2017/1/30  1:43

刻字第13作「紫檀凹彫」  刻字

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木彫を趣味にしていた義父の遺品に赤味の強い紫檀板がありましたので刻してみました。
以前から刻したかった陶淵明の詩の一節、これは有名どころですが、
「采菊東籬下 悠然見南山」12cm×45cm

菊を采(と)る東籬(とおり)のもと 悠然として南山を見る

です。
私も野良仕事などで草刈をしてふと見上げれば悠然と目前に山が迫るところに住んでいますから、陶淵明の詩には共感するものが多々あります。
これを時代は随分と遡りますが、戦国時代の三晋地域の装飾的な金文で入れてみました。
赤味が強くまた木目が渦潮のように複雑な逸材ですので、これを活かしたく鳥虫篆気味で縦長のスタイリッシュでカジュアルな文字に動かしました。
文字の色入れは木地の赤を目立たせ、文字のポップな感じを際立たせるためにパール色のターコイズで金の縁取りを入れました。縁取りには随分時間がかかりましたがww

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小さな作品ですが、割とオシャレなものになったような気がします。額に入れたらいいかなぁ。

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こちらは原本。
金文も殷周時代の重厚なものから、戦国列国の時代を経ると何かと華美になったり装飾性が強く、ややもすると退廃的とか俗調に陥ったなどと評されがちですが、私は文字を美化しようデザインしようとする人の英知と解釈します。もちろん良いものもあるし悪いものもある。古ければ良いということではなく、どんな時代でも良いものもあれば悪いものもある。と言うことです。
これも自家表具しようと思います。
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タグ: 刻字

2017/1/23  23:09

刻字第十二作「鼓腹撃壌」  刻字

私にしては随分たっぷりと時間をかけて制作しました刻字作品第十二作。
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桂の木に凸彫りで印篆にて、銀箔貼り。釈文は、
「日出而作、日入而息。伐木而焚、拓山而食。」
(お日様が出りゃ働いて、陽が沈みゃぁ寝る。木を伐って薪にして、山を拓いて畑にし食い物を得る)私の日常です。タイトルでお分かりの方もいらっしゃると思いますが、実はネタ元があるので後述いたします。

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全て垂直に丸鑿で線を切ります。丸まる三日かけて刻し終えた状態。

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御見苦しい画像ですがw…油煙墨と朱墨を柿渋にすり合わせて塗り、乾いては塗りを三回重ね終わったところ。

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渋を塗ったところを棕櫚刷毛でひたすら磨き光沢を出して後、文字部をペーパーで磨いて木地を出し終えたところ

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一画一画細心の注意を払い、カシューを指で叩いて塗っては、銀箔を張り込みました。
九作目に小型の似たような凸彫り作品を作っていたので、要領がわかっていたのと歳をとって意外にも根気が続くようになったので、技倆は割と安定してきているようですw

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さてこれにはネタ元があると前述しましたが、昨年の夏に群馬篆刻協会展にての特別陳列に開陳された二世中村蘭臺の一行モノの木額を観てその刻技にいたく感銘を受け、またその言葉の牧歌性に自らの現況を重ね合わせ、「これと同じものを作ってみたい!」と思ったのでした。
上の画像がその二世蘭臺の木額。

釈文は 日出而作     日出でて作し 
      日入而息     日入りて息ふ 
       鑿井而飮     井を鑿ちて飮み 
       耕田而食     田を耕して食らふ 
  
日が出るとともに働きに出かけ、日が没すると家に帰って休む、井戸を掘っては水を飲み、田を耕しては食料を得る。

とあり、私は対になる後半部分を山に住まう己の現状に即して変え、一枚の中で対聯の形式で二行に収めました。作、息、食は上古音で韻を踏んでいる思われるのでそのまま変えずに残しました。
実はこの後に続きがあり、
  
    帝力于我何有哉  帝力我に于て何をか有らんや

我々は自らの力を以て満ち足りている、帝王が何だというのだ、我々は帝王のおかげを蒙らなくとも自足していられるのだ。

という文が続きます。この帝と言うのは堯帝の事で、この歌は「撃壌歌」という詩歌で十八史略中に見えるものです。上代中国、堯帝の統治があまりにも素晴らしかったため、町中では老人たちが、食べ物を口にしながら満腹の体で腹鼓を打ち、撃壌の遊戯(地面を叩いて拍子をとりながらのクツ投げ)に興じながら歌ったのがこの撃壌歌とのこと。後に腹鼓で地面をたたいて拍子を取るということを、人々が何ら心配事なく太平安寧に暮らせる安定した世相の形容として、「鼓腹撃壌」と言うようになったそうです。これを無為の政治というのでしょう。

「わたしが生きていくのは、わたし自身の努力のおかげであって、誰の世話にもなっていない。」という大らかでアナーキーな歌ですが、同時に帝政すら感じさせないほどの善政を布いている堯帝の素晴らしさを反語的な意味合いで説いた史実でもあるわけです。
私も心からそんな善政を望みますし、時代は違えど二世蘭臺もまた同じような気持ちでこの「撃壌歌」を丹精込めて刻し上げたのではないかと想像します。
作ってみたい!と思った作品を仕上げることが出来、感無量です(^^♪




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2017/1/20  21:34

瓦泥印試作  篆刻

もう数度目になりますが、印友飯島氏に頼って、群馬藤岡、達磨窯燻し瓦の五十嵐さんに瓦泥印を焼いていただきました。陶印や磁印とも少し違う風合いには魅了されます。私も最近はこういった温かみのある線質が随分好きになってきました。

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「美意延年」5cm角 あっ!延が誤字ってますねww

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「大吉」8分角

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美意延年の紐がこれじゃぁしょうがないですねww
変顔の部分や大吉印の頭の部分がおぼろげに怪しく光っているのは、
ターナーのアクリル絵の具の「玉虫色」というクリーム色の絵具を塗り、
乾くとこんなふうに光ります。
なんか核燃料が臨界起こして光ってるみたいで怖いです。

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こちらは今、手掛けている刻字額。
凸彫りで多字数なので大変時間がかかります。
木目がちょっと入り組んだ桂材なので鑿あてが難しい( ;∀;)
連日丸まる三日かけてようやく彫りあがりました。
後は柿渋を三回塗り重ね、カシューで金箔を貼ります。
出来上がりましたらまたupします。
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タグ: 瓦泥印 達磨窯



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