三次元世界である自然の景色が映っており、其れが鏡に映っている様に、上空から逆さに伸びる様に・垂れ下がっている場面が、映し出されて来た。
其れは、地上の物・様子が、其のまま天界に映し出されている理・ことを示唆している事が、理解されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「3時40分」であったので、私は其の数字を「340・みよまる・美世○」と記憶して再び眠った。
其れから、現在・いまの政治の世界が映し出されて来て、組織の長が無駄に金を使って余計な施設を造ったり、賄賂を受け取ったりして居る事が示されて来て、政治の世界・政(まつりごと)が段々と地に落ちている事が、示されて来た。
其れから、私が何者かに付き添われて、何処かに向かい、都会の繁華街の中に入って行くと、其の付き添って居る存在が前に出て歩き出した。
其れは、50歳代位に見えるスーツ姿の女性の後ろ姿であり、パチンコ屋等の遊技場が有る通りを通って、映画館に到着し二人分の切符を買って、中に入ろうとすると、其の映画は既に半分済んでいるのだが、其れでも良いとの事であり、其の上映されている映画は「菅原文太」主演の映画である事が理解されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「6時36分」であった。
其れから再び電気を消して横に成り、其れ等のメッセージに付いて考えて居ると「道半ば」との言葉が頭に浮かんで来たので、起きて時計を見ると時刻は「7時7分」であった。
今朝は先ず、PCを立ち上げて「菅原文太」を調べると、次の様に載っている。・・
此の説明からすると、故「菅原文太」主演の映画が半分が済んでおり、後半の映画・物語を観ると言うのは、「農業」や「国民運動グループ『いのちの党』」の事と関係が有り、後ろ姿だけの女性(女神)が私を映画館に案内したのは、私が是から演じなければ成らない世界は、「農業」の世界と「いのちの党」の活動に関係が有ると言う事が、示されて来ているのかも知れない。
其れに、今朝の映画館の有る場所が遊技場などが有る場末の場所であったのは、都会・巷(ちまた)の人々の救済を考える必要が有ると言う事なのかも知れない。
其の様に考えると、静かな湖水の面に、天地の自然の風景が向き合って、同じ画面であったのは、天地の事象(世界)は向かい合わせに成っている理・ことが示されて来ており、我々人間・人類は、天地の合一を目の前にしていると言う理・ことであり、其の接点は、自然の清い水の面に有ると言う事に成る。
だが、其の事が未だ完結していない原因が、現在の「政(まつりごと)」の世界に有ると言う事であり、現在の政治の世界を根本から遣り直す必要が有ると謂う事に成る。
そして、其の事と、起された時刻の数字「636・六三六」と「77・七七」が関係有るのだろう。
「636・六三六」は「無作務」と読めるので、「余計な作為を止めろ」との意味にもとれるので、余計な対策を図るよりも「自然無為」の手段が、最も良い解決策であり、人間の暮らしに直接必要の無い事を、どんどん止めて行けば、問題が解決されるとの理・ことなのではないだろうか。
其れに「77・七七」は、「7月7日・七夕」と関係が有るので、人間が短冊を書いて「天の川」に願いをする事は、此の地球の水の面に映る自然の景色の中に有るとの理・ことが示されて来ており、其れは自分の体内の水の波動・気持ちに有ると言う理・ことなのではないだろうか。
「菅原 文太」の名前の漢字を調べると、次の様に載っている。・・
此の「菅・原・文・太」の漢字の意味からすると、「管の源の文が太い・くだのみなもとのあやが はななだしくふとい」との事に成り、「役所の源の言葉は はなはだ太い」との意味合いが有るので、今朝のメッセージに映し出されて来た、「余計な事をして 無駄遣いがはなはだしい現在の役所の長官」の存在は、政府の人間の役割からはなはだ外れている事に成る。
