「女の園」
木下惠介監督,高峰三枝子,高峰秀子出演(日本,1954)。
京都の全寮制の女子大学を舞台にした話。女かくあるべしとして厳格な規律に置かれ,手紙の検閲や学問の対象にまで口出しされる環境の中で,戦後の自由,人権意識に目覚めた学生たちが声を上げる。
なかなか迫力のある映画でした。女性たちの活躍を描くという意味では,
「アイアン・エンジェルズ」にも通じるものがありますね。
この映画,社会派的なテーマを描くようでもありますが,どちらかというと時代の空気をありのままに切り取ったという感じの映画です。
戦後の逆コースへの流れに対し声を上げていこうという学生とこれに対する圧力,女性かくあるべしという保守的な潮流とそういう潮流では止めることのできない時代の流れ,そういったものが混在となっています。
学生の一人,出石芳江は銀行勤めを辞めて入学したため授業についていくのが難しく,夜間にも勉強させてくれと寮母に頼み込むが断られてしまう。彼女には,恋人がいて親には交際を反対されている。親が決めた相手と結婚させられるのを防ぐために女子大に来たというのが本当のところ。
この恋人との関係もこの映画の見せ場の一つだ。一方は姫路城から,他方は機関車から別れのハンカチを振る二人の姿は感涙ものだ。
結局,彼女はもろもろの流れの中で苦しんでいくことになるけれど,じゃあそれって誰に責任があったのかと問われると,なかなかに表現に苦しむ。
そしてそういうものこそ,先人が取り組んでいかなければならない課題だったんでしょうね。
映画の中での会話もかっこいいですね。有力者の子女でありながら社会に憤る林野明子は,「社会悪に敏感なのが青年の潔癖さなのよ」と言い切ります。渋いな。
しかし,彼女も自分のブルジョア的な環境によって特別扱いされていることが原罪であるかのようにまとわりつきます。
昨今の復古的な風潮が目指すのはこういう学校なんでしょうかね。そういう視点で見ると確かにこんな学校があれば面白いかもね,と思います(希望者はほぼゼロでしょうが)。しかし,現実には無理でしょう。
教師側の古いのだけれど,格調のある姿勢,こういったものも今ではすっかり失われてしまったことに気付かされます(怒った時にも感情にまかせて生徒にぶつかったりはしません。)。そう,時代は変わってしまっているのです。

0