「ねじ式」
「紅い花」
いずれもつげ義春著(小学館文庫)。マンガ。
まあ,つげ義春の短編「ねじ式」は,マンガを読む上では避けられないでしょう。何度か読むチャンスはあったはずなんですが,実は今回読むまで一度も目を通したことがなかったことを知ってちょっと驚きました。
つげ義春は,白土三平の元にほんの少し,水木しげるの元では比較的長くアシスタントとして勤めていたのですが,画風の影響って感じますね。
マンガの世界にシュールな雰囲気を持ち込んだという意味では,その功績は偉大ですね。とはいえ,今の視点で「ねじ式」を読むと,ふーんという感じで終わってしまうんですが。
この2冊は比較的系統が似た作品を収めた短篇集なんですが,なんだか分からないなーっていうものも結構収められています。個人的には,短篇集「ねじ式」の方が短篇集「紅い花」よりは作品としてまとまっている感じがしました。
レビューをする人たちにとっては,つげの余白はレビューしがいがあるのかもしれないですね(以下,短篇集「ねじ式」は@,短篇集「紅い花」はAと表記します)。
「ねじ式」(@)
もはや古典ですね。解釈がどうであろうと美術館に名画を見に行くように取りあえず鑑賞しておけということですね。黒田硫黄の
「黒船」の表紙もねじ式をモチーフにしていたんですね。まあ,そういう感じでいろんなところ出てきます。
「沼」(@)
つげ漫画によく出てくる不思議な少女が出てきます。しゃべり方が風変わり。「手伝いに来とるのであります」って。この娘は,「紅い花」(A),「もっきり屋の少女」(A)にも登場します。これと「チーコ」(@),「初茸がり」(@)は,独特の印象を残す佳作ですね。
「山椒魚」(@)
井伏鱒二を翻案した作品。文学とつげとの関わりという点で見ていっても面白いですね。ちなみに,「近所の景色」(A)は,梶井基次郎の檸檬の引用を交えたりしている佳作です。
「噂の武士」(@),「女忍」(A)は,白土三平色の時代物になっています。
温泉シリーズというか,旅ものも趣ありますね。「オンドル小屋」(@),「長八の宿」(@),「二岐渓谷」(A),「ほんやら洞のべんさん」(A),「庶民御宿」(A)なんかがその系統です。
「ほんやら洞のべんさん」(A)は,いろいろあって錦鯉を盗みに行く寂れた宿の主人べんさんが出てくるんですが,いい味わいです。最後のべんさんのセリフ,「お前さまはべらべらとよくしゃべるね」は,しみじみですね。
「ゲンセンカン主人」(@)
ねじ式の系統の作品ですね。
「ねじ式」夜話なんか読むと,同時期に発案されたのが分かります。あえて完結させないというか,ぶつっと切った感じというか。独特の余韻ですが,個人的にはもうちょっとまとめろと思っちゃいますね。筋らしい筋がないという意味では,「李さん一家」(A)も同じ感じですね。「やなぎや主人」(A)なんかも話の前半と後半がぶちっと切れていますね。そういう意味では,「ヨシボーの犯罪」(@)も同じ感じ。こちらは,なぜか後半カラッとした雰囲気になっちゃいます。
この「ヨシボーの犯罪」の前半の犯罪の証拠物件をなかなかうまく捨てられないという感覚は,先日取り上げた
花輪和一の「猫谷」所収の「唐櫃の中」に共通しますね。
体験を折り込むのは,マンガという表現においてはその人らしさを滲み出す上では欠かせない営みです(痛みも伴いますが)。つげの場合は,メッキ工の経験があることからメッキ工業所を舞台にしたマンガも収録されています(「大場電気鍍金工業所」(@),「少年」(@))。
「ある無名作家」(@)は,その後もつげが取り上げる,落ちぶれた男と家族というモチーフが使われています。
こうやってみてくると,やはりなかなかに盛りだくさんですね。

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