
「
民主制の欠点
」 内野正幸著(日本評論社,2005)。
憲法学者が書いた民主制についての本。分かりやすく書こうという努力の跡が見られる。ただ,必ずしも成功しているとはいえない。メチャクチャとかチョーを使えば,分かりやすい文章になるというものではないので,人によっては鼻につく感じがすると思う。また,学問上,定義や基本的なところにこだわらざるを得ない側面があるので,ややくどく感じる向きもあるかと思う。
それでも,民主制について憲法的なアプローチを考えてみたいという人には思考の訓練にはなるだろうと思う。ただ,憲法的思考に馴染んでいる人にとっては,新味に欠ける。
民主制と少数者の人権尊重が別原理だというのは分かるとしても,ある事務所のお金の使い方で,9人がエアコンを導入したいと主張したのに対し,1人がスロープを付けたいと言った例で,車椅子生活者の利益を10倍と考えて,10:9になるみたいな説明がある。あまりうまくいっているとは思えない。
これを説明するなら,エアコンで涼しい思いをするという利益とスロープがないことにより車椅子生活者が被る不利益を比較した場合に,人格的な利益という意味では,車椅子生活者がスロープがないことによって受ける不利益の方が圧倒的に大きいことを理由にすべきだと思う。
何というか,現実認識が甘いのが本書を浮いた存在にしている気がする。たとえば,選挙についての改善策として,握手戦術の禁止を唱えるなど,その策が瑣末すぎる。また,候補者の政治活動に政治信条などの情報を大幅に盛り込むことを義務づけるなどの提案も,現実の公職選挙法上の問題点を十分に指摘した上での記載になっていないので,傍から見るとバカバカしい提案にしか思えない(仮に選挙運動を実質的なものにするなら,話題になったインターネットでの選挙運動の解禁などの議論を汲み上げた方がよっぽど現実的だろうと思うし,各地の市民団体が公開討論会を開こうとして公選法上苦労する事例なんかも検討すべきだと思う。また,選挙期間の制約によって連呼型の運動しか結局できない現実があるということにも着目する必要がある。)。
2世議員の立候補禁止は理解できるとしても,同一選挙区からの再選を禁止すべきとかの議論もかなり浮いている(政治的な信条を果たして一期限りで達成できるのか)。
また,嫌な候補者に投票することを可能とするマイナス投票の方法も提案するけれど,アテネの陶片追放の制度なんかを考えると,大丈夫なんだろうかとか思ってしまう。
さらには,選挙に参加しない人間に不利益を課すという強制選挙の可能性を示唆し(ここまでは賛同の余地あり),その不利益として年金を減らすとかの考えまで出ちゃいます(名目的な意義であれば,住民票の移転義務くらいの過料くらいが限度でしょう)。
現在の政治や選挙の過程に問題が多々あるのは理解できますが,これはひとえに政治的に,すなわち討議的になることを避けようという与党の方針があるのであって,それが故に政治活動の自由を禁止してきた歴史を踏まえて,現実に行われている知恵にもっと着目すべきだろうと思います。
ぼく個人としては,政党が候補者を公募して,例えば2期だけと区切って多くの人に政治を体験させる機会を与えるなどの取り組みをする方がよっぽど有効だと思います。そういう意味で本書は,各論の部分で不満を残す出来でした。

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