2016/6/30  22:59

「洗心」  刻字

続報。
先日の刻字「洗心」のご依頼主様から、山門への木額施工を完了されたご報告並びにお写真をお送りいただきました。惚れ惚れするほどの堂々とした佇まいに感無量です。作家としてこのような形で作品が世に残ることに無類の喜びを噛みしめています。
このような大きなお仕事に携わらせて頂けたことは大変光栄なこと。ご依頼主様と野中吟雪先生には心より感謝申し上げますm(__)m

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ここのところどう云うわけか刻字のご依頼を承る事が多くなりました。
先月は母校新潟大学書道科の恩師、野中吟雪先生(現、新潟大学名誉教授、岐阜女子大大学院教授)より、畏れ多くも身に余る光栄なるお仕事を頂戴いたしました。

送られてきた材は、樹齢六、七十年はゆうに越していると思われる杉大板で1500×600、厚み4pの逸材。久しぶりに目の当たりにする、わが恩師の「洗心」と書かれた2文字の筆力に圧倒され、武者震いした次第。

個人邸宅大門軒下に掲げられるとのこと。陰刻にて線中ほどを盛り上げ、刻調は荒々しく、色は白字とするとのご依頼。
出来るだけ早くの仕上がりをご希望でしたので、気合いを入れてがぶり四つに組み発奮忘食で叩き込みました。

荒くと言っても出来るだけ恩師筆跡の妙味を損ねぬよう、カスレの表現などは出来る限り原本に忠実に再現し、潤筆部分は幅一寸のノミで二打、三打程でかっ飛ばしてあります。
野中先生の運筆は学生時代にこの目で実際を見て知っているので、そのリズムを追体験するように刻す事が出来ました。感無量です。

皮目が下に来るように木表(木おもて)に刻す事になるので、年輪の幅の広い杉材はノミの刃を捕られ、また一本の線に対してノミを入れるベクトルと順番を間違えると望まない裂け目が生じ、線を割り飛ばしてしまうので、慎重に考えながらやるのですが、おたおたしていると折角の書線の気を台無しにしてしまいます。ある程度一定のリズムでガツンガツンと叩き込んでいかないと精彩を失いかねません。しかし書線の迫力と格調に気が沸き立たち、真正面から臨むことが出来ました。

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上は陽光で撮影したものですが、線の中心部を荒く盛り上げているのが分かると思います。刻字の良い所は、線の立体感を現実のものにすることが出来ると言う事です。筆跡以上に迫力を加味出来る可能性があると言う事です。

彫り込みは2cm以上の深さで親の仇でも打つように叩き込みましたw深ければ深いほど陰影が出来立体感は増します。しかしカスレ部分はどうしても深く掘ることが出来ないので、そこだけ浮いてしまうためチグハグに見えるので丁度よい塩梅はあるものです。

またこれだけ太く深く荒い刻調だと、底面にどうしても彫り残してしまうササクレやバリを取り除くのに大変な労力を費やします。また色入れも三回重ね塗りをしないとどうしても斑が出来てしまうので、何に時間と労力がかかるかというと実はそういった細かい仕上げ作業だったりします。

私の刻字の師、金子玄石氏の言葉ですが、玄石師匠の書の師は渡部大語先生ですが、習っていたときは大語先生の書の凄さがまだ見えていなかった。しかし、大語先生の書を何度も刻すうちにその凄さが分かって来たと。これは実は篆刻の摸刻と同じ作用で、反復して刻す事によって様々見えてくるのだと思います。じっくり見ながらそのリズムを感じつつノミを叩くその一打一打の手の感覚から身体に沁み込んでいく。

今回のこの「洗心」木額。今だに生々しくその筆力が甦ってきます。
自分としてはとても良い仕事が残せたなと、とても嬉しく思っています。
野中先生へご依頼された方、そしてこの大きなお仕事のご依頼頂いた野中先生に感謝せねばなりません。m(__)m
尚、ご依頼主様の許可が取れたと先生よりご連絡いただけたので本日upさせていただきました。

それにしてもカッコいいなぁコレ("^ω^;)
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2016/6/11  12:10

昨今雑感  篆刻


「下手な鉄砲、数撃ちゃ中る」なんてぇ事を言ったりしますが、

そりゃ標的が沢山あるところで、機関銃か散弾銃か何かで乱射すれば、

そりゃいくつかは中るでしょうね。

しかし、この諺の頃の鉄砲ってのは、

弾一つ込めて、狙いを定めて一発一発丁寧に撃っていった訳でしょうから、

まあ出鱈目に乱射したわけではないんですね。

弾を込め、身体精神を安定させ狙いを定めて息を潜め、

ここぞというときにバーンとやって、

嗚呼ーーまたしくじった!などとやるわけです。

何度も何度も繰り返し反復して数を撃つ。

要するに場数を踏むと言う事によって身体自身が安定し自動化していって、

竟に中るようになるってぇ意味なわけですよ。

この諺の真意は、下手な奴でも乱射すればそのうちの一発くらいは中る。

という意味ではなくて、

ひたすら反復していけば、そのうち百発百中になるよ。

という意味なんだと…

51歳になってしまった今日、

人生3分の2以上過ぎた自分の今までを反芻して、

まだまだこれからだよなぁ…┐(´д`)┌

などと思ったりするわけです。

失礼しました。 希夷斎拝

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2016/6/4  20:13

大型印三顆組印  篆刻

学生時代の友人より依頼を受けた、大型印(35、40ミリ角)の三顆印(化粧箱も合わせて製作)ですが、わりに出来が良いのでUpいたします。(事後承諾w)
オーソドックスな印篆と小篆の組み合わせに、金文、甲骨文の組み合わせ。箱は二組を一箱にして大きなものになりました。印材は丈が短いので寝かせずに縦にはめ込めるように袴状の刳り貫きにしました。ご高覧頂ければ幸いです。

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タグ: 雅印 落款印 篆刻



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