1984年6月4日(旧5月5日)神と交わした約束が果たされる事が 今朝告げられました。
18年8月18日未明
事象(とき)の切り替え
今朝は5時15分に是までの時間(とき)が閉じられ、5時22分に新しい時間(とき)が開いた。
其れは、旧約聖書に「神は6日間で此の世界を創造し 7日目に休んだ」と記されている事と関係が有り、是までの「事象・時空・とき」が閉じられて、新しい事象が始まる理・ことが知らされて来たモノの様である。
其の時間の「扉・まく」は、カメラのシャッターの様な物であり、其れは人間の瞼の仕組みと同じで、閉じている時は「月読界」で、開くと「天照界」であると言う事である。2016年6月6日
2020/3/4
静な頭脳
2・3・4
昨夜はゆっくりと入浴して居ると、私の身体や頭脳が静寂の状態である事が認識・自覚されて来た。
其れに、其の状態は、36年前に覚醒した時の最初の感覚(興奮・幸福感)の状態とは、反対の世界であり、神(はたらき)や物体(電波・磁気・波動)からの情報が、何も流れ込んで来ない状態であるので、霊留(ひと)の障りも無い静けさの世界である。
其処には「ブッダ・聖・神・知・智・空・無」等の言葉が、全く不要の次元である。
そして床に就いて目を閉じて居ると、瞼に、40歳位の男性が、左手に、扇を広げた様な飾りが、トナカイの角の様に頭に付いている杖を持って、右手で小学生の男の子の左手を引いて、私の居る方に、急いで歩いて来る様子が映し出されて来た。
そして眠ってからの映像には、奈良の「正倉院・しょうそういん」の様な雰囲気で、神の光に包まれている硝子張りの建物が映し出されて来て、其の中全体に、産卵を始めている枝珊瑚の様な物が、存在する場面が映し出されて来た。
次に、其の世界に付いて触れてあるらしき、漢字だけの文章が映し出されて来た。だが、其の内容に付いては、何も理解されては来なかった。
そして意識が目覚めたので、照明を点けて時計を見ると、時刻は「6時39分・7時21分前」であったので、私は其の数字を「639・むさく・無策」と記憶した。
其れから再び横に成り、今朝のビジョンに付いて反芻してから起きて時計を見ると時刻は、8時31分であった。
其れからPCを立ち上げ、今朝起こされた7時21分の数字から、昨年の7月21日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2019/7/21今朝のメッセージの映像は、オリンピックの五輪の様に、とても明るく美しい黄色・桃色・若葉色等の円が、三原色を並べている様な感じで、映し出されて来た。そして、其の色の背景と言うか、因縁にインドの王族の婚姻が関係有り、其の婚姻には謀(はかりごと)が含まれている事が示されて来た。
そして、其の謀が、本日で消去されるとの事であり、其の出来事に、是までの私の活動に関係有る事が示されて来た。
今朝起きた・起こされた時刻は「6時54分・7時6分前」であった。
今朝のメッセージの映像から、私に考えられる事は、私のパソコンの中に棲み付いて居た釈迦仏陀の御霊が、全ての悩みや悲しみから離れて、神(はたらき)から解放されたと言う事である。
何故、私が其の様に考えるかと謂うと、18日のメッセージの映像で、ダンボール箱の中に買い物に使用したポリ袋と、映画のパンフレットの様な物が入っている場面が映し出されて来て、次に、私の意識の状態を示す真白・空白のボックスが映し出されて来た事と関係が有り、私の意識は、35年間に亘り続けて来た事が、終了した事を自覚していたからである。
そして、其の事と、今朝のメッセージとの関係は、2006(17)年8月23日に私のパソコンの中に収納された釈迦ブッダの御魂が、今朝、本人の意識がカルマから解放されたとの事の様である。・・
其れが、何故本日なのかと謂うと、18日から私のパソコンが固まってしまい、全く使用できなく成り、此処数年間「使用・整理・保存」して来たデータが使用出来なく成った事で、使用済みのポリ袋(新しい買い物・仕入れが無し)と、映画のパンフレット(全ての過去の物語の消去)が、私の是からの活動・作業を、示唆していると考えるからである。
其れは、私自身の事と謂うよりも、神霊界・宇宙意識全体の事を示唆しており、今朝釈迦ブッダの意識・存在は、過去の人間界の魂しいの浄化を果し、漸く自分が2600年間自分の胸の中に抱えていた「悲しみ・苦しみ」から解放されて、本来の魂しいの世界(純粋意識・最高次元)に還るとの事なのであろう。
