久能山東照宮060127  

久能山東照宮

史跡久能山日本平と共に太古海底の隆起によって出来た山で、推古天皇の頃(600年頃)久能忠仁が初めて山を開き、久能寺を建立。
永録十一年(1568)駿府に進出した武田信玄が、久能寺を今の清水市に移し、この山頂に砦を造って久能城としたが、その後、武田氏の滅亡とともに徳川家のものとなる。
元和2年(1616年)4月17日家康公の薨後、久能城を廃止し、2代将軍秀忠の命令により家康が埋葬されてわずか1年7ヶ月の短期間で久能山東照宮は造られた・・・と記されている。
徳川家康は75歳で薨去、遺言により久能山最頂部神廟に安らかに眠っている。



クリックすると元のサイズで表示します
日本平頂上から久能山東照宮を結ぶロープウェイ


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮全景


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮説明看板


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮入り口、社務所、向こうに見えるのが山門


クリックすると元のサイズで表示します
山門から拝殿に向かって撮影


クリックすると元のサイズで表示します
梅の花と神楽殿


クリックすると元のサイズで表示します
神楽殿と鼓楼


クリックすると元のサイズで表示します
拝殿
この日(2006.1.27)は拝殿へ行く正面ルートが閉鎖され、右回りに日枝神社から本殿へ入る


クリックすると元のサイズで表示します
日枝神社


クリックすると元のサイズで表示します
日枝神社側から本殿を撮る


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮本殿(1)


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮本殿(2)


クリックすると元のサイズで表示します
神廟
元和二年(1616)家康公は75歳で薨去、遺言によりここに葬られた。


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮本殿(3)


クリックすると元のサイズで表示します
久能山東照宮本殿(4)


クリックすると元のサイズで表示します
山門脇の狛犬(1)


クリックすると元のサイズで表示します
山門脇の狛犬(2)


クリックすると元のサイズで表示します
家康公御手形
なんと苦労のないふくよかな手をしていると思った・・・。 
これは数々の戦いに明け暮れた戦国時代を生き延びてきて、ついに覇者となり天下泰平を築いた晩年の手相に違いない・・・・・・!
我が青葉の百姓の手のほうが長さは3cm程大きいような気がする。


クリックすると元のサイズで表示します
重要文化財、樓門


クリックすると元のサイズで表示します
国指定史跡、久能山説明板


0




AutoPage最新お知らせ