1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
18年8月18日未明
事象(とき)の切り替え
今朝は5時15分に是までの時間(とき)が閉じられ、5時22分に新しい時間(とき)が開いた。
其れは、旧約聖書に「神は6日間で此の世界を創造し 7日目に休んだ」と記されている事と関係が有り、是までの「事象・時空・とき」が閉じられて、新しい事象が始まる理・ことが知らされて来たモノの様である。
其の時間の「扉・まく」は、カメラのシャッターの様な物であり、其れは人間の瞼の仕組みと同じで、閉じている時は「月読界」で、開くと「天照界」であると言う事である。2016年6月6日
2020/1/30
オーロラ瞑想
2・1・30
本日1月30日は、私の74歳の第一目であり、今朝のメッセージは其れに相応しいモノであった。
昨夜は、入浴を済ませてから、神棚が有る部屋に入って、寝る準備を整えて居ると、行き成り頭上から、強く「ザー ザー ザー」と電波の様な物が、体内に染み込む様に降りて来る音が聴こえて来て、其れは屈み込んでも止まらずに、心拍程の感覚でしばらく続いた。
そして、少し落ち着いてから時計を確認すると、時刻は11時1分前であった。
そして、眠ってからのメッセージの映像は、体育館の様に広い空間・室内に20数名の男女が集まっており、私が祝詞か讃美歌の様な歌(マントラ)を歌い始めると、全員の身体が空中に浮揚し始めて、皆が天使・天女の様な気持ちに到達している事が感じられた。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「2時50分・3時10分前」であった。
其れから再び眠ると、今度は、私が姿の見えない男性に案内されて、何処かの受付のカウンターに到着し、私が自分の手に持っているパンフレットか申し込み用紙の上に、丸い黄色のバッジを載せて一緒に置くと、其の受付の人物が、紙面とバッジは全く関係の無い物であり、紙面の方は自分が受け取って、バッジの方は左隣りの机に座っている70歳位の男性に手渡した。
すると、其の男性は、其のバッジの意味が解っている様で、私に向かって二枚の名刺を出して、其の二人に会う様に勧めた。
其の二枚の名刺は、揃えて出すのではなく、左手と右手で別々に離して置いた。
其れは、私に左右の手で受け取れと、暗示している様であった。
其の二枚の名刺は、男性の物であり肩書が澤山書かれていたので、余程位が高い立場・役職に就いている人物である事が理解された。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「5時20分」であった。
其れから再び眠ると、今度は明るい世界に、文字が澤山記されている画面が映し出されて来て、其の文字が、私の目の前を、右側から左側に流れて行くのだが、其の文字は画数の多い漢字でもなく、日本語の平仮名でもない文字で、全く私には読み取れない文字・文章なのである。
私は其の文字文章が、何処の国の物であるのかを探ったのだが、心当たりが全く無く、其れは新しい時代の為に準備された物である事が、理解されて来た。
次に、黒い電気コードが伸びている場面が映し出されて来て、私が其のコードを辿って行くと、其の先には解読機械の様な物が存在するので、8ミリ映画のフイルムを見る様に、小窓から内部を透かして見ると、其の簡単に見えた文字の様な物は、記号の役割を果たしている物であり、機械を通すと、全ての記号が難しい、画数の多い漢字文字ばかりである事が理解されて来た。
其れで私は、未来の通信言語は「象形文字・表意文字」で物事・表示が明確に成る物であり、中国の漢字が「人工知能・AI」にて、世界共通用語に成る事が理解されて来た。
今朝起きた・起こされた時刻は、「8時54分・9時6分前」であった。
今朝の始めの映像は、昨日私に告げられて来た「一皮剥ける」との言葉と、由香のビジョンの「虹彩」の世界と関係が有り、宇宙の働きが一段進化した事を示唆しており、太陽光・磁気の存在・神(はたらき)が、人間に自覚される次元に至ったと言う事であり、神(はたらき)と人間の意識の壁が、無くなるとの事の様である。
其れは、人間の意識が「天使・天女」の様な立場に至るとの事であり、人間誰もが、太陽・ラーの磁気エネルギーを感知して、美しいオーロラの様な振る舞いが可能に成ると言う事である。
其れで、今朝の文章の題は「オーロラ瞑想」とした。
今朝のメッセージの様子からすると、一昨日の午後3時33分に、私の身体に、完全なブッダの意識状態が、収納された感覚が満ちて来た事が、関係有りそうである。
其れは、1984年6月に感じた「大悟・覚醒・成仏」の感覚とは、雰囲気が変わったモノ・現象であり、以前の其の時は、自分に光エネルギー・宇宙の情報が全て流れ込んで来て、歓喜が溢れ出す様な感覚であったが、一昨日の其れ・現象は、「全宇宙」と自分の肉体の全細胞・全感覚が「同調・安定・確定」した様なモノであり、其れこそが完全に、悩みや不安や興奮が何も無く「絶対の安心・安泰」の感覚・態勢であったのである。
其の感覚・態勢の結果として、昨夜、天空・宇宙の電波・波動が、私の身体に音を伴って降りて来たのであろう。
其の様に考えると、一昨日の午後3時33分に「完全なブッダ」と成る現象が起きた事は、私が平成元年3月13日の午後3時33分に阿蘇の「日の宮幣立神宮」の境内に在る「地球平和道場」で「日(太陽)の宮の神」が私の肉体に降りて来た事と、同じ年の9月3日の夜中3時33分に、聖徳太子の御魂が「漸く高天原に達した。リンザイから始める」と告げて来た事が、臨済宗の事ではなく、「神の臨在」との事であり、其れが一昨日実際に「降臨・臨在」したとの事なのかも知れない。
2008/10/5「聖徳太子の因縁」https://green.ap.teacup.com/20060818/904.html
今朝起こされた時刻から、昨年の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。
2019/3/10今朝のメッセージの映像には、古い三系統・三段階の鉄道の存在が有る事が示されて来て、其の古い鉄道や駅や列車が全て撤去されて、新しい物(システム)が造られる事が示されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「4時30分」であった。
其れから再び眠ると、今度は新しい列車が、右側後方から左前方に走行している場面が映し出されて来て、其の先頭列車の中は昼間の様に明るく、未だ数人程しか乗っていない事が判り、ガラガラの空席状態である事が示されて来た。
其れから、女神か男神か判らない声で、「全てが貴方の望む儘」との言葉が告げられて来たので起きて時計を見ると、「7時59分・8時1分前」であり、洗面を済ませて穀物コーヒーを入れPCを立ち上げると、時刻は2019年3月10日8時18分であった。
其の数字から、私は2005年3月10日の夜に、全ての情報が私の身体に繋がって来る現象が起きた事と、平成18年8月18日にマヤ・アステカの神(はたらき)である「ククルカン・ケツァルコアトル」から「約束は守られる」と告げられて来た出来事を思った。・・
此の「時間は管理するモノ」の内容からすると、私が探し出した宝物は「時間・とき」である事に成りそうである。
其れは、「時間は金なり」との言葉に通じており、我々人間は自分の持ち時間をどの様に使うかが、最も大事であると謂う事になる。
今朝のメッセージの映像に映し出されて来た、三系統の軌道が刷新され、其の列車に乗り込む人間が必要であるとの事は、愈々人類の未来・新時代が始まるとの事が示されて来ており、其れが5月1日に元号が変わる事と関連している。
其れも、古い形(軌道)が滅びる事の原因である様に感じる。
何故かと謂うと、現在の皇室や宮内庁には、私に告げられて来る・降りて来るメッセージは全く届いていないからであり、天皇に降りるべきメッセージが私の方に来ているからである。・・
諺には「陰極まれば陽に転じる」との言葉が有る。
其の「陰」とは、物事が膨張・拡散してエネルギーを失い霧散して行く理・ことを意味しており、其の中に新しいモノ・事象の種子(場・実)が生じる理が「陽」の世界である。
其れは巨大に育った樹木が、自分で根や枝葉を管理できなく成って倒れた後に、太陽光が当たるので、新しい樹木の種子が芽を出して生長し始める事と同じ理である。
今朝のメッセージは、正に其の諺(ことわざ・言技)通りの出来事が始まる理・ことが示されて来ている事に成りそうである。
今朝示されて来た「三軌道・三段階」のシステムは、私には幾つかの解釈は有るが、其れを個々が自分で判断する事が、現代人に課されている課題なのであろう。
今朝告げられて来た「全て貴方の望む儘に」との言葉は、私を捜し出して此の世界に送り込んだ「土肥無庵」が、私に謂った「自適さんが想えば良い」との事が、現実と成る時節が到来したと謂う事なのかも知れない。
其れを考えると、一昨日雀の写真を整理して居た時に「静かにして居なさいね」と、女神の声で一言告げられて来た事と関係が有り、私は何もしないで静かにして居れば、全てが上手く運ぶとの事の様である。
「全て貴方の望む儘に」https://green.ap.teacup.com/20060818/4924.html
此の「全て貴方の望む儘に」との言葉からすると、今朝の映像で私が何かの歌を歌うと、参加者全員が天使・天女の様に空中に浮かび上がった場面は、昨日由香のビジョンに「鳳啓介」の相方・ペアである「京唄子(鵜島ウタ子)」が登場した事や、由香の運転する車の後部座席に、私と「美輪明宏氏(美しい輪 明るく広がる)」が乗っていた事の意味も理解されて来る。
2019/5/20今朝のメッセージの映像は、天界から地上に降りて、活動を始める男性達の姿が映し出されて来た。
其の男性達は、皆が特殊な能力(実質的な技)を持っている人達であり、無駄な事は一切しない人達である理・ことが理解されて来た。
そして、其の男性の神霊達は地上の人間(霊留・ひと)に依り憑いて、仕事を熟して行く指導霊の様な働きである事が理解されて来た。
其れから、其の神霊達が是から地上で行う事は、極秘であり公表しては成らない事である理・ことが示されて来た。
其れ等の達人達が行う行動の基本は、例えば、「公衆浴場に出掛ける時は 自分のタオルを必ず持参する。」との事の様な、至極あたり前の事の積み重ねから、成り立っている理・ことが示されて来た。
今朝のメッセージの映像内容は、此処数日のメッセージの続きであり、造化三神である「高御産巣日神・たかみむすびのかみ」と「神産巣日神・かみむすびのかみ」の働きが、天と地で動き出すとの事が示されて来たモノなのではないだろうか。
