2017/11/27  0:28

『千趣万香』  篆刻

美術新聞社報でおなじみの萱原書房さんより定期刊行されている『千書万香』改め『千趣万香』に、東京学芸大学書道科名誉教授の加藤東陽先生が、私の個展「希夷斎の奇異祭」についての記事を執筆してくださいました。恐縮至極、心よりお礼申し上げますm(__)m
加藤東陽先生には学部在学当時、卒業研究の研究室にて大変お世話になりました。
私のようなワガママ勝手な学生を、自由にのびのびと指導して下さり、卒業後もときどき依頼印のをお世話を頂いたりしておりました。大変光栄なことです。、以下掲載させていただきます。

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2017/11/24  22:59

「希夷斎の奇異祭」作品集頒布  篆刻

注文フォームからご注文頂いたのに、何の連絡もなく品物も届かないとの連絡を受けました。
もしメールをだしていただいているのに希夷斎よりなんの返信もない方いらっしゃいましたら、届いていないものと判断ください。お手数ですが、改めて以下にご連絡くださいませ。
gonichi_i@yahoo.co.jp
iwanamigon@gmail.com
kiisai762783@docomo.ne.jp


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希夷斎個展「希夷斎の奇異祭」における
作品集『希夷斎篆刻・刻字作品集』及び記念DVDをネットにて頒布させていただきます。
作品集には今回の個展出陳作の八割方、DVDには出陳作と私の周辺の環境や作業風景が少し、またインタビュー形式のトークなどが入っています。

作品集が1,000円(送料は5冊まで360円)。

DVDが700円(送料は8枚まで180円)です。

作品集+DVDの場合は送料は4組まで360円です。

ご用命の方は
注文フォーム
にご連絡いただければ幸いです。料金は後払いになります。



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2017/11/16  15:12

見てしまった…  

小津和紙の目と鼻の先にある三井記念美術館、個展会期中は多忙を極め行けず仕舞いだった、「驚異の超絶技巧展。
ちょうど個展での残りの荷物を小津和紙さんに回収に伺った折、ついに観てしまいました。
私も明治大正昭和の超絶技巧篆刻に刺激をさんざん受け、個展に邁進したのでしたが、この超絶技巧展を観て自分の作るものがいかにしょうもないものか、意識の低いものか、粗末なものかを思い知ってしまいました。私の作品など糞、またはゴミです。

個展で希夷斎作品をご購入いただいた皆様には大変申し訳ないことをいたしました。
意識の低俗なるは罪だということ。
糞やゴミを売りつけてしまい申し訳ありませんm(__)mご勘弁ください。

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これは明治超絶技巧芸術の粋安藤緑山による象牙彫刻。
観るものをただただ純粋に感嘆させる、食べたいという衝動に駆られるほどの超絶リアルな彫刻。彫りだけなくその色味のすばらしさに息をのむばかり。なぜここまで現物のリアリティー、ディティールにこだわるのか。それは自然物への畏敬の念の発露としか言いようがない。

そして戦後の西欧アートの洗脳時代を経てもなお、この明治の気質ともいえる遺伝子を受け継ぐ超絶現代作家がいるのだ。

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上は大竹亮峰氏、なんと29歳の現代作家による伊勢海老。
黄楊材による木彫自在。自在とはやはり明治金属工芸の粋、自在金具として大変有名で伊勢海老を題材とした金属自在は数点有名なものが残っているが、そのれらのクォリティーを軽々凌駕する驚くべき作品だった。その下の蝉とソラマメは榧の一木から彫り出されたもの。
とにかく感嘆の声意外言葉が出ない。
「いやぁ〜もうなんというかね、なんだろね、こうもうなんつうかいや変態としか?」

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そしてこれは前原冬樹氏という現代作家による皿と秋刀魚。やはり一木により彫り出し。
秋刀魚が皿に乗っているわけではない。繋がっておるのです。
この他想像を絶する超絶作品が凌ぎを削っており激しいショック状態になりました。

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そしてこの写真のような、ん(・・?写真?、いえいえ水墨画は山口英紀氏による「右心房左心室」
と題された絹本に描かれた紛れもない水墨画。実はひょんなことから山口氏の個展は参観したことがあり、その超絶技法ぶりに圧倒されそれ以来の交流もあって私の奇異祭個展にも見に来てくださいました。なんか恥ずかしい限りです。

とにかく胸をすく作品の数々、そして驚愕卒倒すること必至。明治の天才たちに触れてその偉業に触発され何とかしてこれを超えようと現代の天才たちが生まれる。天才は人の意識を変え不可能と思われることを軽々乗り越えて次元をも変えてしまう。時代はいつも天才たちに変えられているんだなと。そしてこれら天才に共通するのは、あくまで自然のもつ巧をそのままに究極的なアプローチを絶え間なく注ぎ込むことだけに集中し、自分のアイデンティティや感性などという雑念を微塵も入れない。畢竟それは己を消し去ることに没頭していく作業を孤独の中で淡々とやっていく。これは私も個展に出陳した刻字額の言葉、夏目漱石が晩年理想とした境地の「則天去私」に他ならないのでは?私の方向性は間違っていない!と。そして金科玉条のように思いこまされていた、常に新しいものを創造しようとする精神こそが実は古臭い考えなのではないか?と確信した次第です。
己を消し去り名声など求めないのに唯一無二の驚異的な作品、そしてなによりこれらの作品のニセモノを誰も作れないだろうこと。

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これは明治の巨匠初世中村蘭臺の「人巧尽而天工出」のオマージュ作品で個展にも出陳した我が愚作ですが、正しくこの言葉通り人の巧が究極的に尽くされれば、すなわち天工となるのだと。
音楽でも天才的な演奏家はその究極的な巧の技は当然持っていてそれが放つオーラやその時々次元の興によって神が下りる。
例えば能の世界、藤田六郎兵衛氏の能管や大蔵源次郎氏の大鼓を聞けば神様を下ろせる人が現実に居る!ということが良く分かります。
それらの人々はもう完璧なまでの「型」として技巧の極限をさらに突き詰め絶え間なく繰り替えすことにより神業を得られる。
「人巧尽而天工出」心底から実感した一日となりました。
斯くありたしと。そして次回の個展に対する更なる目標が出来ました。

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