「アメリカの民主政治」 アレクシス・ドゥ・トクヴィル著,井伊玄太郎訳(講談社学術文庫)。
軽い本ばかり数多く読むという選択肢もあるけれど,人間何があるか分からないということを思うと,読むべき本を苦労しながらでも読んでおくのも悪くないと思った。
で,読むべき本といっても数限りなくある訳だけれど,学生時代に読もうと思って(一度は図書館で借りた)果たせなかった本書を手に取った。
トクヴィルが建国当初のアメリカに渡り,民主政治について考察を深めた一冊で,本書の1巻と2巻にあたる部分は1835年に,3巻にあたる部分は1840年に出版された。時代は古いけれど,その分析の鋭さは現代でも十分通用する驚異の名著。
本書の翻訳については,最近岩波版が出ている。本屋でぱらぱらと眺めた感じでは,岩波版の方が分かり易そうだけれど,これは絶対読むと岩波版の発行前に本書を購入していたので講談社版で読みました。
で,この本のレビューに取りかかる訳ですが,これは長期戦を予想しています。なので,本書のレビューをしながらも,その後に読んだ本の感想を投稿したりしながらじっくりと取り組みたいと思います。
トクヴィル自体は,貴族制の出自を持ちながら民主制に期待を寄せるというスタンスです。また,本書は当時のヨーロッパに向けて書かれました。
もう一点,注意が必要だろうと思うのは,本書はあくまでアメリカ民主主義の創生期に着目して書かれたという点です。なので,本書を読んで現代アメリカの姿が分かるなんていうことはありません。現代アメリカに見るトクヴィルなんていう本があれば是非読んでみたいと思います。
さて,dubdubは,読んだ本で気になったり,気に入った部分については抜き書きなんぞをしている訳ですが,本書は,そのオンパレードで読むよりも抜き書きするのに時間がかかるなんていう状態になってしまいます。
まずは,
「理知のはたらきが力と富との源泉となって以来,科学の発展も新知識も新考案も,すべては人民の手のとどく範囲にある権力の芽と考えられなければならない。(中略)それ故に民主主義の支配は文明と知識との発展とともに拡大してゆくのである。」(上25頁)。
つまりは,民主主義は必然だということですね。「権力の芽」という部分も気になりますね。文明の対立説なんかもありますが,どうでしょう。ぼくはやはり民主的要素は必然的に流入してしまうのではないかと思います。
そういう意味では,民主主義の意味合いを形式的な側面のみではなく,実質的に観察していくことも必要ではないでしょうか。そういう目で見た場合に,民主主義の警察官アメリカみたいな敵視の姿勢を横においても,民主化というものは進行する運命にあると思います(もちろん,民主主義の亜流として管理社会や新たな独裁社会が生じることはあるでしょうが)。
(つづく)

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