2006/4/11  20:17

復元刻  篆刻

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なんだか印関係が続き篆刻家さんのブログのようです。さてあまりこういうものは人目にさらすものではありませんが、実は私、恥ずかしながら、「書における臨書と同じ態度」で摸刻をしたことがありませんでした。秦漢の古璽印をまるでイミテーションを作るかのように、傷や欠け腐食なども忠実にそっくりそのまま作りこむというような模刻ばかりをしてきました。書においては摩崖ものの古隷や腐食した金文など、見えなくても本来はあるであろう線をキッチリと想定して書いていたのに、篆刻にはなぜかその態度を適用してこなかった。それは印そもの自体が腐食や欠けの美学をかなりの割合で含んでいるために、古味や雅味を出すためのいわゆる撃辺というものが必須事項となっていたからだと思う。私は今までかなりこの小技ばかりに魅了され、本質を誤魔化してきたような気が、実はあるお客様からのお仕事をしたことで浮き彫りになってきたのだ。古典の場合は特に、最初に完好な本来の姿があり、そこに歴史の重みとして腐食などが加わるが、この古味や雅味はあくまで後の鑑賞者が重み付けしたものであって、初めからその意図はないのである。当たり前の話だがこの腐食ばかりに気をとられていては本末転倒なのである…そういう意味でこの模刻はあるべき本来の姿を想像して復元するような態度で作ったもの。これも戦国期の文字の発する雰囲気が身についていないと出来ないのだなぁ…とあらためて思った。羅福イのように極端に腐食を嫌うわけでもないが、ある程度の傷は残しつつ時間をさかのぼって「こんなだったろうな・・・」というギリギリの線で古典と対峙してみた。こういう勉強はもっとしないといけないな…
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2006/4/8  20:29

『汲古印粋』  篆刻

クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します前回の流れで、今回は『汲古印粋』について。この印譜、坂井呉城が主宰を歴任した汲古印会発刊ですが、そもそも汲古印会なるものが何時頃、誰の発足によるものなのか恥ずかしながら不勉強にて知りえません。またこの印譜、二十年ほど前に神田の古書会館の市にて二束三文で購入したものと記憶しており、数ページの落丁と奥付がないため、何年頃のものかも判らないままで、本冊が何巻なのか一冊のみなのかも分かりません。呉昌碩の二顆、中井敬所、初世蘭台、益田香遠、桑名鉄城、山内敬斎などの大御所の手による多数の原押があり見応えがある。中でも蘭台の真骨頂とも言える「五山洞主」は圧巻。この印譜のために刻されたのか貫名海屋の陳曼生ばりの「汲古」も素晴らしい。押印の仕方はお世辞にも上手いとは言えず、側款拓も載るが拓本墨で擦られただけのもなのでゲンナリするが、総じて見応えのある印譜となっている。どなたかこの印譜の詳細、並びに汲古印会についてご存知の方、ご教示頂ければ幸甚に存じます。
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2006/4/7  0:36

『印印』  篆刻

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掲示板のほうで誹謗中傷しているからこちらでフォローするわけではありませんが、この整然とした丁寧な善い雰囲気の摸刻、なんと惨頭氏によるもの。園田湖城創始の同風印社刊の『印印』に社友として大正昭和期のそうそうたる面々の中に松丸東魚氏等とともに名を連ねており、かくの如き善良な摸刻をされている。もしかすると氏は篆刻家として名を馳せていたかもしれない。それにしてもこの『印印』。大変貴重な本で、小生宅にも僅か二冊が転がり込んできただけ。戦時中にありながらよくここまで良質な宣紙を用い、丁寧な装丁で発刊できたものだ。古璽印の原押も素晴らしく冴え渡り、その現物の図版はコロタイプ印刷である。本当にこの本を見ていると豊かな気持ちになり、しっかり学ばなくては…と背筋が伸びる思いだ。
ちなみにこれらは、小便タレの学生時代に拓本研究家の伊藤滋先生に唯一ダブっていた二冊を譲って頂いたもの。
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