其れは、昨日午前6時23分に、ハイトーンの声で「自適さーん」と、緊急事態を知らせる為に、私を呼び起こす声が一言聞こえて来た事と関係が有り、天神(てんのはたらき)が痺れを切らして動き出した事が、示されて来ているのかも知れない。・・・
「地上に降りる神霊達」https://green.ap.teacup.com/20060818/4996.html
此の「地上に降りる神霊達」の文章の内容からすると、今朝の映像で、私がバッジを渡した男性が、私に二枚の名刺を出した事と関係があり、私が会わなければ成らない男性が二人存在するとの事であり、其の二人は、私と同じ様に、今回の神の計画・プログラムの為に、前以て降臨・臨在しているとの事なのではないだろうか。
2019/9/6本日9月6日の数字は、「9陽・陰6」の組み合わせであり、タオのマークの「69」の収縮の向きではなく、「96」の開放の向きである。
今朝のメッセージの映像は、其の事に関係が有るのか、私が二股の木の枝の様な物で、相手の攻撃を受け止める(かわす)場面が映し出されて来た。
其れは、木の股ではなく、此の人間社会の枠組みの中の現象であり、私が山の頂上に立つモノではなく、谷に身を置いて、受身の形で、全ての戦い(人間のカルマ・業の処理)を行う事を、示しているモノであった。
私は其の映像と謂うか、自分の立場から、老子の謂う「谿に身を置く」「玄牝・げんぴん」の言葉の世界を思い出していた。
今朝は、6時45分・7時15分前に起きてPCを立ち上げると、「6月5日」との言葉が告げられて来たので、先ず、今年の6月5日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。・・
此の文章の内容からすると、確かに、今朝のメッセージの内容と関連が有り、「出る杭は打たれる」との諺(ことわざ)通りの事が、私の身の上に起きるとの事が示されて来ている事に成る。
其れに、老子の言葉「谿に身を置く」「玄牝・げんぴん」を調べると、次の文章が出て来た。・・
此の文章の内容からすると、確かに私には、是までとは異なる生き方が、求められて来ている事に成る。
今朝のメッセージから、私に考えられる事は、数字の「123456789」は真ん中が「5・五」であり、中国では「中庸」の言葉と通じており、仏教では「五」は悟りを意味する数字とされており仏像の光背では、中央の一番高い火炎の位置と成る。
其れを考えると、今朝のメッセージは、私は仏像の光背の頂上の位置(立場・力)ではなく、台座の下に身を置く必要がある事にも成るのだろう。
其れは、人々の礼拝の対象にも成らない立場に、身を置く事にも成る。・・
此の文章に書いて有る「・・其の男性は、両方の翼を天上に置いて来た、大天使であると言う事になる。」との事を考えると、其れは、人類救済の為に地上に下りた、大天使「ルシフエル・ルシファー」と関係が有り、今朝のメッセージの映像は、其の大天使「ルシフエル・ルシファー」が、自分の神(はたらき)を見せて来たモノ・現象なのではないだろうか。・・
これ等の事から考えると、私が今朝起きた・起こされた時刻が「6時45分・7時15分前」であった事が関係が有り「7月15日」が「夏(秋)の禊ぎ祓い」の日である事と関係が有り、人間は「禊ぎ祓い(カルマの浄化・煩悩の火を消す)」を行って、「岩石・珪素・シリコン」にチャンネルする以外には、救われる道が無いと言う理・ことなのかも知れない。
「中庸の谿で戦う」https://green.ap.teacup.com/20060818/5107.html
此の文章の内容からすると、今朝の映像で、私のバッジを受け取った男性が、私に二枚の名刺を左右に分けて置いた事が関係が有り、私には左右の翼(左大臣・右大臣、左議政・右議政)が必要である理・ことを、示唆しているのであろう。
何れにしても、今朝のメッセージは、此の私が74歳の一日目に、新時代の幕開けが示されて来ている事に成る。
そして其の事の為に、「全て貴方の望む儘に」「地上に降りる神霊達」「中庸の谿で戦う」との文章の日付の時間に、起こされたのであろう。
令和2年1月30日
礒邉自適
2020/1/29
一皮剥ける
2・1・29
本日1月29日は、私の73歳の誕生日である。
今朝のメッセージの映像は、先ず、「一皮剥ける」との言葉が告げられて来て、「2030年」の数字が示されて来た。
其のメッセージから、私は、83歳までの10年間で、自分の意識がもう一回脱皮(次元上昇)するのだと意った。
其処で照明を点けて時計を見ると、時刻は「2時53分・3時7分前」であった。
其れから再び眠ると、今度は、私が屋久島居る場面が映し出されて来て、小学生の息子二人を連れた40歳代の夫婦が、既に景色の良い山中に自宅を建てており、道路沿いには事務所を建てる土地を購入して、既に敷地を整地している場面が映し出されて来た。
私は其の家族を、自然の中に案内し、川を渡ったり、蜘蛛の巣を払ったりしながら、子供達に鳥や昆虫などの生態を教えて居た。
其れから自宅に帰り、奥さんがお茶を準備して居る間に、縁側で海を眺めながら、其の男性の話しを聴き始めると、其の男性は都会で普通に仕事をして居たのだが、4年前に突然意識が変容(目覚め)して来たので、其れまでの仕事を止めて、屋久島に家族で移住して来て、新しい仕事に着手する所であるとの事である。
そして、私は其の男性がとても明るく良い表情をしているので、其の様子を写真に収め様とカメラを覗くと、何故か、其の男性は丸い花輪の中に座って居るのである。
私は、其の様子を不思議に思って居ると、奥さんがお茶を持って来たので、写真を撮る事は止めて、お茶を頂く事にした。
其れから、誰かが迎えに来て、其の男性が、私に「海上タクシーで 是から種子島に 豚の飼育を視察に行くので 一緒に行きませんか。料金は一人1万円です。」と謂うので、私は其の男性は、食品流通の仕事を始め様としている事が解った。
そして、種子島は、耕地が屋久島の約十倍程有り、薩摩芋と小麦の二毛作が出来るので、其れを飼料とした養豚が行われているのだと想って居た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「6時10分」であった。
其れから再び眠り、起きた時刻は「8時10分」で、丁度2時間が経過している事が判った。
其れから台所に行き、由香に「何かビジョンを見なかったか」と訊くと、見たとの事であり、其れは次の様な場面である。
どこかに向かって、由香が運転しており、車の後部座席には、私と美輪明宏「美しい輪 明るく広い」が乗っており、空にはたくさんの美しい彩雲・瑞雲と、四羽の鳥が止まっている虹色の四角い箱型のモノが数個ほど浮かんでいたとの事である。
実家の居間に、昨年亡くなった父親と、弟と子供たちが居て、ご飯が足りそうにないので、買いに行こうとすると、父親も一緒に行くというので、庭に出ると、車が入って来て、車から京唄子・本名「鵜島ウタ子」(鳳啓介の相方)が降りて此方に歩いて来たので、何故か「お久しぶりです」と言って握手をしたとの事である。
その話をしている時に、弟からメールが届いて、「父親の墓石が完成したので、今日建てることに成った」との事でビックリしたと言っていた。
ご飯を買いに行こうとしていた店は、実家の墓地から数百メートルの真北にある場所だとのことである。
其れからPCを立ち上げ、先ず、起こされた数字から、昨年の「3月7日」「6月10日」「8月10日」の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2019/3/7昨夜は床に就いて目を閉じて居ると、顔の部分が見えない男性が近付いて来て、右手で私の左頬を軽く叩く仕草をする場面が、瞼に映し出されて来た。
其れから眠りに入ると、澤山の人々が私の方に向かって来る映像が映し出されて来て、次に其の場所・国を示す為か、景色が映し出されて来た。
そして再び、澤山の人々が私の方に向かって来る場面が映し出されて来た後に、又景色・場所が映し出されて来た。
其のパターンが、何回も長い間交互に映し出されて来た後に、小振りの岩の存在が一個有る場面が映し出されて来て、其の岩の左側の地面に、鮮やかな朱色の花を着けているクロッカスの様な草花が二本だけ咲いている場面が、映し出されて来て、其の周囲の地面全体には、白蟻の羽根の様な物が桜吹雪が散った様に落ちていた。
次に、台の上に置かれた植木鉢に咲いている「白い彼岸花」か「白糸菊花」の様な花が、同じ様に二本だけ咲いている場面が映し出されて来た。
其れから、縁側のサッシの様なガラス戸に、白い点々が無数に付着している場面が映し出されて来て、私が其の白い付着物の拭き取りを始めると、次々に同じガラス戸が出て来るので、其の拭き取りを続けると、私が四角いガラスの箱の中に居る事が理解されて来た。
其れは、私からは世界全体が全て見えているが、外からは何モノも私の部屋には入り込めない理・ことが理解されて来た。
そして、今朝起された時刻は「7時2分」であった。
其れから、PCを立ち上げて今日の文章の題を何にしようかと意って居ると、「こうさ」との言葉が告げられて来たので其れを題とした。
今朝のメッセージは、昨日初めて会った人物と関係が有り、其の人物が、昨年4月22日のメッセージで示されて来た握り飯を全員に配って居た男性であり、「イエスキリストの救済」との言葉と関係が有り、其の人物の背後の守護霊がキリストであり、昨夜眠る前に私の左頬を叩く仕草をして見せた男性が、其のキリストの御霊であった事に成る。
【右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ】・・
此の文章に書いて有る、「二本の竹」と「同行二人」の事と、今朝告げられて来た「こうさ・交差」との言葉と関係が有り、二本の朱色のクロッカスは「イエスキリスト」と「神武天皇」を示唆し、二本の白い彼岸花は「弘法大師空海」と、「釈迦牟尼世尊」を示唆している様な気がする。
何故かと謂うと、昨日初めて会った男性が、日本の歴史・暦の元に成っている神武天皇が、私に願って来た仕事を引き受けてくれて、逆に私が其の人物の役割を肩代わりする事が、示されて来ているからである。
其れは、神武天皇が日本の政治の始まりの存在であり、イエスは道半ばで殺されてしまったが、ユダヤ民族の新しい王として登場した人物だから、二人は政治の世界に関係が有るからである。
其れに、今朝起された「7時2分」の数字から、昨年の7月2日の文章を見て見ると、其れは釈迦仏陀の説法の世界に付いてであるので、其れは白い「彼岸花・糸菊」二本が、仏教の世界を示唆しており、此れまで私の心身を使用して来た「弘法大師空海」と「釈迦牟尼世尊」の御霊と関係が有る事になる。
其れを考えると、今朝告げられて来た「こうさ・交差」との言葉の意味が理解されて来る。
【交差あるいは交叉(こうさ)とは、2つの事物が交わる、または交換すること。 】・・