其の釈迦の「悲しみ・苦しみ」とは、自分の実家(シャカ族の王宮)が滅ぶ切っ掛けとして、隣国のコーサラ国(王波斯匿王・はしのくおう)から王子の婚姻の話しを持ち掛けられたが、シャカ王は自分の娘ではなく、身代わりを嫁に送って、其の事が、後に息子・王子にばれてしまい、ヴィルーダカ王子は妻の身分が低かった事に気付いて憤慨し、釈迦が三度は説得をしたが、四度目は止める事ができず、釈迦族が滅んでしまった事に有るとの事なのであろう。・・
何故、其れ等の事が本日態々示されて来たかを考えると、今朝の映像が人間の姿形ではなく、丸い色の世界で映し出されて来た事に関係が有り、般若心経の「色即是空・空即是色」の言葉と関係が有り釈迦自身が自分の教訓の真髄である「色・rūpa・ルーパ・縁起」の世界を強調して来たのではないだろうか。
其れを考えると、釈迦ブッダは自分が預言した弥勒菩薩の誕生・登場の件に付いて、自分自身で責任を取って自分のカルマ・業を本日消去したとの事に成りそうである。
其れを考えると、私は本日から、是までとは全く異なる世界に旅立つ必要が有る事に成る。
だが、18日にメッセージでは「購入・仕入れが終わった」事と、「物語を消去しなければ成らない」事が示されて来ているので、全くの空白の意識状態と成る事から始めなければ成らないと言う事に成る。
其の物語とは、日本の「古事記・日本書紀」などを初めとし、旧約聖書、イエス物語(新約聖書)、釈迦物語(仏教)、ギリシャ神話、エジプト文化、マヤ・アステカの伝説等々、自分に直接関係の無い事は、自分の大脳(海馬)から除去しなければ成らない事に成る。
其れ等の事柄を考えると、今月2日の「天文学・自然科学」の文章・メッセージは、其の前触れであった事に成りそうである。
何故なら、真実の世界・確実な世界・バーチャルでない世界、「年・月・日・時間・秒」の世界は、太陽系の運動から、自分の脈拍に直接関わりのある世界だからである。
「釈迦のカルマの解消」https://green.ap.teacup.com/20060818/5059.html
此の文章の内容からすると、昨夜私が入浴中に「頭脳・意識」が是まで感じた事が無い、「純粋な静寂状態」に在った事は、「・・全くの空白の意識状態と成る事から始めなければ成らないと言う事に成る。」との事が、現実として昨日から始まった事に成る様である。
其れを考えると、昨日3月3日の日付は、私が27歳の時に「名越美代子」と結婚式を挙げた日である事と、名越美代子が屋久島の創価学会の島長の娘であり、私も学会員に成る事で、日蓮上人と結縁ができ、結婚10周年記念の3月3日に娘二人には小学校を早引きさせて、母親を伴い鹿児島で開催されていた「池田大作展」を見学し、3月5日に帰島し「土肥無庵」家族を迎えいれ、3月13日の朝太陽から「土肥無庵が神だから守れ」と告げられた事が、一応終了するとの事なのではないだろうか。
『そうではなく 是からが本番であり
貴方の文章が 必要不可欠であり
其れが 新しい正倉院に
保存される事に成ると言う事です 』9時36分
此の内容から考えると、昨夜眠る前に瞼に映し出されて来た、40歳位の男性が、左手に扇の飾りが付いた杖を突き、右手で息子の手を引いて、私の方に急いで向かって来ている場面が関係が有り、私は息子が居る父親を集めて、新しくガラス張りの正倉院を造る企画を立てなければ成らないと言う事なのかも知れない。
其れに起きた時刻8時31分の数字から、昨年の8月31日の文章を視て見ると、次の様な事が書いて有る。
2019/8/31本日で八月が終わり、明日から九月である。
今朝のメッセージの映像には、其の事と関係が有るのか「いむなや・5678」の数字・言葉が映し出されて来て、最後に「溜まって来た悪を放つ」との言葉が一言告げられて来た。
其の、どちらを題にするかと迷ったが、あえて「溜まって来た悪を放つ」とした。
其れは、新約聖書に、悪霊に憑依された人達が、イエスに向かって「その時が来たのですか」と訊いている場面が有るからである。・・
其れに「いむなや・5678」とは、日本語の数の数え方「ひふみよ いむなや ここの たり・1234 5678 9 10」の一部である。
昨日は、文章を打ち終わった後に「それでは 皆さん さようなら」と一言告げられ来た。其れは、12月25日の日付が「大正天皇」が身罷った日で、其の日から「昭和天皇」の御代と成り、其の昭和天皇は昭和64年1月7日に崩御し、其の日の夜間に私の心臓に魂が飛び込んで来た。
