〜自転車と旅行とラジオと…
2006/11/20 | 投稿者: abechan

昨日は久しぶりの休みだったが朝から風邪をひいてしまい、一日中寝込んでしまった。せっかくの休みが飛んでしまい、ほんで今日になると熱も下がり、仕方無く仕事に向かう…うぅ〜なんか空しい。

昨日は、一日中ベッドの上だったのでいろんな本をあさってみた。「オン・ザ・ロード・アゲイン」も読んでいるが、「何か他にないか?」と本棚を見てみると、浜田省吾の今まで行ってたツアーのパンフレットが目に付く。
数えると数十冊位あり「あぁ〜ファンになってからこんなに行ったんだぁ〜」と、あらためてつくづく感傷に浸ってしまった。

その中でも、「On The Road 1991〜ONE AND ONLY」がやけに興味を引いた。このときのツアーは1991年5月25,26の新潟から始まり、8月10日の野外「みちのく湖畔公園・宮城県」までのツアーで、私が参加したのは6月30日(日)大阪城ホールでした。アリーナ規模のツアーだったんですね。

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アルバム「誰がために鐘は鳴る」のツアーだったような…
パンフレットを読んでみると、大友康平(ハウンド・ドッグ)や水谷公生さん、岩熊信彦さんなど各界の人が浜田省吾の曲に関するコメントを語っている…とても面白い。


大友康平… 「黄金のコード進行に乗って、ひとつひとつの詩(コトバ)が、俺のハートをえぐった。」これは『路地裏の少年』へのコメントだった。
最後に「…あの俺の人生を変えた”路地裏の少年”は、今、”孤独のランナー”になり、孤高のON THE ROADを走っている。いつも俺達の前を凄いスピードで。お互いのプライドとROADの為に、負けたくない。いつも…」
 と語っている。

大友康平率いる「ハウンド・ドッグ」も浜田省吾を追いかけていたんですね。でも、今やハウンド・ドッグは亡くなってしまっている…残念だ。

また、浜田省吾もこんな事を書いている

「…1974年 春 京都会館第一ホール  初めてプロとして ドラマーとして舞台に上がった その夜は緊張解けず 朝まで夢にうなされていた どんな夢だったかと言えば スネアドラムが顔の高さにあって叩けない ベースドラムのキックペダルがはずれていて打てない そんな夢だった あれから17年経った今でも 同じような夢を見ることがある つい先日見たのは開演時間は6時半なのに 10時を過ぎてもステージセットが出来上がらない ステージ用の靴の片方が どうしても見つからない 待ちくたびれた観客が やけくそでウェーブをやっているという夢だった」と。

ソロデビューして今年で30周年。今もこんな気持ちでいるんだろうな…このパンフレットは今から15年も前になるが、新鮮に読み・感じる事が出来ます…。頑張れ!浜田省吾!!
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