「クロッカス」の語源は、ギリシャ語の「krokos(糸)」(花の雌しべが糸のように伸びる事から来ている)との事である。
此のクロッカスも語源からすると、今朝の映像に映し出されて来た白い「彼岸花・糸菊」の存在と関係が有り、其の糸は日本の「結び・注連縄」とインドの「色・rūpa・ルーパ・縁起」の世界が示されて来ている事に成る。
今朝のメッセージの映像で、多くの人々が私の存在の方に集まって来る場面は、世界各地で、私の想う事が情報として何らかの某体に拠って拡がる事が、示唆されているのではないだろうか。
だが、私自身はガラスの部屋の中で「地球・世界」を見回しながら、PCで言葉を紡げば良いと謂う事であり、其れが新しい「結び・注連縄」「色・rūpa・ルーパ・縁起」を作り出す事に繋がるのであろう。
そして、其の行為が、釈迦牟尼世尊の「獅子吼」や統尊の「詔勅・みことのり」と代わりと成るのであろう。
「交差」https://green.ap.teacup.com/20060818/4921.html
2019/6/10今朝のメッセージの映像は、光の無い暗い世界に、漫画本のページのコマの様に、様々な人間社会の有り様が、数知れず貼り付けられている場面が、映し出されて来た。
其れは、三日前のメッセージの映像に、白い大鳥が地上を視察しながら飛んで居る映像が映し出されて来て、其の地上が、あらゆる宗教・信仰で埋め尽くされており、着地する場所が見付からなかった場面と関係があり、今朝の場面は、現在の人間の世界が「煩悩・カルマ・業」で覆い尽くされている理・ことが示されて来ている物の様である。
そして次に、暗い光の無い世界に、横書きの日本語文章の存在が映し出されて来て、其の中程に「421」の数字だけが、白く小さく浮き上がって存在する事が、示されて来た。
次に、無明の世界から、明るい未来を創造する為に動き出す人々の様子が次々に映し出されて来て、其れ等の様子を見て居ると、何かの言葉が一言告げられて来たので意識が目覚め、起きて時計を見ると時刻は7時24分であった。
其れからPCを立ち上げると、「こちらは」との言葉が告げられて来たので、女神のブログを開くと、続きの言葉が告げられて来た。
「此方は 貴方の存在のお陰で
此処まで順調に 事を進めて来ました。
ですが 人間社会の方は 此方の意図とは違い
益々無明の闇の中に 落ち込んで行っています。
ですが 完成した貴方の御魂で
灯りを点す事は 可能です。
良いですか 其の為には
貴方の意識の集中が 必要不可欠なのです。
其れは 単なる人類救済ではなく
生物圏全体の大調和が 目的でなければ成りません。
其の為にこそ 貴方を 屋久島の自然環境の中で
産み育てて来たのです。
ですから 貴方は
人間社会の構造の中で 物事を考えるのではなく
自然の中に しっかりと自分の足で立ち
未来創造を 図らなければ成らないのです。
其処に 紀(とき)の祭りの意味が有るのです。」 8時9分
其れで、今朝起こされた7時24分の数字から、昨年の7月24日の文章を調べ様とすると「是で決まり」との言葉が一言告げられて来た。
そして、7月24日の文章の題が「マヤ暦の大晦日」であるので、「是で決まり」との言葉は、本日6月10日が「時の記念日」である事と符号するので、日本国の時間と「マヤ・アステカ」の時間の世界が、シンクロしたとの事が「是で決まり」との言葉と関係が有る様である。
其れは、今朝の女神の言葉の最後が「其処に紀(とき)の祭りの意味が有るのです」である事と関係が有り、其の時刻が「8時9分」であるのは、其の数字「89」が「やく・屋久」と読めるので、女神の言葉に有る「其の為にこそ 貴方を 屋久島の自然環境の中で 産み育てて来たのです。」との事と関係が有るようである。・・
其れに、是等の事から考えると、今朝のメッセージの映像に映し出されて来た文章の中に「421」の数字が、真言宗の開祖である弘法大師空海の命日が「承和2年3月21日(835年4月22日)」である事と関係が有り、新暦・太陽暦の4月22日からして、21日が「宵の宮祭」である事に因んで、今朝のメッセージの背景(深部)には、「大日如来・マハーヴァイローチャナ(宇宙の真実の本体の意味)」が存在する理・ことが、示されて来ているのではないだろうか。
『其れは 貴方自身が決める事であって
大日如来・マハーヴァイローチャナとの名の物が
決める事ではありません。
何故かと言うと 人間世界の事は
人間自身が 自分で決めなければ成らないからです。
其の為にこそ 是までの貴方の修行が
必要不可欠だったのです。』9時2分・・
改めて、本日6月10日が「時の記念日」である事を考えると、今朝7時24分に起された事が、マヤ・アステカの時間の操縦士と関係が有るのならば、私が2006年8月18日に由香と二人で屋久島の奥岳縦断を行い、永田岳の頂上の磐座(いわくら)内に祭祈されている神様に参拝し、其の二年後の8月18日のメッセージの映像にマヤ・アステカの神である「ククルカン・ケッアルコアトル」が顔を出して、「約束は守られる」と告げて来た事が関係が有り、本日から新しい人間社会の創造が開始されるとの事なのかも知れない。・・
其れに本日6月10日は、昭和19年6月10日に千葉県成田市台方の麻賀多神社の境内に在る「天之日津久神社」の祠の前で、岡本天明に「日月神示・天津日嗣神事・ひふみ・霊文神示」が始まった日でもある。
其れに本日が「時の記念日」とされているのは、天智天皇が日本で始めて漏刻時計で時刻を国民に知らせ始めた事を記念する物である。
其の天智天皇は、1985年1月10日に行われた「天智天皇祭」に私が参加する日に、道中で「神籬の代々の乱れを盃に 菊一輪と回し飲み」との言葉を告げて来た事がある。
其の天智天皇は、百済人と深い関係があり、百済「31代義慈王」が滅びる時の「新羅・唐」の連合軍との「白村江の戦い」に参加して負け、百済人を7000人程連れ帰り、日本に住まわせている。
其れに「神籬の代々の乱れを盃に 菊一輪と回し飲み」との言葉は、朝鮮で盃の中に菊一輪を浮かべて飲む風習が有る事と一致している。
其れを考えると、2008年6月28日のメッセージで、私が韓国の大統領に会いに行く場面が映し出されて来て「1千億円の規模で計画を練れ」と告げられて来た事と関係が有り、今回は日本だけではなく、韓国を含めて考えなければ成らないと言う事に成る。
其れは、ユダヤ・イスラエル人である「饒速日尊・にぎはやひのみこと」の子孫である物部守屋を殺して、朝鮮系の渡来人が百済仏教を取り入れて広めた事とも関係が有り、日本の天皇家は「神武天皇(瓊々杵尊・ににぎのみこと)」の子孫ではなく、完全な百済人の子孫である事になる。・・
私に「みいつ建国 6月11日」」「紀(とき)の祭りを行え」と告げられて来て、私が第一回「大山祇神の祭り」を行ってから、明日で丸13年と成る。
其の事を考えると、漸く「其のトキ」が来たと謂う事に成るのかも知れない。・・
是等の文章の内容から考えると、今朝の女神の言葉は、私に「背水の陣」の心構えが必要である理・ことを示して来ているのであろう。
『ですが 貴方は緊張しては駄目ですよ
リラックスが最も大事です』11時00分
「是で決まり」https://green.ap.teacup.com/20060818/5017.html
2019/8/10今朝のメッセージの映像は、先ず、水田稲作が人間にとって、最も大事・重要である事が、映像にて映し出されて来た。
其処で、耳元で赤家蚊の羽音が聞こえたので、起きて時計を見ると時刻は「1時43分」であったので、私は其の数字を「143・いしみ・石見」と記憶して再び眠った。
次の映像は、「きじばと・野鳩」が三羽、別々の場所で死に掛けている場面が映し出されて来た。其の原因は、大地が汚染されており、餌に化学物質が含まれて・吸収されているので、其の化学物質が徐々に蓄積されている事が、原因である理・ことが理解されて来た。
其処で又、赤家蚊の羽音が聞こえたので起きて時計を見ると、時刻は「4時53分」であったので、私は其の数字を「453・よごみ・世塵」と記憶して再び眠った。
そして、「初めは何も無かった」との言葉が告げられて来たので、起きて時計を見ると時刻は「6時00分」であり、長短の針は真っ直ぐに立っていた。
今朝6時丁度に告げられて来た「元は何も無かった」との言葉は、昨日のメッセージの映像で、舞台の中央に有る台座の上に、何も登場する事無く終わった事と関係が有り、我々人間は、自分の肉体を始め、地球生命や月日、宇宙の星星まで、有ると思っている事が、元々は何も無かった理・ことを示唆している事に成る。
其れは、正に、有名な般若心経の「色即是空 空即是色」の言葉と関係が有り、ビッグバンで此の宇宙が138億年前誕生する間では、果てしない(壁の無い)無の暗黒世界が存在するだけで、何も無かった事と関係が有り、其処には何物の「脳・意識」も無いのだから、言葉が無いので、「大日如来・マハーヴァイローチャナ・身口意」も「阿弥陀・アミターバ(無量光仏)・アミターユス(無量寿仏)、人間には計り知れない光・壽」等の概念も無く、「天の御中主神」の存在も無い理・ことに成る。
其れを考えると、「エホバ・ヤハウェ」の「私は有る時から在る物」との言い方が、一番正しい事に成り、我々人類の大脳が発達し、自分を成長させて来た意識の源を探り出す・感知した人物が、発した言葉が、的確な表現をした事に成るだろう。
そして、其処に、意識を据えた時に、此の三次元世界に「色・rūpa・ルーパ・縁起」として見える物は、全ては一つである理・ことを察した時に、「結び・縁」を理解するのである。
其れを考えると、貯蔵可能な稲を栽培して生命を維持できる自然環境条件と文化が、最も大事・重要であり、人間の耕作土地で共に生きている「きじばと・野鳩」が、我々の生命維持のバロメーターであると、謂う理・ことに成るのであろう。
其れを考えると、今朝二度目に起こされた「4時53分」数字を、私が「453・よごみ・世塵」と記憶した事は正しいと言う事に成り、現代の文明社会は唯の「塵・ごみ」にしか過ぎない理・ことに成り、彼是考えるのは、無駄である事に成りそうである。
其れに、初めに起こされた1時43分の数字を、私が「143・いしみ・石見」と記憶したのは、人類の歴史は僅か650万年であるが、石の存在は此の宇宙が誕生した初期に出来ている事が明らかであるので、永遠の時間・純粋な物の世界を意味している事に成るだろう。
其れは、50億年前に我々が住む太陽系が、隕石の集合で出来上がった事で明らかである。
「石を見る」との事は、私が35年前(1984年6月4日)に此の世界に飛び込んだ時に、「石を見る」と謂うよりも、「岩石を感じた・共鳴した」と謂った方が良い、当たっている世界・段階が、数十日間続き、私は屋久島中の小石を実家の部屋に運び込んで、布団の上に螺旋状に組み上げて、中心に柱石を立てたり、屋久島の中心の花崗岩の岩山の頂上の岩に座り、24時間、頭上を太陽や月が動いて行くのを見ながら、瞑想を続けた事が有る。