*「政・セイ・ショウ・まつりごと」【解字】形声。「攴(支)+正」「攴」は、強制するの意味。音符の正は、ただすの意味。強制してただすの意味を表す。
【字義】@まつりごと。国家の主権者が領土・人民を治めること。まつりごと。「政治」Aおきて。政治を行うときの法律・規則。B物事をととのえ治める方法。「家政」Cただす。(正)。ただしくさせる。Dえだち。人民の課する労役。賦役。
*「府・フ」【解字】形声。「广+付+貝」「广」は屋根・建物の意味。音符の「付・フ」は、わたす・よせるの意味。重要な書類を寄せてしまっておく、くらの意味を表す。金文は、府+貝の形で、貝は財産の意味であるから、財産をしまう、くらの意味を早い時代から表していたことがわかる。
【字義】@くら。文章や財宝を入れるくら。「府庫」A役所。官庁。「政府」Bあつまる。また、あつまるところ。「怨府」Cみやこ。まち。「都府」D行政区画の一つ。唐代に始まり、清代までつづいた。Eやしき。貴人の邸宅。Fはらわた。「腑」 漢語林より
今朝告げられて来た「道半ば・みちなかば」との言葉は、私が此れまで35年間取り組んで来た・仕えて来た神(はたらき)の世界は、水の面(陣)に、上から垂れる天幕・舞台の緞帳(ぢんちょう)の様な世界であり、舞台の背景に物語として脚本は完成しているが、未だ、観客の方には現実の事として理解されてはいないので、人間社会の方では現実化・現象化してはいないから、私の行動・神(はたらき)は道半ばであるとの理・ことが、示されて来ている様である。
其れを考えると、今朝のメッセージは18日に告げられて来た「ベンチライフ」との言葉と関係が有り、私が何の試合・ゲームを視れば良いのかが、示されて来ているのかも知れない。
『貴方が是から 何を考えれば良いかが
理解できて来た様ですね。』10時47分
「道半ば」https://green.ap.teacup.com/20060818/4912.html
2019/6/26今朝のメッセージは、先ず、私が自然の中に、中年の優秀な男性を数人集めて、伊勢海老をご馳走しようとして居る場面が映し出されて来た。
だが、海に潜っても伊勢海老や魚類が居ないので、捕る事が出来ずに、ご馳走する事が叶わず、私は人間に因る自然破壊が進んで、地球のバランスが壊れている理・ことを感じていた。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「2時15分」であった。
其れから再び眠ったのだが、其の事に付いて頭が働き始めて眠れ無いので、起こされた時刻2時15分の数字から、2月15日の文章に何が書いて有るのかと思い、起きてPCを立ち上げると、頭に「貴方が一番」との言葉が告げられて来たので、時刻を確認すると3時15分であり、丁度一時間が経過している事が判った。
今年の2月15日の文章には、次の様な事が書いて有る。・・
此の文章の内容から、今朝3時15分に告げられて来た「貴方が一番」との言葉は、秦の始皇帝の言葉に有る「天に天帝が存在し 其の天帝の意思を受けて 私が皇帝として政(まつりごと)を行う」と関係が有り、其の役割が「一番大事な役割」であるとの理・ことなのであろう。
其れに、今年の3月15日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る・・
此処まで確認した所で、今朝のメッセージの意味が理解されて来たので、再び眠る事にした。すると、今度は、私が田舎に隠遁して一人で暮らして居る、私より年配の男性を訪ねる場面が映し出されて来て、私は其の男性に「未来社会を創造する為の人材育成に協力してくれ」との事を依頼する場面が映し出されて来た。
其の男性は、困った表情をして居たが、私の説明に納得が入ったのか、渋々私の謂う事に協力する事を承諾してくれた。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「7時15分」であり、未だ眠いので再び眠った。
そして起きた・起された時刻は9時27分である。
