2019/1/25  16:38

山本二三美術館看板ロゴ  

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当工房希夷斎の書が長崎県は五島市の山本二三美術館の看板ロゴになりました!
山本二三氏はジブリ作品では有名な 「天空の城ラピュタ」「火垂るの墓」「もののけ姫」「時をかける少女」等、 画業約40年、数々の名作アニメーションで背景画を手掛けた、その世界では知らぬものはいない海外でもその名を馳せる世界の山本監督です。
とくに独特のタッチで描かれる「二三雲」と呼ばれる雲はあまりに有名。
当館は山本二三氏の描いたアニメーションの背景画やご自身の出身地である五島を描いたオリジナルの絵画を展示する美術館で、
その二三雲のイメージに合うような看板ロゴの書を、とのご依頼を頂き、書き上げたのが昨年の一月。
その年の七月にめでたく開館の運びとなりました。
私希夷斎としても大変光栄なことで心から喜んでおります。ありがとうございます。
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美術館入口の木額看板は白字で入れてあります。
皆様、もし五島市にお出掛けの際は必ず、山本二三美術館にお出掛けくださいませ。
希夷斎の書もお出迎えいたしますゆえ。
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これは拙書の原本。
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2019/1/23  11:45

近刻十種  篆刻

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タグ: 篆刻

2019/1/16  15:25

「鎮魂」  篆刻

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昨日、もう四半世紀以来、希夷斎の印のご愛顧をいただいている、
同志といってもよいお客様から、
希夷斎は最近もう別の次元で生きてるんじゃないの?と思いがけず言われ、
よくよく考えるとそんな気がしないでもないなと…

というのは自分の仕事における姿勢が、ある方向に随分と偏り始めているのが解かるから。

篆刻稼業三十余年、あれはもう十年前にもなろうか「松丸東魚の全貌」と題した展覧会を観て、その凄まじさに激しく動揺しショックを受けてからというもの、
それまでの中国の歴代官印や古璽、趙之謙、徐三庚、呉譲之を追いかけてた自分が、
一大転換を図り、日本の明治大正昭和にかけて彗星のごとく現れた、
巨大な印人達の仕事にすっかり魅せられ、
東魚、初世蘭臺、荃蘆、関野香雲と次々に、
まるで夢で魘される様に追体験を試みようとし続けて現在の希夷斎がある。

最近何となく思うのは、自分は作家として何処へ何をしようとしているのかと…。
本来作家とは自分のオリジナリティを作品に込めて表現する者だろうが、
私希夷斎は以前から自分のオリジナリティなどは全くどうでもよく、
ひたすら自分が美しいと思う、時代に淘汰されずに掻い潜って来た古典美だけを摸倣して、
自分自身に染み込ませたい一心でモノづくりに携わってきた。
良いもの美しいものを残して伝え続けたいと願うだけ。

それを知ってか知らずか、どうやら、この世に表現しきれずに世を去っていった偉大な印人達の魂がまだうようよそこいら中にいて、
自分のような輩が世にいると気付き始めたそれらの魂が、
私の腕を勝手に借りにきて表現しようとしているような感覚に襲われるのです。
自分がやっていることなのに、自分の意思じゃない。
どこかふわっとした何かに憑依されて手を動かされているような感覚。

こんなスピリチュアルなこと言うと、希夷斎もとうとう焼きが回って来たとか、いよいよ狂ってきたとか言われそうですが・・・(前から大分ヤバいとい噂も…)

どう考えても、以前の自分なら絶対にできなかったことが、軽々出来る様になったり、
千字文全文印など気の遠くなるような集中力が要るような仕事が全く苦でなくなっていたり、
不思議な事ばかりなのです。
自分の意思でやっているのではなく、ぼーっとしながらも楽しく仕方なくやらされている感じ。
何か次元の違う部屋にふっと連れていかれる感じなのです。
もし私が感じている事が本当なら、作品を作るということ、それ自体がそれらの魂の「鎮魂」ということになりうるのかもしれません。

私の目指す境地は図らずも「則天去私」天の心理に即して、私を捨て去るですから、あるいはそれが叶っているのだと思えば、これもまた是ならんやというところかもしれません。
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タグ: 篆刻 隷書



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