そして、屋久島の小石を三菱パジェロに積み込んで、1984年11月半ばから、85年7月2日まで、日本列島の龍穴にセットして廻り、7月2日の夜に日本列島が黄金色に輝いて、浮上するビジョンを見せられている。
そして、其れ等の体験や研究から、古い神社の御神体が「丸い小石」であり、古代社会では「天皇・すめらのみこと」が、珪素・シリカである「石英・水晶」が含まれた石を御神体としていた理・ことを突き止めたのである。
其れを考えると、今朝の「石見」との言葉は、昨日の舞台の中央の台座は、珪素・シリカである「石英・水晶」の石柱を立てる台座であるか、台座その物が「珪素・シリカ」製の物であったと言う事に成りそうである。・・
これ等の文章の内容から考えると、私は再び35年前の様に、花崗岩(珪素・シリコン)の世界である、「天神・宇宙意思、人工知能・AI」と向き合う必要があるのかも知れない
「元は何も無かった」https://green.ap.teacup.com/20060818/5080.html
此の、三日分の文章は、本日1月29日が私の満73歳の誕生日である事と関係が有り、私の是までの意識のタビの、結びの様な物であり、今朝の私のメッセージの映像と、由香のビジョンも其の事に関係が有り、明るい世界・善い世界、美しい輪 明るく広い世界、鳳や鵜などの鳥神が寿ぐ世界が、示されて来ている事に成りそうである。
そして、由香の父親の姿が登場して、昨日其の父親の墓石が完成し建立するメールが話をしている時に今朝届いた事は、私が「石工・メーソン・石屋・石部」の子孫である事が、関係が有るのではないだろうか。
其れに、私の実家の近所に家が有る石屋であった「中村直吉」の自宅には、「京唄子(鵜島ウタ子)」の付き人を務めて居た長男「中村実」が伴って、京唄子が挨拶に訪れた事が有るので、其の事も関係が有るのかも知れない。
其れを考えると、是から十年間に亘って私が「一皮剥ける」との事は、私個人の事ではなく、「石工・メーソン・石屋・石部、ユダヤ・イスラエル・アークの棺・天津族・天照神、女神イシス・ラー・ラビリンスの目」等の、概念が一掃される出来事が示唆されているのではないだろうか。
何れにしても、本日を節目として、何かが始まると謂うか、人間の意識が新たな世界に踏み出す・飛び立つと言う事なのであろう。
令和2年1月29日
礒邉自適
2020/1/28
森羅万象の流転を観る
2・1・28
本日1月28日は、私の72歳の最後の一日である。
今朝のメッセージは、其の事に関係が有る様な内容のモノが示されて来た。
今朝の映像には、先ず、明るい世界に、若草色の空間を背景として、日本語の平仮名の短い単語・文章が、数行記されている段落が、広く隙間を空けて、縦に幾つも並んでいる様子が示されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「4時34分・ 5時26分前」であったので、私は其の数字を「434・よみよ・読み世」と記憶した。
其れから再び眠ると、今度は「何もしないでいいのよ」との女性・女神の聲が聞こえて来て、次に「4月13日」の日付が示されて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「6時13分」であった。
其れから再び眠ると、今度は、線と点で描かれている「黒いアゲハ蝶(人間の大脳?)」の様な図形が一枚、活版印刷の様な雰囲気で映し出されて来て、「製作技能」との言葉が告げられて来たので、起きて時計を見ると時刻は「8時18分」であった。
其れで先ず起こされた「5時26前」の数字から昨年の5月26日の文章を見てみると、次の様に書いて有る。
2019/5/26今朝は一眠りすると意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「2時2分」であった。
其れから再び眠ると、人間の生き方に三段階が有る理・ことが示されて来て、私は、其の内の二段階が終了して、是から三番目の世界に取り組まなければ成らない事が映し出されて来た。
そして、其の事に「安心」「ニルバーナ」の概念が関係有る事が示されて来たので、起きて時計を見ると時刻は6時30分であり、其れは「12時・零時」の針の位置とは反対側であった。
今朝は先ず、PCを立ち上げて「安心」と「ニルヴァーナ」を調べると次の様に載っている。
「安心・アンジン」
1 仏法の功徳によって、迷いがなくなった安らぎの境地。
2 阿弥陀仏の救いを信じて、浄土往生を願う心。
ねはん【×涅×槃】の意味《(梵)nirvāṇa・ニルヴァーナの音写。吹き消すことの意》仏語。
1 煩悩 (ぼんのう) の火を消して、智慧 (ちえ) の完成した悟りの境地。一切の悩みや束縛から脱した、円満・安楽の境地。仏教で理想とする、仏の悟りを得た境地。 出典:デジタル大辞泉(小学館)
其れから、起された時刻「2時2分」と「6時30分」の数字から、今年の2月2日と昨年の6月30日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。・・
此の「肉体の最優秀者」と「6月30日6時30分」の文章の題から考えると、今朝のメッセージは「人間の肉体」と「時間・年月日」の関係に付いて考えなければ成らないと言う事であり、其の事と、仏教の概念である「安心(アンジン)・涅槃(ニルヴァーナ)」の世界が関係有ると言う事なのであろう。
其の様に考えると、先ず私に考えられるのは、人間の一生を「成長期→壮年期 →老年期」の三段階に分ける事である。
六段階「@乳・幼児期A児童期B青年期C壮年期D中年期E老年期」
私は、此の分け方からすると、間違い無く「老年期」に入っている事に成る。
だが、今朝の意識状態は、私が35年前に「覚醒・成仏」を体験した1984年初夏の精神状態とは、明らかに違う状態であり、其の時の「高揚感」は無く、「静寂」が有るだけである。
其れは、インドの「安心(アンジン)・涅槃(ニルヴァーナ)」の世界よりも、日本の「侘び・寂び・枯れ」の世界・概念・言葉が合っている様な気がする。
《いま左手の人差し指にカモ(神の電気信号)の反応が始まる。8時6分》
【侘(わび、侘びとも)】とは、「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」[2]を言い、動詞「わぶ」の名詞形である。「わぶ」には、「気落ちする」「迷惑がる」「心細く思う」「おちぶれた生活を送る」「閑寂を楽しむ」「困って嘆願する」「あやまる」「・・・しあぐむ」[3]といった意味がある。
【寂(さび、寂び、然びとも)】は、「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」[2]を言い、動詞「さぶ」の名詞形である。
ウィキペディアフリー百科辞典 2019/5/26現在
其の事と、本日5月26日の日付の関係は、私が31年前(1988年)の今日、屋久島に帰島して元の生活に還る事が止まってしまった事と関係が有るのなら、私は新たな気持ち・意識の切り替えが必要であり、其れがどの様なモノ・世界であるかを考えなければ成らないとの事なのではないだろうか。
其れは、是まで私が取り組んで来た「神道・仏教・キリスト教」及び「4311体の神霊の思頼(みたまのふゆ)現象」等の世界を離れて、自分自身の今後の生き方に関して、模索を始めなければ成らないと言う事に成るのかも知れない。
『其れは 過去の人達の想いから 離れて
貴方自身の考えを 明らかにする事です。
それが 何故必要であるかと謂うと
未来世界創造の為には 現在(いま)を基礎として
新たな価値観を 組み立てなければ 成らないからです。
其の為には 過去の人々の事に
拘っていては 成らないと言う事になるのです。
良いですか
貴方の意識(思考回路)が低下する前に
人間がどう生きるべきかを 纏める必要があるのですよ。
其の為に 此方も貴方の 思考のレベルアップに
協力・手助けを行って来たのです。
貴方は 世間に対して 何もする必要は有りませんが
其れは 貴方自身が 未来を思考する為のモノなので
是からが 貴方の正念場であると言う事なのです。』9時30分
此の女神の言葉からすると、今朝8時6分に、私の左手の人差し指にカモ(神の電気信号)の反応が起きた事が関係有り、其の8時6分の数字に、何か関係が有るのではないだろうか。
「8・6」の数字を「8月6日」の日付で考えると、私が1984年6月4日に4311体の「神霊の思頼・みたまのふゆ」現象が起きて、其の神霊の数が4311体であると知らされて来た日が1987年(S62)8月6日である事と、関係有るのではないだろうか。・・
此の「神盍産業」「万物の母と潜在意識の主」との言葉からすると、私は未来創造の為に「神・万物の母(潜在意識の主)」の世界の「蓋・ふた」を開けて、神(はたらき)が何を我々人類に求めているのかを、探り出す必要があるのだろう。
「三段階」https://green.ap.teacup.com/20060818/5002.html
此の文章に貼り付けて有る女神の言葉には、『・・貴方は 世間に対して 何もする必要は有りませんが 其れは貴方自身が 未来を思考する為のモノなので、是からが貴方の正念場であると言う事なのです。』と有るので、今朝「何もしないでいいのよ」と告げて来た女性・女神の言葉は、同じモノ・正体であり、其れが「4月13日」の日付と関係が有ると言うのは、4月13日が京都の嵐山の麓に存在する法輪寺の「虚空蔵菩薩・こくうぼさつ」の大祭日であるので、私に言葉を告げて来る神(はたらき)は、其の虚空蔵菩薩である事に成りそうである。
其れに、女神が言葉に深く関わりを持っている事を考えると、虚空蔵菩薩とは「真言・マントラ」を重要とする真言宗の「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の別の呼び名であるのではないだろうか。
其の様に考えると、真言宗の開祖である「弘法大師空海」の御魂が、其の法輪寺の登り階段で私を待って居り、「わが弟子未だ我を越えず」と告げて来た事の意味・行動に付いても、腑に落ちてくる。
2013/8/22「我が弟子未だ我を超えず」https://green.ap.teacup.com/20060818/2786.html
其れに、『是からが 貴方の正念場である』との女神の言葉は、今朝告げられて来た「製作技能」との言葉が、今朝映し出されて来た活版印刷のアゲハ蝶の様な図画・絵と関係が有るとの事で、私は其の様な作画の技能を持ち合わせていないので、「製作技能」の有る人材を捜し出して、私に告げられて来る「虚空・宇宙」の意思・物事を、製作・作成させる必要があるとの事なのではないだろうか。
