まもなく、じめじめとした梅雨の時期になるが、乾燥注意報が出るほどさっぱりとした天気、日本の夏もこういう気候だと過ごしやすいのであるが。
さて、昨日雲仙普賢岳のことを書いたが、実は長崎市にも火山があった。もちろん火山体は侵食してしまって、原型をとどめていない。長崎の自然に詳しい人や研究者の間では、親しみを込めて「長崎火山」と呼ばれている。火山の定義に照らし合わせると、長崎の火山は、侵食し火山の特徴的地形を失っているので、正しくは「長崎火山岩類」と呼ぶそうだ。「長崎火山」が活動を始めたのは、540万年前からといわれている。しかし、「長崎火山」が活動を終えたのは未だはっきりとはわかっていないそうだ。
今日は、長崎に火山活動があったことを示す場所を紹介したい。
場所は、本河内高部水源地のダムのそばにある。ここに、長崎火山岩類の安山岩に玄武岩のマグマが割り込んで固まった「岩脈」と呼ばれるものがある。玄武岩である岩脈の部分は、黒っぽい色をしており、高温で割り込んだ玄武岩のマグマが周りの岩盤によって冷やされ、急激に収縮し、多数の割れ目ができている。
また、この「岩脈」があるところから130mほど道を上ると、「アバット不整合」と呼ばれるものがある。「アバット不整合」とは、もともとある急斜面が新しい堆積物で埋め尽くされてできた境界面のことである。ここでみられる「アバット不整合」は、右側がもともとあった安山岩質の溶岩で、左側が安山岩を含む土石流堆積物である。「岩脈」と似ているが、マグマが入り込むと周りの岩が赤く変質するが、ここでは境界付近は赤く変質しておらず、もともとあった安山岩質の溶岩の崖に、土石流が堆積してできたと考えられるのである。
以上の2つの露頭は、本河内高部水源地のかさ上げ工事に伴い、コンクリートで吹き付けられる計画だったそうだが、長崎の自然史研究家・布袋厚さんらが保存を訴え、観察可能な形で保存された。この場所は、長崎でも岩石の新旧がよくわかる場所で、地学的にも貴重な地層である。
長崎市の周りの地質は、長崎火山岩類のほか、西彼杵半島や野母半島では、九州で一番古いといわれている変成岩などがあり、地学が好きな人にとっては興味深い場所である。私は、小学校の頃から地質や天文など地球科学が好きである。時々、当ブログでも長崎の地質などについて、調べた範囲で紹介していきたいと思う。
なお、今回の記事を書くに際して、長崎の自然史研究家、布袋厚さん著の
長崎石物語を参考にさせていただいた。長崎の石について、地質学の観点から長崎の歴史の関係などが書かれており、長崎市周辺の地質について解りやすく書かれている。私の愛読書の一つである。
布袋厚さんのHP→
長崎自然史仮想博物館
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