昨年の「7月15日と9月27日の文章」・・
此の文章の内容からすると、「天帝の降臨」との言葉や「貴方が一番」との言葉の意味も理解されて来る。・・
是等の事から考えると、一昨日告げられて来た「地球の新しい王」との言葉は、私が此の世界に飛び込んだ時に、霊夢で私の身体に巻き付いて来て、私の頭を切り取って地球に替えて「地球の管理を任す」と告げて来た白山権現の「菊理姫」と関係が有り、私が其の「白山菊理姫神」の意思に適う次元まで、到達したとの事なのではないだろうか。・・
本日6月26日の日付は、22日の午前6時26分に、由香の携帯電話に初期化の信号が送られて来た、6時26分の数字と同じである。
其の事を考えると、本日から、何かの切り替えが、始まるとの事なのかも知れない。
「貴方が一番」https://green.ap.teacup.com/20060818/5034.html
2019/7/4今朝のメッセージの映像は、先ず光の無い世界(空間)に、私の意識・考えを表す縦書きの短い文章が、球暖簾の様に下がっている場面が映し出されて来た。
そして、其の球暖簾の下を潜る者は一人も居ないし、其の文章を理解する者が、近くには誰も存在しない事が示されて来た。
次の映像は、都会から田舎に移住して生活を始めている人々の村の存在が示されて来て、私が其の村を訪ねると、一人の男性が私に近づいて来て、「此の村の代表は創価学会の人である」と、教えてくれた。
それで、私は其の人の所を訪ねると、若葉色のスーツを着た60歳の男性であり、私が其の男性に「南無妙法蓮華経の正しい意味をご存知ですか」と問うと、其の人がたじろいだ様子を示すので、私は「 帰依します お釈迦さんの法華経の教えに との意味ですよ」と謂うと、其の男性は私の存在を認めた様なので、私は釈迦仏陀に付いて話し始めた。
すると其の男性は、泣きだしはしないが、とても感動・興奮した様子で顔を赤らめながら、私の話しに意識を集中させて来たので、私は「牧口常三郎が どんな気持ちで法華経を学ぶ会を始めたのか 仲間に説いてください」と謂った。
すると、其処に「瀬織津比売・せおりつひめ」らしき雰囲気の、小柄で細身の老女が遣って来て、男性の向こう側に腰を掛けた。
そして「5000年掛かった」との言葉が聴こえた来て、「是が男性の役割・世界である」との理・ことが示されて来た。
其処で、意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「5時15分」であった。
其れから再び眠ると、今度は右上の上空から、赤色のガンダムの腕の様な物が水田に下りて来て、稲の苗を植える様な動きを始める場面が、映し出されて来た。其の腕は、恐竜の長い尾の骨の繋がりの様に、上から下に段々と細く、金属の関節が繋がっている物であり、一番下の指先が二又に成っており、ピンセットの様に物を挟む構造に成っているのである。
其れから「12本」との言葉と、「五本指の片手」との言葉が示されて来た。
そして、「12本」の言葉は「体」の漢字に関係が有り「12人+本」との意味である事が示されて来た。
其れに、「五本指の片手」との言葉は「親指・人指し指・中指・薬指・小指」の夫々の役割・はたらきを、示唆している事が理解されて来た。
私は、其の「12人+本」との文字言葉から、其れは「イエスキリストの言葉」と「12人の弟子」の関係性を想った。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「6時15分」であり、「5000年掛かった」と告げられて目覚めた時刻から、丁度一時間が経過している事を理解した。
其れから再び眠ると、今度は、初めに映し出されて来たガンダムの腕の様な物が、地面から天空に大きなトーテンポールの様に聳え立っている場面が映し出されて来て、其の柱を背景にして、男性の姿が一体だけ立っており、其の姿が、早送り漫画本のページの絵の様に、次々に、別の男性に変化して行く映像が映し出されて来て、最終の人物の数人前に、黒人の「キング牧師」の姿が有る事が判った。