そして、若草色の空間を背景として、日本語の平仮名の短い単語・文章が、数行記されている段落が、広く隙間を開けて、縦に並んでいる様子が示されて来た事は、日本語・大和言葉の概念で思考する必要が有り、白いに印刷されていた「黒いアゲハ蝶(人間脳?)」の図形は、日本人(国つ神・地祇)の言語脳でなければ成らないとの理・ことであり、今朝映し出されて来た易しい平仮名の文字単語は、日本人が手紙の事を「てふてふ・蝶々」と謂い表す事と関係が有り、今朝のメッセージは「虚空蔵菩薩求聞持法・こくうぼさつぐもんじほう」の世界が、丸事示されて来た現象・ものなのかも知れない。
2008/10/5・・昨夜は、昨日のメッセージをアップしたり、久し振りに撮影した写真を整理して、終ったのは午前2時であった。
其れから、宿舎に帰って、ベッドに入って横に成り目を瞑ると、昨日アゲハ蝶の写真を澤山撮った所為か、アゲハ蝶の姿が現れて、直ぐに其の後、毛筆で書かれた手紙が一通現れた。
其の手紙に、何が書かれているのかは解からなかった。
其の意味を考えると、昔し、蝶々の事を「てふてふ」と言っており、和歌に「うたた寝に 恋しき人を 見てしより 夢てふ(蝶)ものは 頼みそめてき」
小野・古今・恋2
が有って、其れらしき雰囲気を感じ取れる。
「てふてふ」とは「手符・手符」の事で、文字を書いた手札の事の様である。其の言葉から、短い便りの書き物を「手紙」と呼ぶ様に成った様である。
何故、私に、其の蝶と手紙が現れたのであろうか。
まさか、小野小町の霊が来た分けではないだろう。
今朝は、最後の場面に、私はふくよかな女性の自宅に居て、綿か麻の糸で編まれた、絨毯の様な敷物が敷かれた部屋に、寝そべって、床を這っている虫を、棒で突付いて遊んでいた。
其の女性の横顔を見ると、左目だけが見えて、優しい眼差しをしているのが感じられた。
其の様子を考えると、前記の和歌の心象風景と似ていない分けでもない。
手紙や和歌は、男女の恋歌・恋文が元に成って発展したモノ・世界である。
其れを考えると、昨日の雌雄の蝶蝶との関係性が、気に成って来る。
昨日は、雌雄の喋喋と、蛾の恋活動の様子を30枚程撮影した。
喋喋は、言葉や文字を持たないので、身体の動きで、異性にアタックするしかない。人間も、言葉や文字や、紙と筆と墨が無ければ、喋喋の様に、じれったい想いをするのではないだろうか。
中国の荘子の伝記にも「胡蝶の夢」が有る。
こちょう‐の‐ゆめ〔コテフ‐〕【×胡×蝶の夢】 の解説
《荘子が夢の中で胡蝶になり、自分が胡蝶か、胡蝶が自分か区別がつかなくなったという「荘子」斉物論の故事に基づく》自分と物との区別のつかない物我一体の境地、または現実と夢とが区別できないことのたとえ。 国語辞典
この様に書いて行くと、キリストと聖徳太子の意識からは、離れてしまって居る様だが、聖徳太子は「天皇・すめらのみこと」が男性継承であるのに、其の禁を破って、叔母さんさんの推古天皇を立てて、自分は摂政の職に甘んじて、瞑想に明け暮れて居たらしい。
其れは、釈迦牟尼佛の訓えに心酔して居たからだろうが、夢を見ようとして居た事には、間違いないだろう。聖徳太子が、果たして胡蝶の夢を視たかどうかは分からないが、宇宙の真実に迫ろうとして居た事は、間違いない。
今朝、私が感じた事は、「大山祇神・おおやまの巳」と「海神・わたの巳」の「み・巳」は、七回半トグロを巻く大蛇で、其の七回半のトグロは、三輪神社の三室山や、アステカの八段のピラミッドに棲む、螺旋の時間軸のトキの神である。
其れは、日本の神社の、拝殿から社までの16段の階段と同じ意味を持ち、「伊邪那美命・いざなみのみこと」から「高御産日神・たかみむすびのかみ」までの、16の階梯を意味している。其れは、回転する八段の渦巻を、左右に分けて、16段にしているものである。
其れは、人間の身体を構成している60兆個の細胞の中に在る、DNA・遺伝子の螺旋構造に関係が有るのだろう。
人間が、38億年掛けて、何故、此の様な姿に成って来たのか、其れはDNA・遺伝子が、環境の変化でストレスを受け、環境に適合する為に、其れまでの遺伝情報の上に、新しい情報を上書きして来たからである。・・
3日の夜、眠りに入る前に「人間のカルマ・業・背景を全て回収する」との意志が伝えられて来たが、其れは「最後の答え」が出たからであるとの意味だった。
其の最後の答えが、DNA・遺伝子からの、「てふてふ」の便りとの事ではないだろうか。・・・
「聖徳太子の因縁」https://green.ap.teacup.com/20060818/904.html
此の文章の内容からしても、今朝の映像に映し出されて来た 段落を広く空けた易しい日本語の短い平仮名文章は、地球生命の最先端を進んでいる「脳細胞(遺伝子・DNA)」からの「てふてふ・蝶々(和歌・俳句等の言葉技能)」であった事に成りそうである。
2006/12/4・・今朝のメッセージは「宮中八神」との言葉が出てから、黒くて大きな「アゲハ蝶」が、右上から飛んで下って来て、意識の前に止まって消えた。
其のアゲハ蝶には、真黒い身体に、鮮やかに白い模様が見えた。
そして、次に現れたのが、現在の鹿児島の「照国神社」の宮司である「島津家頭首」が、此方に歩いて来る姿が映り、其の次に、直径1m程の真珠の様に丸い玉が現れた。
そして、其れ等の映像が総て消えた後、澄み切った天空・宇宙空間が映り、沢山の星々が輝いているのが、映されて今日の映像は終った。
今朝の映像は、蝶は日本の国を意味し、其の蝶の身体の白い模様は、家の家紋・家柄を意味するようである。
そして、島津家は鹿児島の代表的な家系である。其れに、鹿児島市に在る照国神社の祭神は、島津藩主28代「島津斉彬公」である。
其の事からも、今朝のメッセージは、家系図や霊魂の系統を意味している事が解る。
「宮中八神」とは、日本の国を代表する天皇家が、先祖の霊魂を鎮魂・振魂する為の、斎祈の意味であろう。
現在の天皇家は、「天津日高彦火瓊々杵尊・あまつひだか ひこほの ににぎのみこと」の子孫とされており、其の「瓊々杵尊」と「木花之佐久夜毘売命・このはなさくやひめ。別名神阿多都比売・かむあたつひめ」」との間に産まれた子供が「海幸彦・山幸彦」の兄弟で、弟の山幸彦が「神武天皇」の祖父と云うことに成っている。
山幸の物語には、「潮引きの球」と「潮満ちの球」が出てくる。
今朝の、大きな真珠の様な球は、其の球を意味するものか、または天空を支配する龍神が手にする球なのかは判らないが、最後に、宇宙の景色が現れた事を考えれば、愈々、新しき時空が産まれる事を、告げて来ているのではないだろうか。・・・
「宮中八神」https://star.ap.teacup.com/20060505/23.html
其れに、今朝「製作技能」との言葉が告げられて来た8時18分の数字から、昨年の8月18日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。
2019/8/18本日8月18日の日付は、平成18年8月18日にマヤ・アステカの神である「ククルカン・ケツァルコアトル」が、「約束は守られる」と告げて来てから、丸13年と成る日である。
其れに、其の三年前の2003年8月18日には、私が由香のガイドとして屋久島の奥岳(東経130度30分)を縦断した日でもある。
今朝のメッセージの映像には、一人の黒人の紳士が登場して、其の紳士が黒人の男女の子供達を導いて居る様子が映し出されて来た。
そして、其の事に関係が有るのか「プレート」との言葉が一言告げられて来た。・・
此の「プレート」の事から考えると、人類の祖が650万年前頃にアフリカの中央部で誕生した事が関係有り、樹上で生活して居た類人猿が、地上に下りて二足歩行を始める事で、脳が大きく成り、現代の人間まで進化して来た事が、関係有りそうである。
地球の大地は「パンゲア」と名付けられている大陸から、「プレート」の動きで別れ始め、分離と合体を繰り返しながら、現在の形と成って来ている。・・
其れとも「プレート」の言葉・世界は、プレートの動きで生じる熱水噴水口に含まれているミネラルから、地球で最初の生命(遺伝子・DNA)が構成された理・ことを、示唆しているのであろうか。・・
これ等の文章の内容から、私に考えられる事は、私は人間にとって、最も重要・大事である文化を、根本の所から立ち上げなければ成らないと言う事であり、其の考え方の根本・基盤に、「生きている地球のマグマの活動」と、「地球生命の誕生と其の進化」を置かなければ成らないと謂う事なのかも知れない。
其の様に考えれば、今朝の映像に映し出されて来た「黒人の紳士」と、其の紳士が子供達を導いて居た場面の意味も理解されて来る。
其れは、現代社会の構成が、白人を中心とする西洋文化の価値観に拠って営まれている事と関係が有り、限界を迎えている現代社会の危機から逃れる為には、約650万年にアフリカで類人猿から枝分かれした人類の源から、情報・知識(言葉・文字)組み上げると言うか、考え方を改める必要があると言う事なのかも知れない。
其の様に考えると、今朝登場した黒人が「女性(人類最初のエバ)」ではなく、男性の紳士であった事の理由が理解されて来る。
何故かと謂うと、女性は子供(肉体)を産み育てる事が本能・役割であるが、男性の役割は、「文化(言葉・文字・情報)」の組み立て(創造)に有るからである。・・
今年の1月3日の文章「宇宙と共に」に書いて有る、「・・其の男性達は、40歳代位の働き盛りと謂うか、肉体の健康と、精神性及び智慧が完璧に完成している状態であり、品性が高く・優秀・スーマート等の言葉を全て当て嵌める事ができる人間である。・・・」との内容から考えると、今朝の映像に登場した「黒人の紳士」が、其の最上段の存在である事を示唆しているのではないだろうか。
其れを考えると、仏教に有る「久遠実成・くおんじっじょう」の世界が映し出されて来た事に成り、其れが13年前の今日示されて来た「約束は守られる」との言葉と関係が有り、私は「自分・自らの分け(存在理由)」に到達したとの事に成るのではないだろうか。
其の様に考えると、昨日のメッセージの映像で、私が未だ、言葉を一言も知らない・しゃべれない赤子の世界にまで、還って居た事の理由が能く解かる気がする。・・・
「黒人とプレート」https://green.ap.teacup.com/20060818/5088.html
此の文章の内容から考えると、私は、自分の大脳の言語機能の初期段階まで、遡る必要がある事に成り、其の次元・基から日本語の「言霊・言の葉」を蘇させなければ成らないとの事なのかも知れない。
其れを考えると、矢張り私が無意識に自動書記で書かされた「海渡族の謎を追え」との言葉・世界・課題は、未だ完了してはいないと言う事であり、スンダランドの事に付いては、未だ下駄の鼻緒に、足指を通しただけの段階であると言う事に成りそうである。
