「バージョン」 坂口尚著(講談社漫画文庫)。マンガ。
全2巻。SFマンガ。ちなみに,坂口作品を読むのは今回が初めてです。坂口尚は,手塚治虫の虫プロに入り,アニメ制作に関与してきたそうです。
本作は,「我素」なる成長するバイオチップを持ち出した父,日暮博士を探して欲しいと依頼してきた娘の映子と,探偵の八方が,同じくバイオチップの探索をしている宗教団体や秘密組織に追われながら,「我素」の秘密に迫るという話。
一体,「我素」がどういうものなのかは,このマンガを読んでもよく分かりませんし,あまりつめられているとは感じません。
でも,不思議とそれほどストレスは感じませんでした。
後半は,何とか話をまとめたという感じなんですが,結局,「我素」自体がデーターの虚構性に気付いたということなんでしょうかね。
言葉が一つの記号にすぎず,物事は記号に置き換えられることによって死んでしまう余地があるというのは確かにそのとおりですよね。
例えば,今飲んだこの飲み物が何ともいえない不思議な味わいで,その出会い方も特殊だったのだけれど,それがなんとかのビールだったとしたら,そういう言葉によって呼称することによって,その時の直接的な体感は,一つのデータに簡単に変換されてしまう訳です。
そして,その後は,なんとかのビールとして,直接的な経験がない人でも語ることが可能になってしまう。まあ,そういう限界をおさえれば言葉というものも有意義なんですが,架空の世界を形作ってしまう一種の危険性みたいなものはある訳です。
このあたりの感覚は,
五十嵐大介の「魔女」の第2集所収の「PETRA GENITALIX」の感覚に通じるものがあります。
下巻の最後には,手塚治虫に捧げられた「星の界(ほしのよ)」という短篇が入っていて,こちらも短篇ながら印象深い作品になっています。

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