2017/2/20  10:55

刻字第15作(金文凸彫り)  刻字

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金文凸彫り240×560「正宜委運去」(まさに宜しく運に委ね去るべし)陶淵明詩「神釈」に見える句で、まあ、適当に運に任せたほうがいいよ、という意味。
これを手掛けている時にまさに今回の個展の話がトントン拍子に決まっていき、何やら神託が下ったような気になっておりますw
落款は敢えて印のみし、カシューにて金箔を置き、印部分は朱のカシューを塗っただけにしました。金箔に負けぬ光沢のある印影が得られ小さいながら目立ちます。
中村蘭臺父子の刻字額が頭から離れず、何とかあの香りを再現したいとの思いで彫り進めています。
世を殊更に喜ぶことも憂いもせず、飄々と漂うかの如く、人生の大化に委ねるという言葉の意味から、金文の持つ独特の風合いと間を大切に書きました。

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凸彫りは、板全面に鑿を入れるのでかなりややこしい作業になりますが、文字以外の部分を大きな鑿で斫り、鱗状にしたりして凸彫り独特の表現効果が生まれます。
が、今回の作品は言葉の意味も考え、できるだけ穏やかに平らかに落ち着かせたつもりです。
それでも着色し、棕櫚化けで磨くと鑿痕があらわになり光線の角度で様々な変化が出てきます。

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丸鑿で垂直に打ち下ろして文字を刻していきますが、平鑿であれば書線のエッジに従い切っていけばよいのですが、丸鑿はどうしても本来の書線にはない抑揚を付加します。鑿の角度によっては線の骨格を台無しにしてしまう可能性があり案外慎重を要します。
しかし丸鑿でしか出せない味わいがあり、明治大正の巨匠たちはこれを愛したのだと思います。

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文字周りの基底部の斫りは角度的に鑿を入れ辛く、また少しでも手元が狂うと文字を撥ねとばしてしまうので慎重にならざるを得ず、どうしても思い切りが悪い…

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印は少し意図的に傾けて捺しました。
木額ですからフレーム部分も設けますが、溝を施すのがこれが案外難しい。少しずつ鑿を叩いて彫り進めますが、少しでも揺らぐと道を外してします。また木目を読まないと食い込んですべて台無しです。木額というのは本当に一切手を抜けない作業の連続で、これを昔の印人は山のようにの遺しているのを見ると、その偉業には驚くしかありません。
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