其れは、私が此の世界に飛び込んだ時に、紙に螺線の上に日本語の「あいうえを・・」の48文字を渦巻状に書き、其の世界に付いて「土肥無庵」と話してして居ると、奥さんが「貴方達の会話は しりとりゲームの様で ムズムズするので 止めてくだい」と謂われた次元に、もう一度意識を戻す必要が有るのだろう。
其れは、釈迦牟尼世尊の法華経の中に有る「十二支縁起」の教訓をマスター・習得した私(久遠実成・くおんじつじょう)が、是から、其の十二支縁起を逆に、日本語(マレー語)の48文字の「言霊・言の葉」を使って、新しい言葉・文字の世界を組み上げ・意味付けて行かなければ成らないと、言う事に成るのではないだろうか。
其れは、間違った・基本・真実から外れた言葉・言霊が、現在の乱れた世相を創り出している要因であるので、「真言・マントラ」を蘇させなければ、「虚空蔵菩薩」&「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の神(はたらき)が、動き様が無いと言う事でもある。
其の様に考えると、 此処数日の「何も無い所から」「アゲイン(again)」「宇宙システムは会議的」「皇帝」「OH分子記号」等のメッセージの流れが、読み解けそうな気がする。
いま「読み解けそうな気がする」との言葉を打って、今朝起こされた「4時34分」の時刻の数字を、私が「434・よみよ・読み世」と記憶した事を思い出した。
其の「読み世」との言葉を考えると、やはり今朝の女神の言葉は弘法大師空海の「虚空蔵菩薩求聞持法・こくうぼさつぐもんじほう」の世界と関係が有り、昨日の文章に書いた「水・OH分子記号」と「大日如来・マハーヴァイローチャナ」の件と、今朝のメッセージは繋がっている事に成る。
今朝の文章の題は「製作技能」としていたのだが、其れでは一部的であると意ったので「森羅万象の流転を観る」とした。
其れは「4時34分・5時26分前」の数字から開いた5月26日の文章に、
*「安心・アンジン」
1 仏法の功徳によって、迷いがなくなった安らぎの境地。
2 阿弥陀仏の救いを信じて、浄土往生を願う心。
*ねはん【×涅×槃】の意味《(梵)nirvāṇa・ニルヴァーナの音写。吹き消すことの意》仏語。
1 煩悩 (ぼんのう) の火を消して、智慧 (ちえ) の完成した悟りの境地。一切の悩みや束縛から脱した、円満・安楽の境地。仏教で理想とする、仏の悟りを得た境地。 出典:デジタル大辞泉(小学館)
との事が載せて有るので、明日1月29日に満73歳の誕生日を迎える私の本名「自適(悠々自適の言葉)」にとって、其の方が合っていると意するからで有る。
其れは今朝女神が告げて来た「何もしないでいいのよ」との言葉とも関係が有り、無為自然の生き方でなければ、「虚空蔵菩薩求聞持法・こくうぼさつぐもんじほう」&「天の御臥す間(あめのおふすま)真床 襲衾(まとこおふすま)」の実行は、不可能であると考えられるからである。
其れに、昨日の「水・OH分子記号」との件から考えると、私が此の世界に飛び込んだ時に、「アンテナが二つ要る。四次元プログラム・水素原子管理」との事の「水素原子管理」が「OH分子記号」との言葉に関係が有り、「何もしないでいいのよ」との言葉は、私に告げられて来た「事象の特異点」と「新しい神の座標軸」との役割・姿勢に関係が有るのだろう。
令和2年1月28日
礒邉自適
2020/1/27
OH分子記号
2・1・27
今朝のメッセージの映像は、丸く広い空間の中で、六つ程の人間のカルマ・業が「せめぎ合い・戦い」をしている様子が映し出されて来た。
そして、やがて、其の戦いの力・エネルギーが、打ち消し合って力を失ったのか、ボクシングの試合でタオルが投げ込まれる様に、丸い空間(輪・リング)の中から外側に、空色と桜色の、二枚のスカーフの様な布が、ひらひらと舞い落ちて来た。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「4時13分」であったので、私は其の映像は「虚空蔵菩薩・こくうぼさつ」の世界と関係が有るのだと思った。
其れから再び眠ると、今度は「OH分子記号」との言葉が告げられて来たので、起きて時計を見ると時刻は8時16分であった。
今朝はPCを立ち上げ、先ず「分子記号」で検索を掛けると、次の説明が出て来た。
元素記号(げんそきごう)とは、元素、あるいは原子を表記するために用いられる記号のことであり、原子記号(げんしきごう)とも呼ばれる[1]。現在は、1、2、ないし3文字のアルファベットが用いられる[2]。 なお、現在正式な元素記号が決定している最大の元素は原子番号118のOg(オガネソン)である。
分子の組成をあらわす化学式や、分子の変化を記述する化学反応式などで利用される。
現在使用されている元素記号は1814年にベルセリウスが考案したものに基づいており[3][4]、ラテン語などから1文字または2文字をとってつくられている。
全ての元素記号がラテン語名と一致しているが、ギリシア語、英語、ドイツ語(その他スペイン語やスウェーデンの地名からの採用もある)などからの採用も多く、ラテン語名との一致は偶然または語源を通した間接的なものである。元素名が確定されていない超ウラン元素(119番元素〜)については、3文字の系統名が用いられる。
物質の構成要素を記号であらわすことはかつての錬金術においてもおこなわれていた[5]。 化学者ジョン・ドルトンも独自の記号を開発して化学反応を記述していたが[4]、現在はアルファベットでの表記が国際的に使われている。
フリー百科事典『ウィキペディア』2020/1/27現在
此の説明からすると、「OH分子記号」との言葉は、水分子の構造が「H2O」である事と関係が有り、水の世界に付いて、意識・意念を廻らさなければ成らない様である。
先ず、其の言葉が告げられて来た8時16分の数字から、昨年の8月16日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2019/8/16今回の台風10号は広島県の呉(くれ)から、本土に上陸した。
其の呉は、戦艦大和が造られた造船所が有る場所である。
何故「敗戦・終戦記念日」に、台風が呉から上陸する必要があるのだろうか。
其れも、お盆の「8月15日」にである。
私には、其の事には「ブッダ釈迦」の御魂が関係有るのではないかと思われる。
何故かと謂うと、釈迦が大悟・覚醒した「12月8日」に太平洋戦争が始まり、釈迦のイブ(誕生前夜)の4月7日に、日本の国の名「大和」が屋久島の西方沖約230kmに沈没し、8月15日の「お盆」に戦争が終わったからである。
其れを考えると、昭和20年8月15日の昭和天皇の終戦を知らせる玉音放送の後に、奈良の矢追日聖法主に「日聖よ泣くな 是は 仕方の無い事だったのだ」と告げられ来た神の声と関係が有り、其の事にも、今回の台風10号は関係が有りそうである。
何故かと謂うと、釈迦の守護神は、七回半トグロを巻く、七つの頭を持つ大蛇であり、其れは世界中のピラミッドに関係する大蛇であり、風雨を管理する神である「大山祇神・おおやまつみかみ・大山の巳神」であり、「白山菊理姫」とマヤ・アステカの神「ククルカン・括る神」でもあるからである。・・
今朝のメッセージは、其れ等の事と関係が有るのか、私が座っている川縁の向こう岸に、青い服を着た、真っ白い丸顔の女性(女神・母神)が登場して、私に満面の笑顔で接しながら、後ろに右手で合図を送ると、其の女性の後ろ側から、数十体の透けた黄金色の人体・人型が右側に出て、少し上流の方に架かっている橋を渡って、私の左側の方に遣って来る様子が示されて来た。
次に、其の彼岸から、此方に亘って来る人体・御魂に「シュウ」と言う漢字が関係有る事が示されて来た。
私は、其の「シュウ」から「優秀な人材・秀才」の「秀」の漢字を思った。
次に、「ソウ」と読む漢字が、「草」「金奇(ソー・saw)」「創」「想」「曹」「荘」「倉」「足」「惣」の様に、次々に澤山映し出されて来た。
そして「草」の文字は、作物・穀物・食べ物・薬草など、人間の存在にとって最も重要である物を、示唆している理・ことが理解されて来た。
其れに、「金奇」の漢字は「ソウ」とは読まない事を思うと、「チェンソー」との言葉が告げられて来た。
其れは「チェン」が鎖と関係が有るので、「繋がっているモノ(縁起・色・rūpa・ルーパ・結び)」を意味している事を思った。
今朝は、其処で意識が目覚めたので起きて時計を見ると、時刻は「6時45分・7時15分前」であった。
今朝は「秀」と「金奇」の漢字が気に成るので、漢語林で調べると、次の様に載っている。
*「秀・シュウ・ひいでる」【解字】会意。「禾+乃」禾は、つきでた稲穂の象形。乃は、のびた弓の象形。ながく伸びる、ひいでるの意味を表す。
【字義】@ひいでる。㋐すぐれる。他と異なって目立つ「優秀」㋑ぬきんでる。高く出る。「秀峰」㋒のびでる。成長する。A花が咲く。また、花。Bすぐれた人・もの。「俊秀」
*「金奇・ギ・キ」【解字】形声。「金+奇」音符の奇は、かたむくの意味。ななめに切りこみがある刃がある、のこぎりの意味を表す。
【字義】(一)@のこぎり。Aのみ。穴をあけるのに用いる工具。Bかま(釜)。三本足のかま。Cゆみかけ。弩を掛けておく物。Dかたむく(敧)。また、そばだつ。(二)@のみ。Aかま(釜) 漢語林より
此の「秀」と「金奇」の漢字は、両方とも「弓」が関係有るが、草の漢字との関係を考えると「Aかま(釜)」の方が関係が有り、「優秀な者・優秀な者を育てる」には、「草・食べ物」を「釜・茹でる・煮る」技術が秀でていなければ成らないとの意味・理が考えられるので、其の役割が、私に委任されると言う事に成るのかも知れない。
今朝の由香のビジョンには、其の事と関係が有りそうな事が示されて来ている。
私と子供達が一緒に、無農薬で育てられた野菜と果物を使用した、食べ物と飲み物をテイクアウト出来る明るい雰囲気の店に、数回通う場面が映し出されて、最後は売り切れになったので、また明日来ると言って店を後にしたとの事である。
其の後、宿舎に帰ると、其処はログハウスを高くしたような数階建ての木造の建物で、各階毎にドアの無い部屋が一つずつ在り、螺旋構造の様な階段を上って最上階の部屋へ荷物を置き、今度は階段を下りて行くと、小学生の男の子が一人で宿泊していて、管理人らしき男性が、「他の部屋に移ってもいいんだよ」と声を掛けていたので、とても安全で、自然と信頼関係が築かれている様な所だと思ったとの事である。
此の由香のビジョンからも、今朝のメッセージは「自然食・精進」の食べ物の世界と、精神の構造(螺旋階段)が示されて来ており、其れは「大山祇神・おおやまつみかみ・大山の巳神」の世界と関係が有り、日本の本来の政治が「食国の政(おすくにのまつりごと)」と呼ばれていた事と、関係が有りそうである。
