
「幕末・維新」 シリーズ日本近現代史@ 井上勝生著(岩波新書)。
岩波新書で新しく始めた日本近現代史のシリーズの一冊目。幕末から明治維新にかけての流れを,外交を軸にして描き出す。
東アジア史を意識した記述になっていて,世界史との繋がりも感じる一冊。
江戸幕府が,オランダからの「別段風説書」(諸外国の情報)によって,ペリー来航を事前に知っていたというのは知りませんでした。また,日米和親条約などの条約締結については,負のイメージだけが強調されますが,幕府側としても獲得目標をもって交渉していたことを明らかにしています。
条約交渉に関して言えば,朝廷側の方が情勢に疎い考えで突っ走っていた(これは,当然情報が少なかったこともあるでしょう)ということですね。
幕末期の流れは,何度読んでも複雑です。この時期は,結局苛烈な権力闘争が行われた時代だと言うことができるでしょう。その流れの中で天皇を担ぎ出した。また,朝廷側もそれに乗ってしまった。この流れによって,一方が他方を滅ぼす結果を生じ,優秀な人材を放出してしまった(権力闘争にはこの側面は常に伴う)訳です。
結局,明治期の天皇制は,それまでの天皇制とは大きく姿を変えたものになってしまいます。東京遷都によって京都文化から切り離され,公家と女官を追い出してしまう。
紀元節についても驚きでした。元々根拠の乏しいものであろうことは推測できましたが,この日は,神武天皇の即位日ということで設定された訳です。これは辛酉革命思想に基づくのですが,これによれば本来は1月29日。しかし,孝明天皇祭がこの日であったために,2月11日に変更したという。・・・つまり,神話上の根拠すらなかった訳ですね。
一揆のあり方についての記述も興味深かったです。江戸期の一揆はそれほど暴力的なものではなかった。幕末期,明治初期の過酷な状況を受け,一揆が暴力化していった訳です。これは社会状況の混乱にもよります。そして,これに対する対応の仕方も明治政府の方が弾圧的でした。
また,明治維新においては諸外国からの圧力も強調されがちですが,政府発足後に閣僚が長期の外遊をしていることからも明らかなように,具体的な植民地化の危険は存在していなかったという指摘も行っています。
さらに,外国人との接し方についても,「従来の「嫌悪と警戒」のイメージは,近代の文明開化以降に生みだされたもの」(101頁)と指摘し,むしろ物怖じしないということで日本女性が讃えられたりした時代があったことを文献から明らかにします。
こうやって見てくると,近代技術だけを崇拝するなどし,我々の誇りを失わせたのは実は違う方向からだったのだということが分かります(もちろん,この点は産業革命に伴う世界史的な変化という影響を避ける訳にはいかないでしょう)。
実は,その一因は,しっかりとした統治の伝統,基盤を持たない権力が政治構造(地盤)を変えたために,現実を踏まえない大国路線や冒険主義的な路線に走っていく傾向が生じたのではないか,などといった新しい視点が開けます。
時代は限られているのですが,新書で描くにはかなり盛りだくさんな内容なので,他の歴史書で更に補充したいという気持ちにさせてくれます。

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