
「訴えられた遊女ネアイラ」 デブラ・ハメル著,藤川芳朗訳(草思社,2006)。
副題が「古代ギリシャのスキャンダラスな裁判騒動」。残存するアポロドロスの弁論を素材に,ギリシアの訴訟のあり方や同時代の女性の地位,弁論の構成などを生き生きと描いた一冊。
今回の訴訟は,弁論家でもあるステパノスがアテナイの法に反して非市民の立場にあった元遊女ネアイラと結婚生活を営んでいるというもの。この事件のためにアポロドロスが書いた告発弁論だけが現存します。なので,結論がどうだったかは読者が想像するしかありません。
この弁論を切り口にして,アテナイの社会を描いていくのですが,数々のエピソードを盛り込み分かりやすく描いています。古代ギリシアの社会に関心のある方なら楽しく読めるでしょう。一点,残念な点を挙げるとすれば,注の位置が少し変なことですかね。
古代ギリシアでは,売春は合法化されていました。性的サービスの対価として支払いが許される上限については法律で制約を設け,課税もされていました。
他方で,娼婦ではない一般の女性の権利は限られたもので,当然性的自由なんてものは認められないし,行動についても制約が多い状態でした(ほとんど自由に外出できないような状態です。)。
本書で,ネアイラは,遊女ゆえに差別を受ける立場に立ちます。また,自活するのも容易ではありません。いわゆる身請けされない限り,人身の自由はないというような有様ですね。
裁判制度は,陪審制ですが現代の陪審制とはかなり異なります。そもそも陪審員の数がやたらと多い(本件では501人),職業裁判官が指示を与えるということもなく,陪審員同士の討議もない。
いわば,公開オーディションみたいな感じですね。また,弁護士が代理人となるということも認められていません(弁論家は原則として本人の立場で主張していきます。)。
持参金制度は面白いですね。持参金を持って嫁に行くのですが,離婚の場合には取り返すことができます。これが虐待を抑制する機能を持っていたそうです。
これと,女性が家を出れば(追い出されたか,自分の意志で出たかを問わず),離婚が認められるという制度の存在によって,女性の立場の弱さはかなりカバーされていたと言えるでしょう。
家の存続は,ギリシアでも関心事だったようです。先祖の墓の供養の問題から相続人のない状態は避けたいと願っていたなどという話を聞くと,日本だけが家の存続にこだわっていたのではないということが分かります。

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