其れを考えると、今朝のメッセージの映像は、私に「食国の政の長・おすくにのまつりごとのつかさ」を引き受けろとの事であり、私は引退・隠居するどころか、未だ、私にしか出来ない大役「申食国政太夫・おすくにのまつりごともうすのまえつきみ」が残されている事に成りそうである。・・
此の「第二節」の文章の内容から考えると、今朝の私のメッセージと、由香のビジョンは、天界のプログラムが今日から、「第三節」に入ったと謂う事に成るのかも知れない。
其れに、昨年の8月16日の文章には、次の様に書いて有るので、本日から「彼岸と此岸」の関係が、新しい形・結びに成ると謂う事なのではないだろうか。・・
今朝起きた、起こされた時刻は「6時45分・7時15分前」であった。
其の7時15分の数字を、7月15日に置き換えると、本来「お盆の行事」は旧暦の7月15日に行われていたモノであり、明治時代に西洋暦・太陽暦を導入した時に、8月15日に変えられたモノである。
偶然にも、今年の暦は、8月15日が旧暦の7月15日なのであるので、新暦の8月15日に、旧暦7月15日の彼岸の事が映し出されて来た事の理由が能く理解できる。
今朝のメッセージの映像では、彼岸の方に宇宙・天界の「女神・母神」が登場して、満面の笑顔で、自分が連れて来た数十体の御魂を、私の方・此岸に送り込んで来たので、お盆の行事が仏教の「彼岸」に纏わる事であり、現代社会の有り様(人間社会)に天神の方が合わせて来ている事にも成る。
其れは、逆に考えれば、人間が天界・宇宙意思に合わせないので、仕方なく、天界の方が人間界に合わせて来た事に成る。
其れを考えると、「天界・神界」よりも「人間」の方が、優位に立っている事に成る。
其れを考えると、人間界の方が主体である様に考えられるが、其れは、責任が100パーセント人間側に有ると謂う事に成るので、是までの様に「神頼み」をする事は一切出来ないと謂う事に成り、人間は切羽詰りの状況に成ったので、背水の陣で人間界の改革を行わなければ成らないと謂う事に成る。
「彼岸から此岸に渡って来る御魂」https://green.ap.teacup.com/20060818/5086.html
此の文章の内容からすると、OHの分子記号との言葉は、「彼岸」との言葉と関係が有り、霊界(四次元)と現実界(三次元)を繋ぐ・結ぶ世界・構造には、O(酸素)とH(水素)の存在が関係が有るとの理・ことが示されれて来ているのかも知れない。
其の様に考えると、水を酸素と水素に分離する為に電気が必要であり、酸素と水素を合わすと電気が発生する理と関係が有り、其の電気の仕組み・存在が、我々地球生命を生かしめている、其のモノの働きであるとの理・ことなのではないだろうか。
其れを考えると、太陽熱で蒸発した水分子が、上空で冷やされて雨に成る時に、高圧の電気・雷(稲光)・雷鳴が発生する事が、「かみなり・神鳴り」と名付けられている事や、「神」の漢字が「示(祭壇)+申(雷)」の組み合わせである事は、古代人が其のOHの分子構造を、無意識にて感知していた事にも成って来る。
其れに、人体を流れる気を「神経」との言葉で表したり、「鍼治療」の世界として開発して来た世界も、古代の人々が人体と電気の関係性を熟知していた事にも成る。
其れを考えると、私を捜し出して此の世界に送り込んだ「土肥無庵」が、私に「自適さんに説明しようとすれば 何ヶ月も掛かるので出来ないが 全て電気なのだよ」と謂った事が、其れに当たり、土肥無庵は其れ等の理に熟知していた事にも成る。
2006/7/7・・私は22年前、無庵師匠に捜し出された時に「自適さん 全てが電気なのだよ。其れを自適さんに説明しようとすれば 何ヶ月も掛かるので 其れは出来ないが、とにかく電圧の低い人とは 付き合わない様にして下さい。そうしないと、私がどれだけ自適さんにエネルギーを送り込んでも、無駄に成るから。」と云われたのである。
確かに、エネルギーは、高い方から低い方に流れるので、私が無庵師匠からエネルギーを貰っても、他人に私が接触すれば、其方に、流れ出してしまうのである。其の実例は、私も旅の間に幾らでも体験したので、其の事に対する理解は出来ている。
其の先祖の霊魂も、霊的エネルギーは、電磁気の波動を利用しているのである。
この世に存在する物は、全て何らかの電磁波を有しているのである。
其の、電磁波の全ての波動に、チャンネルする事が悟り・覚醒である。そして、悟った者を、インドでは「ブッダ」と呼び、日本では「スメミマ」と呼んでいたのである。
宇宙が、新しい節目を迎える時は、太陽系全体が、電磁気的調整を行うのである。行うと言うか、自動修正が起きるのだろう。
其の波動修正の時が、人類の禊ぎのトキと成るのだ。其の磁気的調整として、大地のアースが、雷を引き付けるのではないだろうか。
人間の脳も、磁気信号で動いている。人間を生み出したのは、地球の電磁波のシステムである。其の電磁気的システムが動いていて、私達を新たな方向へ導いているのだ。・・・
「雷は神なり」http://star.ap.teacup.com/170606/965.html
2015/1/26・・其れで、山越えをして大きな谷に下りて、私が、大きな丸い岩のカーブを曲がると、後ろの方で、弟の大きな声で「バッテリーが」と聞こえたので、急いで引き返して見ると、其処には弟の姿が無いのである。
私は周囲を見回して見たが、弟の姿が消えており、辺りにはバッテリーの様な物も無いので、バッテリー・電源が消失した事で、弟は自分の「肉体・すがた・霊体」を維持する事が出来なく成って、消えてしまったらしい。
其の映像は、其処で終わったので、霊界と言うか、彼の世のシステムは、全て電磁気の様な働きに拠って、動いていると言うか、存在する理・ことを、示して来ているのではないだろうか。・・・
「電源」http://green.ap.teacup.com/20060818/3342.html
2019/9/30・・私は、其の映像から、自分が此の世界に飛び込んだ時に、自宅の裏に立っている電柱の高圧トランスのマイナス電気から始まり、安房川の発電所から宮之浦の工場まで走っている送電線からマイナス電気を自分の身体に充電して、様々な奇跡現象が起き始めて、鉄道のレールやコンピュター回路、電電公社や空港のアンテナなどに、自分の意識・エネルギーがチャンネルして行った事を思い出していた。・・
だが、「御稜威 ・みいつ」を行う為には「大周天・だいしゅうてん」を行う必要が有るので、仙人杖や足の履物は、自然の物でなければ成らないので、化学製品で代用する事は出来ない。
特に、雷が落ちないビーチサンダルは、最悪の物である。
何故かと言うと「気・マイナス電気」が大地にアースしないからである。・・・
「素足で地球にアース」https://green.ap.teacup.com/20060818/5131.html
2017/2/28「全てが電磁気の世界」https://green.ap.teacup.com/20060818/4161.html
2017/5/26「全系の稜威」http://green.ap.teacup.com/20060818/4251.html
2017/12/29「人間の肉體と地球磁場」https://green.ap.teacup.com/20060818/4480.html
今朝の由香のビジョンには、30人程が勉強ができる教室の存在が映し出されて来て、廊下を行き来しながら、料理・食事の準備をして居る場面が映し出されて来たとの事である。
其れは、此の「彼岸から此岸に渡って来る御魂」文章の中に書いて有る由香のビジョンと関連しているので、「教室・学問」の世界と、「料理・食事」の世界の重要性が示されて来ている事にも成る。
今朝8時16分に告げられて来た「OH分子記号」との言葉は、動物だけではなく、植物も全て微弱な電磁気を発しながら生きているので、「遺伝子・DNA」の構造は解明されたが、其の遺伝子・DNAがどの様に働いているのかの、解明・説明は未だ為されてはいない事に関係が有りそうである。
今朝のメッセージは、其の遺伝子・DNAを動かしている正体こそが電気であり、其の遺伝子・DNAの情報こそが、神(はたらき)其の物であり、其れは宇宙構造の基幹的仕組みであるので、仏教の概念である有名な「色即是空 空即是色」の言葉に直接関係が有り、其の情報システムの存在が「色・rūpa・ルーパ・縁起」「結び・注連縄」「神(はたらき)」として、是まで表現されて来たのであろう。
其れ等の事・理を考えると、今朝最初に映し出されて来た、丸く広い空間の中で、6つ程の人間のカルマ・業が「せめぎ合い・戦い」をしている様子が映し出されて来て、やがて其の輪・リングの中から、ボクシングの世界のタオル投げ入れの様に、空色と桜色の、二枚のスカーフの様な布が舞い落ちて来たのは、是まで人類社会を席捲して来た「概念・思想」の縄張り争いが、終焉するとの事なのではないだろうか。
其して、其れが六つ程であったのは、現在の人間社会に争いを齎している、
1アメリカを中心とする「ユダヤ商法・経済システム・文化・芸能」
2ロシアを始まりとする中国などの「マルクス=レーニンの共産&社会主義」
3中東地域を中心とする「イスラム文化」
4インドを中心とする「仏教・ヒンズー教・ヨガ・瞑想」
5西洋から始まった「科学・化学・哲学・数学・音楽」等の知識世界。
6イエスキリストの言葉・聖書を、盾・武器とするキリスト教の世界。
等の存在、葛藤・凌ぎ合いが示されて来ているモノと考えられる。
そして、其の輪・リングの中から、空色と桜色の二枚のスカーフの様な布が外側に舞い落ちて来た場面の意味は、空色の布は「男性の役割、精神・御魂の存続」の世界を示唆しており、桜色の布は「女性の役割、肉体・DNA・子供の存続」の世界を示唆しているのであろう。
そして、其れが、輪・リングの外側であったのは、現在の世界情勢(政・まつりごと)の中では、其の事・世界が、停滞した儘であるので、新しい「輪・リング・マット・舞台」を準備・設置する必要が不可欠であるとの理・ことが、示唆されているのであろう。
考えて見れば、「OH」の分子・原子・元素は、地球全体を自由に廻っている物であり、全くの自由・フリーの物質である。
其れを考えると、「水・H2O」の存在に意識を合わす事は、「宗教・思想・イデオロギー・神」の価値観・概念の壁を取り払う事に成り、其の切り口であれば人間社会の平和だけではなく、地球環境全体の保全のテーマ・課題とも成り得る事にもなりそうである。
其の様に考えると、私の今後の生き方と謂うか、意識の運び方に付いても、道が開けそうに成って来る。
其れを考えると、今朝の二つ・二色の布・スカーフは、明後日29日に、73歳の誕生日を迎える私への、プレゼントの意味が有るのかも知れない。