今朝は起きた・起された時刻は「7時47分」であったので、私は其の数字を「747・なしな・無し名」と記憶した。
今朝起された「5時15分」と「6時15分」の数字から、今年の5月15日と6月15日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。・・
此の「アークのケルビム」の文章には「・・其れ等の概念・世界を生み出す基礎(もと)と成っており、宇宙の何処にも中心の神柱・トーテンポールは立っていないのである。其れを考えると、釈迦牟尼世尊が謂う様に、「真に頼れる物は 此の自分の肉体である」との理・ことであり、老子の謂う「弦を弾くと 宇宙の響きが聴こえなく成る」との事が、的を射ている事に成る。・・」と書いて有るので、今朝の機械的な神腕がトーテンポールの様に立っており、黒人のキング牧師の姿が、近い時間帯に存在した事は、真実の「宗教・おおもとのおしえ」が簡単に示されて来ている事に成る。
其れを考えると、一番「人+本」の存在が、日本の「御祖神・みおやかみ」との言葉の世界であり、仏教の「久遠実成・くおんじつじょう」の言葉の世界で、イエスキリストの謂う「永遠の命(たましい)」の世界なのであろう。
其れに、5000年掛かったと言うのは、イエス「2019年」釈迦「2600年」を通り越しているので、エジプトの時代からの課題が解決したとの事に成るのであろう。・・
此の記述からすると、漸く「ピラミッド・山岳信仰」の原点である「大山祇神・おおやまの巳かみ」の次元まで、物事が浄化できたと言う事になり、「瀬織津比売・瀬居りの姫」の導きが功を為したと言う事に成りそうである。
其れに、私が今朝起された時刻「7時47分」の数字を「747・なしな・無し名」と記憶したのが正しければ、私は釈迦やイエスの様な「名前・カルマ・業」を残しては成らないと謂う事であり、日本の伝統である「禊ぎ祓い」の儀式と「惟神道・かんながらのみち」の概念だけを、維持すれば良いとの事の様である。・・
今朝の映像に、都会から田舎に移住した村の代表が創価学会の会員であったのは、私が27歳の時に結婚した「名越美代子」の父親が、屋久島の創価学会のトップであった事と関係が有り、自宅に「南無妙法蓮華経」の曼陀羅を掛けた事で、日蓮上人の霊魂が私に関わりを持って来た事が、此の出来事の始まりである。
其れを考えると、漸く「立正安国論・りつしょうあんこくろん」を執筆して、鎌倉幕府に提出した日蓮上人の霊魂も、成佛する時節を迎えたと言う事なのではないだろうか。
【此処で、左手の人差し指の指紋の所に強いカモ(神の電気信号)が起きる。】
どうやら、今朝のメッセージには「日蓮上人」の御魂が関わりを持って来ていた様である。
「5000年掛かった」https://green.ap.teacup.com/20060818/5042.html
2019/8/7昨日は、赤系の色の服を着たインドのヒンズー教の女神が、三体インドに帰る場面が映し出されて来たが、今朝の映像には、つつじ色の服を着た女神の存在が一体映し出されて来て、其れは日本の神(はたらき)であり、故「杉村綾子」の名前が示されて来た。
次に、椰子の苗を担いだ数人の男性が、森の中に入って行く姿が映し出されて来た。
次に、大型の軍のヘリコプターが森の上空に飛来する場面が映し出されて来て、其のヘリから空色の服を着た数十人の若者が、落下傘で地上に下りる場面が映し出されて来て、其れは三箇所で同時に行われている事が理解されて来た。
次に、私は其の地上に降りた若者達が、地上で何を始めているのかと意い、地方の経済活動を調べて回る場面が映し出されて来て、私が30歳代の「支部長」と呼ばれている男性の会社の事務所を訪れ、経済活動の現状・状況を訊ねる場面が映し出されて来た。
次に、森林の土壌や岩石を調べている男性の存在が、映し出されて来て、私も其の男性の所に自分が調べて貰いたい石を持参していた。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は5時20分から21分に成る所であった。
