
「アドルフ」 コンスタン著,大塚幸男訳(岩波文庫)。
本書の邦訳を待ち焦がれる描写が坂口安吾の自伝的作品にあったため,手に取りました。著者のバンジャマン・コンスタンは,スイス出身のフランスの作家で,本作で有名ですが,政治家でもあった人です。
本書は自伝的な色彩もある小説のようで,タイトルともなっているアドルフという青年が,自分より年上の人妻であるエレノールに迫り,エレノールもアドルフに心を向けますが,皮肉な性格の主人公はどこか自分の気持ちが冷めていることに気付きます。
また,父からは,彼には相応しくない女性であるという無言の圧力があり,彼にとってもそのように認識しているのですが,ずるずると別れられないまま推移してしまいます。
アドルフの父も表だって別れるように介入するのが逆効果になることを知って,ゆるやかに迫ってきます。なので,主となるのは,アドルフの心中になります。彼の心の動きが本書を独特なものとしています。
著者のコンパクトな文体は翻訳で読んでも見事なものだと思わされます。本書については,男中心の話だと要約する人もいますが,読んだ感想としてはそんな風には思いませんでした。むしろ,アドルフの悲しみみたいなものが胸に突くという感じです。
どこかで別れてしまえば,きっと戻ることになったんじゃないかなとも思います。
コンスタンの日記も俄然読みたくなりました。

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