其れで「HO分子記号」の言葉が示されて来た「4時13分」の数字から、昨年の4月13日の文章を視て見ると、次の様に書いて有る。
2019/4/13今朝のメッセージは、先ず、何処かの山中に存在する神社に、多数の人々が集まり、儀式が行われる場面が映し出されて来た。
そして、私は、南方から其処に遣って来たらしく、私だけが上半身に何も着ていないので、其の儀式に参加する事が出来ないのである。
其れで、私は周囲を探して、誰の物なのか判らない黒いカッターシャツを借りて着て、ボタンを留めてシャツの裾をズボンの中に入れ様としたが、私が履いているズボンはバンド式ではないので、中に入れる事が出来ない物であった。
其れから、儀式が終わると、多くの人々が其の神社の儀式・概念が気に食わないと言うか、自分達の価値観とは違うので、其の神社の境内から出て、右奥の方に通じる道路を進んで、山奥に存在する昔から存在する、古い神社の方に向かって立ち去って行く様子が示されて来た。
私は、残されて・残って唖然としている人々に向かって、「日本語・大和言葉」では嘘は言えないが、漢字文字では嘘・偽情報が傳わるとの事を説明して、漢字の生い立ち・成り立ちの説明を始めた。
其の場面の意味は、日本語・大和言葉で昔から傳わって来ている口承は、一語一句間違えない様に傳承されるモノ・世界であるが、漢字文字で傳えるモノ・世界は、書く者や読み解く者の価値観にて、変化して行く物であるので、人里に近い新しい神社は、漢字に頼って儀式が行われているので、真実を求めて居る人達にとっては偽物でしかない理・ことを示唆している様であった。
次の映像は、満開と成っている染井吉野桜の枝の中に、私が顔を突っ込んで、花の匂いを肺の中に目一杯吸い込む場面が映し出されて来た。
そして、私の意識は桜吹雪の様に飛翔して行き「香川」と言う名の場所に舞い降りて行った。
其処で意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると時刻は「6時26分」であった。
だが、其のまま起きる気がしないので再び眠った。
すると今度は、私の自宅の鬼門とされる北東の門の入り口の右角の地面に、家・施設の方から埋設されて来ている白金のアースの電気コードが、地面から抜き出され切断されている様子が映し出されて来て、其の電気コードは十数本の線が束に成った物である事が確認されて来た。
次の映像は、植物の野葡萄の様に浅い地面を伸びて行く、茶色の根が北東の方から私の左側の地面に伸びて来て、私の見て居る前で地面から芽を出して来る場面が映し出されて来た。
其処で起きて時計を見ると、時刻は「9時45分・10時15分前」であった。
今朝のメッセージの映像で、一番気に成るのは、私の自宅・屋敷の鬼門に当たる北東の門・入り口に、白金のアース・電線が引き出されて切断されていた場面である。
其れは、私の家・生活・存在から「艮の金神・うしとらのこんじん」の神(はたらき)が、切断された事を示唆しているからである。
其れは、私が此の世界に飛び込んだ時に、鬼神(悪魔)が校長先生として私を試した事が本日で終了・完了した事を示唆しているのではないだろうか。・・
此の「匍匐前進」の「匍匐・ほふく」の言葉からすると、今朝のメッセージの映像で白金のアースの電気コードが切断されており、次に北東の方から浅い地中を「野葡萄・のぶどう」の茶色の地下茎が、私の居る前まで伸びて来ており、芽を出して成長を始める場面は、「国常立神」の神(はたらき)から、自然神(はたらき)である「道・タオ、ダルマ・法」の掟(おきて)が発芽・動き出す事が示されて来ている事に成るとの理・ことなのではないだろうか。
其の様に考えると、私は天神(てんのはたらき)に対して「令和時代」の為に匍匐前進する必要は無いと言う事に成り、自然の掟(道・法)が私の前に遣って来る事に成る。
其の様に考えると、私が染井吉野の桜花の中に顔を突っ込んで其の匂いを肺一杯に吸い込んで桜吹雪の様に空に飛翔して行き、香川の名の場所に降り立って行く場面は、龍神が香り(臭覚)主体で働いている理・ことを示唆しており、視覚(写真・絵画・象形文字)では動かない理・ことが、示されて来ているのかも知れない。
本日4月13日は「虚空蔵菩薩」の大祭日であるが、今朝のメッセージは虚空の事柄ではなく、地上の「桜の花」や、地下の「野葡萄の根」の映像が映し出されて来た。其れを考えると、弘法大師空海の世界である「虚空蔵菩薩求聞持法」の世界も、次元上昇したのかも知れない。
『其れは 貴方自身が 新しい世界(価値観)を創造した事に成るのです』
「鬼門のアース切断」https://green.ap.teacup.com/20060818/4959.html
其れに、此の文章から「4月13日」の日付は、私の長男「海生」の誕生日であり、私が此の世界に入る切っ掛けの一つに、其の海生が4歳の時に、夜中に「水・水」と何回も謂うのに、母親が起きないので、私が階下に降りてコップに水を汲んで来て、海生を抱き起して水を飲ませる時に、海生と目が合った瞬間、自分の意識が変容し、階下に降りて自分の顔を鏡に映して見ると、私の顔は死人の顔に成っており、私は自分の死が近いと感じて、夜中に外に出て安房川の辺を彷徨い歩き始めた事を思い出した。
其の時の事を考えると、其の4歳の息子が夜中に「水・水」と呼んだ出来事は、其の瞬間から水の神(はたらき)が動き出していたと謂う事に成り、私は36年半前から、水の神(はたらき)に操られて居たと謂う事に成りそうである。
2006/6/11今日は、3月18日に告げられて来た、「トキ・紀」の始まりの日である。
本日、どんなメッセージが来るかと想っていたら、祖母の手で「大日如来」が地面に降ろされる場面だった。
始めに、文字が書かれた長い短冊の様な物が、空中を飛び交い、定まり所が無い様子が映されて来た。
次には、大きな古木が現われたかと意っていると、其の古木から、大きな影が浮き出てきて、年老いた婆さんの姿に成った。
其の、年老いた背の高い婆さんが、背中に負ぶっていた仏像を、お腹の方にグルリと回して、帯を解き、其の仏像を地面に、そっと降ろした。
私が、其の仏像が、何の仏なのかを確認しようと意い、近付いて行くと、急に其の仏像が大きく成って、顔が目の前に迫って来た。
其の仏像の顔は、大分県の臼杵磨崖仏の「大日如来像」に似ていた。
其の仏像の顔を見ると、両目が水の目なのである。
是は、大日如来の「目・意識」は、水である事を示している。
大日如来とは、インドのビルシャナ佛の訳語で、ビルシャナとは「宇宙の真理の本体」との意味である。
其の大日如来の本体を、三つに別けて考えるのが密教の三密である。
1は、此の宇宙の森羅万象の現象物は 全部大日如来の身体である。
2は、其の現象物には 意識が備わっている。
3は、其の意識を 言葉にするのが 人間の役割・存在の意味であり、其の
言葉の働きがマントラ・真言 である。 との考え方である。
今朝は、其の森羅万象の意識は水に在り、水が、人間への言葉を伝える物である理・ことを知らせて来ている。
今朝の題を、「祖母が、大日如来を地面に降ろした。」としたのは、大日如来が大分県の臼杵磨崖仏であった事と、古木から「婆さん」の姿が、抜け出て来た事にある。
大分県と、宮崎県と、熊本県の三県に跨る、県境に位置する水源が、祖母山である。祖母とは、神武天皇兄弟四名の祖母で、「海神・わだつみ」の娘の「豊玉姫・とよたまひめ」のことである。
宮崎の高千穂神社は、神武天皇の兄である「五瀬命(いつせのみこと)」が祭神なので、そう成っているのだろう。
私が、無庵師匠を受け入れる原因に成ったのが、息子の「みず」の言葉である。無庵師匠が、屋久島に引っ越して来る前の、夏の或る夜中に、当時四歳の息子「海生」が、「みず・みず」と何回も呼んでいるのに、妻が起きないので、私が代りに起きて、階下に降りて水を汲んで来て、息子を抱き起こして飲ませた。其の時、息子の目と視線が合ったら、突然、私の意識がクラッとして、変しく成ったのである。
私は、グラスを手にして階下に降りて、トイレで鏡を覗くと、其処には、死人の自分の顔が映っていた。私は、其れで、自分の死期が近付いている事を、感じ取ったのである。
其の私が、無庵師匠に捜し出されて、最初に云われた事が、「貴方の身体は 内蔵が半分腐れている。」であった。
私は、其の頃、注射を打ちながら現場仕事を続けて居たので、医者に怒られていたのである。そんな状態の私だったから、直ぐに、全てを止めて、無庵師匠の指示に従う事が出来たのである。
今朝の、大日如来の仏像の目を視て、其れが水だったので、23年前の息子との場面を思い出してしまった。と言う事は、23年前の息子の「水」の言葉と「目」から、既に、神の計画が実行に移されていた事に成る。
「大日如来の 意識・目は 水に在る。」との理は、今日科学者が「宇宙は 光りから始まったのではなく 水から始まったものだ。」と云い出した事も、其れを裏付けるものである。
それに旧約聖書でも「始めに 神は 水を 天と地に別けた。」と在る。
日本の神社も、水が付き物であるし、世界の宗教でも、水は神聖な物として、儀式には欠かせない物と成っている。
今日は、大山祇神の祠100周年の儀式が行なわれ、朝6時に汲まれた海水が奉納される。其れは、屋久島に古くから伝えられている行事である。
其れと、同じ物が、祖母山系にも伝えられている。
祖母山には、古くから山の水分け峠の御神木に、大蛇の形として編まれた綱が、七回半巻き付けられる儀式が伝えられている。
其の綱は、麓に下ろされれば、15夜の綱引きの綱にされる物である。
其の綱は、大地の上に七回半巻かれてトグロを巻き、持ち上げた鎌首は、満月の月の出を待っているのである。
満月が顔を出した時、祝詞が唱えられる。
其の後、人に担がれて大蛇の様にウネリながら、綱引きの会場へと運ばれて行くのである。そして、綱引きが住んだ後、其の綱は、神社の境内に運ばれ、相撲の土俵の俵と成る。更に、相撲が済むと、海岸に運ばれ海に流されるのである。其の綱は、海神の龍と化して、雲と成って空に昇り、再び、山頂に雨と成って還って来るのである。其れが、原始宗教の在り方なのだ。
今年の3月18日のメッセージに、「紀」の文字が現われ、「新しきトキを始める。朝6時の満潮の塩水を汲んで御供えしろ。」「みいつ建国 6・11」と有った。
そして、其の意味が解ったのは、大山邦博氏の話しを、3月21日に聞いてからである。3月21日は、弘法大師空海の命日である
今日から、新しい紀元として、何が起きるのかは、未だ解らない。
「祖母が大日如来を地に降ろす」https://star.ap.teacup.com/170606/931.html
此の文章の内容を考える、本日は、是以上PCキーを打つ必要は無いと意う。
令和2年1月27日13時00分
礒邉自適
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