其れから再び眠ってからの映像は、私が山中の温泉にゆっくり入浴して居たが、其の湯の温度が温い・低いので、湯の元を探って上の方に向かうと、石で隠されている池の様な場所が見付かり、私は自分の身体が入れる程の石を除いて入浴して見ると、とても良い湯加減であり、其処が源泉である事が理解されて来た。
其処で起きて時計を見ると、時刻は6時9分であった。
今朝は先ず、漢語林で「綾」の漢字を調べて見ると、次の様に載っている。
「綾・リュウ・リン」【解字】形声。「糸+夌」音符の夌は、凌に通じ、盛りあがった水の意味。織物に盛りあがった氷のような模様が織り込まれたもの、りんずの意味を表す。【字義】あや。あやぎぬ。織り出しの模様のある絹。漢語林
此の意味からすると、示されて来た「杉村綾子」との名前は、「杉山の多い村は綾が生まれる」との意味を表しており、杉山・杉林は、自然林と異なり、保水力が無いので、大雨が降った時に水が地表に噴出して、山崩れが多発するとの理・ことが示されて来ているのであろう。
其れに、其の「綾」の隣には、「緑」の漢字が有り、次の様に載っている。
*「緑・リョク・ロク・みどり」【解字】形声。「糸+彔」音符の彔・リョクは、つるべでくみあげた水の象形。みどり色の糸の意味を表す。【字義】@みどり。㋐みどり色。㋑黄と青の間色。㋒みどり色の絹。㋓つやのある黒色。「緑髪」A草の色。かりやす。もえぎ色を染める染料とする。漢語林より
これ等の事から考えると、今朝の映像で数人の男性が椰子の苗を担いで山に向かっていたのは、南方の森林がヤシ油を採取する為に破壊されている事と関係が有り、空色の服を着た軍隊が派遣されるとの事は、森林保全が急務である理・ことが示されて来ているのであろう。
次の、森林の土壌や岩石を調べている男性の存在が映し出されて来た場面は、森林が破壊されると、剥き出しと成った地面からは、急激に土壌と養分が失われてしまい、木々の苗を植林しても育ち難く成るので、長い年月が掛かって出来た森林環境は、一度破壊されると、復元が難しい理・ことが示されて来ているのであろう。・・
今朝の最後の映像では、私は森林の中に隠されており、誰も入浴した事が無い源泉の温泉に、一人で入浴している場面が映し出されて来た。
其の場所は、他人の姿は誰一人見受けられない場所であった。
其れを考えると、此の私は、倭姫命の言葉を守る段階に至ったとの事なのかも知れない。
「森林を守る」https://green.ap.teacup.com/20060818/5077.html
これ等の文章の内容から考えると、今朝のメッセージは本日が「御用納めの日」である事と関係が有り、「道半ば」「貴方が一番」「5000年掛かった」「森林を守る」との言葉に意味が有りそうである。
其れは、此処まで来るのに「5000年掛かった」が、未だ「道半ば」であり、此の動きに対して「貴方が一番」であり、最大のテーマは「森林を守る」理・ことに有るとの事なのかも知れない。
今朝のメッセージは、神様(女神)の祭禱(さいき)の手段・方法・次元が変わったとの事であり、是までの様な祭禱(さいき)・儀式はもう必要ではないと謂う事であり、新しい文化・文明の創造・発展の見通しが立って来たの事で、人類の進化・発展の為には、男の子の能力・適正検査を行って、其の子供に合った教育・学習を実行できる社会体制を、整えなければ成らないと言う理・ことが示されて来ているのであろう。
其の事を私なりに判断すると、宇宙の神(はたらき)は「女神・女性性・母性・物質性」であり、「男神・男性性・神父・聖者・精神性・魂しい・御祖神・みおやかみ」は此の三次元である現実界で育つと謂うか、積み上げられて行くモノ・世界であると謂う理・ことである。
令和1年12月28日
礒邉自適
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