
「むずかしい愛」 カルヴィーノ著,和田忠彦訳(岩波文庫)
イタロ・カルヴィーノの短編集。「〜〜の冒険」という形で,12の短篇を収める。カルヴィーノを読むのは,
「くもの巣の小道」以来,2冊目。
「ある兵士の冒険」
冒頭の作品が,電車での痴漢みたいな感じの話である本作なので,この短篇集の先行きが不安になるのだけれど,どちらかというと本作は例外といった感じ。
「ある悪党の冒険」
追われる立場のジムが,馴染みの売春婦のところに逃げ込む。ふとしたことからトイレに隠れなければならなくなった窮屈さがよく描けている。この短篇集は,こういったちょっとした描写の連作集でもある。
「ある海水浴客の冒険」
こちらは海中で海パンが流されてしまった女性の困惑を描く。
「ある会社員の冒険」
規則的な生活を送る会社員が,人妻との一夜を過ごし,その余韻に浸るという話。
「ある写真家の冒険」
元々は写真が嫌いだったのに,いつしか写真に囚われてしまった男を描く。
「美しくみえるから写真に写される現実と,写真に写されたから美しくみえる現実との距離はきわめてわずかなものだ。」(78頁)とか,写真へのスタンスに対して,
「ところがきみたちときたら,まだ選択の余地があると思いこんでいる。
いったいどんな選択なんだい。牧歌的で,言い訳がましくて,自慰的で,自然や国家や親族と平和にやっていこうっていうのが,きみたちの選択じゃないか。
単に写真についての選択にとどまるのじゃないんだよ,きみたちのは。生き方の選択なんだ。それが,劇的な対立や矛盾のもつれや,意志と情熱と反感との強烈な緊張を排除することへときみたちを導くことになるのさ。
そうしてきみたちは狂気から身を守っていると思っているかもしれないけれど,実のところは凡庸と愚鈍に陥っているわけだ」(79頁以下)
などと鋭く批判していた主人公が自分なりのアプローチで写真に向き合うところなど,インパクトのある話。本書でも屈指の一篇。
「ある旅行者の冒険」
遠距離恋愛をする主人公が夜行列車に乗って恋人に逢いに行く日常を描く。神経質なまでに自分の流儀を守り,快適に滞在しようとする主人公の姿が微笑ましい。この短編もいいですね。
「ある読者の冒険」
泳いでは,岩場でロマン派時代の作品を読みふける主人公のとんだ邪魔を描く。
「ある近視男の冒険」
近視に気付き,眼鏡によって新しい世界を発見した主人公が故郷の町を訪れる。
「ある妻の冒険」
朝帰りの人妻は,近所のカフェへ。朝の光景。
「ある夫婦の冒険」
シフトの関係でほんの少ししか一緒にいられない夫婦の日常。
「ある詩人の冒険」
詩人とその恋人との海での出来事。洞窟をプチ探検したり。
「あるスキーヤーの冒険」
スキー場での出会い。
後半は,やや物足りないけれど,日常への視点が暖かく,悪くない短篇集でした。

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