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2012/4/12

2009ゼブラの総括  蹴歌蹴闘

この年の盛岡ゼブラを軽く総括しよう。

シーズン分析

チーム得点王 原田太(5点)
チームアシスト王 須田良輝(6A)…小原は4A

・得点 18 シュート本数 116
・失点 45 被シュート数 249

先制点を取った試合は3勝1敗(秋田戦)だが、後半の失点が多すぎる。
残り15分で15失点、30分では23失点=全体の過半数

ホーム2勝(中田・塩釜)、アウエー1勝(中田)1分け(秋田)
来期は中田に代わり女川、グルージャ残れば厳しくなる せめてホームで勝ち点3を!

補強ポイント

もう2016年国体を見据えるべきでは?ストライカーとタフなGK、DFは欲しい
国士大高橋(盛商卒)は?来年の成田、東館ら獲得の布石が欲しい

まぁ、アマクラブにこんな注文しても無理ってのはわかりますけど…
じゃあ国体選抜はどうするのだ。そこから考えなくては。グルージャにJあきらめろ、ゼブラとひとつになろうと話できるわけもないし。

この年は仙台中田に2勝したのが大きいが、ヴィーゼの低迷があってなんとか6位でシーズンを終えた。
しかしオラもこの結果には満足せず、未来を見据えていろいろと考えていたのだ。
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2012/4/12

2009盛岡ダービー  蹴歌蹴闘

2年ぶりでかなり気が立っていたのだろうか。そんなことはなかったと思うが。

まずは1週前に盛岡市内でビラまきを決行。あのときはゲリラ情宣でご迷惑をおかけしましたが、グルージャの無気力な運営に比べればと考えてましたから。
もっとも、その後はビラをまくよりはとIGRいわて銀河鉄道の車内に中吊り広告を打ち、駅にもポスターを張るなどしていた。

そうやって迎えた開幕戦。5月3日、盛岡南公園での試合だった。

開始前にオラはグルージャ盛岡に言いがかりをつけてしまった。中田洋介がいるんだから、J時代の上司の都並敏史を監督にしろとか、呼んでくる山本が脩斗(ジュビロ磐田)じゃないだろとか言いたいことを言ってしまった。

試合開始。グルージャが圧倒的に攻め、まずは2-1とリードする。
しかし38分にこの年入団の岩館貴紀が同点ゴールを決め、さらに原田太のゴールもあってゼブラが3-2と逆転したが、最後はゼブラに圧倒された。

ただ、ゼブラが2年ぶりのT1で意気上がっていたことは確かだった。これなら今年はグルージャに勝てるだろうと考えていたが…

7月12日、第2ラウンドはオラが勝手に「もりおかクラシコ物語」と銘打って馬鹿騒ぎをしてしまった。
準備中からスタンドに客がいないのを見ると「絶望した!」とか言い、1-9で惨敗を喫したあとは芝生を転がって大の字になる無様な終わり方。

あの試合は本当に盛岡ゼブラとグルージャ盛岡の実力の差じゃないかな、と思ってしまった。
でもその後も何度かは互角の試合をしているし、本当は実力差なんてないんじゃないかって思う。
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2012/2/4

再び、T1のステージに  蹴歌蹴闘

こうして盛岡ゼブラはT1に戻ってきた。

2009年、オラはアニメの主題歌の替え歌でチャント(応援歌)を作成した。
今でもこれらの歌は作り続けている。そして局面によっていろいろと使い分けている。

開幕前に新曲を作り臨んだ2年ぶりのT1,初戦の相手はこの年からクラブ化したNECトーキンFCだった。
トーキンは佐藤幸大をはじめ富士大学OBとのつながりもあった(ここだけの話、佐藤はグルージャを蹴ってトーキン関連企業に就職。宮城県出身だからね)。それに対してゼブラは原田を軸にトーキンのゴールを割りたいところだった。

しかし試合はトーキンが先制、さらにもう1点追加。ゼブラは前川のゴールで1点を返したが、退場者を出してしまい最後に2失点。相変わらずゼブラの悪い癖が出てしまったようだ。

その後塩釜FCヴィーゼに石巻で0−1、秋田FCカンビアーレと1−1で引き分けと未勝利で2年ぶりの盛岡ダービーを迎えることになる。
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2012/2/4

あれから1年…  蹴歌蹴闘

12月14日、七ヶ浜サッカー場。

仙台で前夜ベガルタJ1復帰ならずという現実を見ているオラは、ゼブラはかならずT1に戻ってみせると息巻いていた。

ゼブラのバスが到着すると、オラは喜び勇んで歌を歌う。まるで異国のリーガの雰囲気である。
それをどんな気持ちで盛岡ゼブラの選手・関係者たちは聞いていただろうか。

ピークスには負けられない 闘志こめて戦え
向かい風に立ち向かえ 盛岡ゼブラ

ピークスというのはビアンコーネ福島の前身であるノーザンピークス郡山のことだ。
この試合では去年の分まで気合を入れて歌い、応援した。

ゼブラを信じる、信じてる。それを力に、90分歌を止めなかった。
ビアンコーネの猛攻が最後まで続いたが、それをしのぎ切ってついにT1復帰だ。

実はこの試合は2−2で引き分けだったが、第1戦でゼブラは1−0と勝利を収めており、合計3−2でゼブラの勝ちとなった。

試合終了後、オラはゼブラの選手たちとともに写真撮影。考えてみればこのとき初めてオラはゼブラの12番目の選手になった気がする。

また、この様子をインターネットに流したことでオラと盛岡ゼブラの名前が広がるきっかけとなった。

何はともあれ、苦難の2008年を乗り越えた。オラの目標はこのときからT1制覇から日本一、2016年の岩手国体と天皇杯優勝の二冠達成へと切り替えることになる。
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2012/2/4

統一王座  蹴歌蹴闘

東北リーグの2部は南北に分割されており、南北の統一戦が10月末に開催される。

2008年は盛岡ゼブラ対福島ユナイテッドが秋田県鹿角で行われた。
この当時から福島に筑陽学園準優勝メンバーが集まっていた。桑原、青柳、片原がそれだ。まだ監督は斎藤誠(元YKK東北監督)だった。
さらに言えばグルージャ、ガンジュから移籍した選手も集まっており、オラにとっては彼らへのリベンジもあった。

実力でT1に戻るんだ、そんな気持ちを持ってオラは一人歌った。
しかし2点にしのいだものの、原田と前川が決められず。また真太郎を前川に変えても良かったのではないか?と言うか僕が監督だったら前川の一時退場時に交代示唆しただろう。

花輪駅前でUFCのバスに遭遇、負けるもんかとオラは入れ替え戦でのリベンジを誓った。
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