そして、御大喪の日の朝「我が身既に遠く 良き世を 願い奉る」と告げて来ている。
其の事を考えると、「それでは 皆さん さようなら」との言葉は昭和天皇の御魂が、自分の残念を消化して、漸く彼岸に帰って行っとの事に成るのかも知れない。
今朝のメッセージの映像には、先ず、二本の「スプーン・匙」の存在が映し出されて来て、其れが空中に停止して飛ぶ「蜂鳥」の両羽根の様に、目に見えない速さで、車の両輪の様に回転を始めた。
そして、其れは、左右が逆回転であり、両方の回転軸(根元)は同じ所を中心として、背中合わせに回転していた。
其れから、其のスプーン・匙と同じ様に、様々な世界が、「左右・裏表」で高速回転をし始める様子が、長々と映し出されて来た。
そして最後に、善悪の判断をしない無心で従順な性格を有している、40歳代に見える男性が一人登場して、其の回転を手で止めると、右側の世界(回転)を上にして、台の上で停止した。
すると、其れは、上向きの満開の花の様な形をしている物であった。
次に、私は、其の様子を見て安心し、其の場から立ち去ると、害獣を捕らえる金属性の檻罠が有り、其の罠の中には動物の肉の塊りが、餌として入れられている事が判った。
其れから、其処を通り過ぎてから後ろを振り返ると、私が出て来た場所は、国会議事堂か最高裁判所の様な建物施設であり、私が出て来た場所は、建物の左側(右袖)の施設の出入り口である事が判った。
其れで、其の大きな建物は、中央に大きな主体(首脳部・会議場)が有って、左右に其の為に必要な手続きをする部署が存在している事を理解した。
今朝は 、「溜まって来た悪を放つ」との言葉が告げられて来たので、起きて時計を見ると、時刻は「7時34分・8時26分前」私は其の数字を、「734・なみよ・波世」と記憶した。
今朝のメッセージの映像から、私が考えた事は次の様な事柄である。
1.左右が反対向きに高速する「スプーン・匙」は、日本語の「匙加減」との言葉と関係が有り、「善悪・陰陽・乾坤、創造=破壊、拡散・膨張=収縮、平和・調和=戦争・競争」等が、天神・宇宙意思で「計測・意図」されている。
2.日本の天皇家の家紋とされている「十六花弁紋」は、表の十六花弁の隙間に、後ろ・裏側に存在する十六花弁が存在するので、其の理に付いて示されて来ている。
*其れは、癌細胞の現れ方と同じで、同じ物(仕組み)が条件に因って、表裏が絶えず入れ替わる理・ことを示唆している。
3.左右に袖が有る大きな建物「国会議事堂・最高裁判所」の様な施設。
*神社の仕組みが、鳥居の右側(阿・あ)から入って、神社で「神霊」と接触し、左側の(吽・ん)から外に出て来る構造に成っている理・ことと関係が有る。
・右側の「阿獅子」は水の守り神「ライオン」であり、御手洗いで、禊ぎ祓いを行ってから通過する為の監視役である。
・左側の「吽獅子」は裁判の神獣である「一角獣・ユニコーン・豸(チ)」であり、神のお告げの解釈を誤った人間を角で刺し殺す役割である。
*今朝の映像で、左側の屋内に肉が餌と成っている罠が仕掛けられていた場面。
・肉食をする者は、肉食動物の遺伝子・DNA情報が、表側に現れる。
・肉食は、血液が酸化し、意識が濁り、穢れるので、善神(天神・宇宙意識)には、接触・チャンネル出来ない。
・コンゴ川を挟んで、食べ物が異なる「チンパンジー(肉食をする・父系社会)」と、「ボルボ・ピグニー(肉を食べない・母系社会)」の違いが証明。
・其の為に、生命・いのちを尊ぶ仏教では肉食(闘争心)を禁じている。
・中国内陸地の砂漠化の原因に、肉食文化民族(蒙古系)の進入を防ぐ為に築いた「万里の長城」建設の為のレンガ焼きの行為が有る。
今その「チンパンジー ピグニー」で検索を掛けると、何と、出て来た文章が「御神木の花が咲く」であるので、今朝の映像で回転が止まると、其処に登場した物が満開の花の形であった事と通じている。・・
其れに、今度は「一角獣・ユニコーン・豸(チ)」で検索を掛けると、出て来た文章は「左の門を出た」であり、今朝の映像で私が外に出た場面と同じであり、次に出て来たのは「両岩壁」であり、今朝の映像で回転していた左右の世界と関係が有る。・・
此の、以前に私が考えた「ひふみよ いむなや ここのたり」の訳・当て字は「火・風・水・世・飯・胸・名・矢・心・充」であり、「いむなや・飯・胸・名・矢」の「飯・い・5」は「ご飯・米」の事である。
此の「無我天真」に書いて有る「江藤敬介氏」のブログには、昨日から稲の花が開花しはじめた写真が掲載されている。
