2007/9/30  1:47

日本人はいったい何処へ?  

廃校になってしまった、奥秩父は大滝村の荒川左岸に佇む美しい「光岩小学校」。先日のトレイルの際に偶然立ち寄った。

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昭和の初期の建築という。しばし見とれてしまった。


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学校名の由来、教室から臨む光岩(右上部の絶壁の露岩)
夕日があたると燦然と輝くという。

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学校最後の28人の子供達。今は何をしているのだろう…
胸の奥に、この美しい原風景だけは確りと刻み込んでいるに違いない。


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がらにもなく、ちょっとホロリときてしまいそうだった。
山村の過疎化と深刻な人口の都市集中。
我々日本人はいったい何処へ何を求めて進んでいるのだろう。
これだけ素晴らしい環境下のこれほど美しい小学校が、
経済効率や合理化の名の下、廃校に追い込まれていくような社会は、決してマトモな社会とは思えない。
統廃合して吾が学び舎を失った子供達の気持ちを考えると本当にいたたまれない。

我が息子達の小学校も三校が統廃合の末、新たに新築された素晴らしい小学校だが、年々児童数は減少の一途をたどり、再来年には複式学級になるものと予想されている。

また平成21年からは熱熱の美味しい給食を提供している自校給食も、調理師の人員削減により廃止の方向で話しが進んでいる。
なぜ一番持ち込んではいけない採算や効率という観念を「教育」という場に持ち込むのか。
子供達は給食で嫌いな食べ物が出ても無理して完食するのだという。
なぜか?
給食のおばちゃんの顔が見えるからだ。やっぱり残したら悪い気がすると…
昨今話題に事欠かない「食育」とはこういうことではないのか?

土建屋と癒着して、年度末に必ず国道路掘っり返し、無駄な林道造る余裕があるなら、給食の調理師一人雇う予算がなぜ出せないのか?
社会は完全に間違った方向に逝こうとしている。
その軌道修正を政治に期待するのは、もはや徒労というものだろう。
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