2008/2/19  22:57

都幾山 慈光寺  マラソン

先日、比企郷土の書家、松崎春川の遺墨回顧展を拝見したが、その図録に都幾川町は都幾山慈光寺の「慈光寺経」の補写経奉納式(昭和39年)についての記事が記載されていた。都幾山という山があるのは知っていたが、その山中にある慈光寺のことは初めて知った。聞くところによると天台宗別院として中古は関東武家の信仰を多く集めた名刹であったらしい。またここにある『法華経』は厳島神社の『平家納経』、鉄舟寺の『久能寺経』とともに日本三大荘厳経の一つとして国宝に指定されているという。その昔、栄華を極めた古刹を是非見たいと思い、いつもの様にトレイルにて。

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参道からは枝先をほのかな春色に染めた桜並木が続く。

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急坂の林道兼参道を300mほど上がると程なく慈光寺に着く。

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う〜む。何処となく願文を想わせるようななかなか善い書だ。史峰とあるが大沢史峰氏かなぁ。彫りは比企の名匠金子玄石氏。比企の名刹の額の多くがこの名匠の手によるようだ。

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威厳に満ちた観音堂。この裏手から都幾山への藪道が上がっている。

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登山道も整備されておらず、山名の表示も無いと、ネットに載ってたのでパウチっ子でプレートを作って持参し、梢に引っ掛けてきた。
今まで色々な山を登ってきたが、これほどつまらない山頂を持つ山も珍しい。
これではよほどの物好きしか登らないないだろう…標高460mほど。

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山すじに沿って開かれたダートの林道の途中。ぽっかりと木々が切開かれた部分から。
こういう風景の中にいたくてまた登ってしまうのだ。山に。
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2008/2/16  0:04

雪山  マラソン

ここのところ雪が多くてトレイルが出来ない。もう大分融けただろうと思い、一昨日久々に近くの子の山に登った。いやまだまだ雪深く北面はがびがびに凍り付いていて危なくてしょうがない。アイゼンでもなければ走ることはおろか、歩くのも侭ならない。
ストレスなく走れるには先が長そう。
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山上集落はいまだ雪の中。

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子の山(645m)から都心方面。画面中央の小さな白い楕円形の建物は西武ドーム。

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立春を十日ほど過ぎ、冷泉もわずかに温むか。

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岩壁からの滲み出しが絹滝のような見事な氷柱に。

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粋だねぇ〜〜。どなたが書かれたか「書」もなかなかええでぇ!
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2008/2/6  2:18

殷兵衛だ!いや、印兵衛か…  基地外

『聞佛』2008年一月号に次のような見出しで驚くべき記事が掲載された。
「インベーダーゲームの起源はなんと殷代に遡ることが出来る!」
内容はこうだ。
「2007年8月に再び(殷嘘)の発掘が試みられたが、その中で、甲骨文らしき文字の刻された、黒曜石に近い硬い石で出来た不思議な石板が出土した。
良く見ると、日本で二十五年ほど前に流行ったスペースインベーダーゲームに酷似した様式である。
砲車台の部分は甲骨文の「吉」字のようであり、
また各々のインベーダーは上から「単」、「羊+目目」、「異」のように読める。
またインベーダから発せられる攻撃は「水」字を象ったかのようであり、
UFO(未確認飛行物体)は「虹」字と確認できそうである。
これは正しくインベーダーゲームの元祖であり、古代殷帝国でもこのような遊戯が日常的に繰り広げられていた証拠となる文物である。」

異星人を撃ち、「虹」を射止めるが「吉」。などは、古代殷人もなかなか洒落ているではないか。

ダッダッダッダッ、ピロロロロロロロロロ、
キシーーン、ポーワーオワーオワ〜…

はぁ〜〜馬鹿馬鹿しいww
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