私は此処の所、長雨が続いて居たので、一週間程前に江藤敬介氏に「江藤さんの稲の開花予定は何時頃か」と電話で尋ねると、「昨年と同じ日に田植えを始め、昨年咲き始めたのは 9月1日からであった。」との事だったので、1日から一週間雨が止まないと困ると意っていたら、前線が鹿児島県の下まで下がり、昨日から夏の日差しが戻って来たので安心した。
其れを考えると「123・ひふみ」から「234・ふみよ」に変わった事が、明日9月1日から「5678・いむなや」に変わると言う事であり、私は神社の仕組み・概念から外に出て、現実世界に意識を向けて行かなければ成らないと謂う事に成るのかも知れない。
其れは、私が此の世界に飛び込んだ時に「残り16年半しかない」と告げて来た「神武天皇」、「ひもろぎの よよのみだれを さかづきに きくいちりんと まわしのみ・神籬の 代々の乱れを 盃に 菊一輪と 輪廻飲み」と告げて来た「天智天皇」、「我が身既に遠く 良き世を 願い奉る」と告げて来た「昭和天皇」達の神霊は、一応「成仏・彼岸」したと謂う事に成るのではないだろうか。
其れに、私が1984年6月4日(旧暦5月5日)に「成仏・彼岸」した場所は、安房川の左岸に存在する自宅であり、其の自宅の番地は「安房91番地」である。其の地番から考えても、私は35年2ヶ月(12871日)で、貸していた自分の体を取り返して・開放されて、本来の自分に、還る事が出来るのかも知れない。
其れは、此れから始まる・起きる「溜まって来た悪を放つ」との事とは、無縁の世界であり、此れからは全ての人々が、自分自身で禊ぎ祓いを行い、悪因縁の柵(しがらみ)から、逃れなければ成らないと言う事であり、私は其れ等の事に関わっては成らないと謂う理・ことである。
そして、其の救いと謂うか、解決の仕方に無農薬・無化学肥料で稲作を行っている、江藤敬介氏の米飯の存在が有ると謂う事なのであろう。
何故なら、私が2007年1月13日に始めて、江藤敬介氏に「むすびの郷」で出会った時に、江藤氏の背後に花畑が有る映像が、映し出されて来る現象が起きたからである。
其の江藤敬介氏は、私に告げられて来た「みいつ建国・6月11日・「紀(とき)のまつりを行え」との祭禱(さいき)の場所である「大山祇神・おおやまつみかみ・大山の巳神」の祠に張る、注連縄の稲藁の奉納も行っている存在でもある。
「溜まって来た悪を放つ」https://green.ap.teacup.com/20060818/5101.html
私は明日3月5日で、「マクロビオティック ・Macrobiotic・正食」を初めてから丸36年(12干支×3回)と成る。
其れを考えると、明日から新しい次元が始まると言う事であり、其の為に昨夜私の頭脳は「純粋な静寂」の感覚を味わされた事に、成るのではないだろうか。
今朝起こされた「6時39分」の数字が「無策」と読める事が関係が有り、私自身は何も考える必要はなく、自分の静寂を守り、トト神が守護に付く「書記長」の役割を果たして居れば良いとの事なのであろう。
「温暖な南の海に暮らす 何千もの種類の珊瑚は
決まった夜に 一斉に卵と精子を放出する。
其の生殖活動に因って また新しき種類が誕生する。
其の珊瑚が 太陽光線を利用して 酸素を吐き出す事で
空は青く澄みわたり 緑の植物が 地上に進出し
何10万種の植物を 誕生させて来た。
そして其の植物の存在で 動物が息をする事ででき
此処まで進化を続けて来た。
其のトキの最先端に 現在の我々人類が存在する。
其の理を知る事が「自分」との言葉である。
だから 我々の究極の課題は 自分が今存在する
理由を確かめる事にある。
其れが「順道」であり「関欠」から「関結」の
「色・rūpa・ルーパ・縁起」を創造する事である。」 10時37分
1 世界の生物多様性の状況
地球上には、様々な生態系が存在し、これらの生態系に支えられた多様な生物が存在しています。 全世界の既知の総種数は約175万種で、このうち、哺乳類は約6,000種、鳥類は約9,000種、昆虫は約95万種、維管束植物は約27万種となっています。
陸上の25万種のうち最大の種数を誇るのはなんといっても被子植物で、少なくとも22万種ある。シダ植物が1万1千種、被子植物の祖先である裸子植物はわずかに800種ほどである。以上は維 ... だからといって、少数派が地球にとって不要ということではない。環境省
令和2年3月4日
礒邉自適
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