
「名誉毀損−表現の自由をめぐる攻防」山田隆司著(岩波新書)。
新聞記者の著者が大学院の博士課程に入学し,著した一冊。ジャーナリストの著者が裁判例について分かりやすく説明するというスタイル。
項目立てて取り上げている裁判例は,森首相対「噂の真相」事件,長崎教師批判ビラ事件,動物病院対2ちゃんねる事件,「署名狂やら殺人前科」事件,「夕刊和歌山時事」事件,北方ジャーナル事件,女優X氏対「女性自身」事件の7事件。もちろん,それ以外の裁判例も散りばめられているので,コンパクトに名誉毀損に関する裁判例の状況を概観できる。
ジャーナリストの執筆にかかるだけあって,表現の自由という点について現実的な配慮がなされている。表現の真実性が証明できない場合に,どういう要件で責任を問われるのかについては明確な線引きが必要となるのに,現状としては甚だあいまいな基準で判断されていることを批判している。
本書を読めば,あまり系統的に裁判例が構築されていないのがよく分かると思う。
そういう意味では,著者の提言するように,虚偽の報道であることについて故意または重過失を要求し(現実的悪意の法理の導入),相当性のある資料ないし裏付けが取られていたかを客観的に検証するというアプローチが早期に確立されるべきだと思う。これを要求した上での賠償額の高額化なら(最近高額化の傾向が進んでいる),名誉毀損を理由にした表現の抑圧を防げるというのもなるほどと思う。
また,公人に対する表現は比較的ゆるやかに認められるべきだという論理について,政治的意思決定に関わる人たち(「大企業や労働組合,マス・メディアのトップ,テレビのニュース・キャスター,有力大学の学長など」)が対象になるというアメリカの学説が紹介されているけれど,なるほどなーと思った。
単なる有名人(芸能人)なんかも,公人に含めて考えてしまいそうだけれど,そういう風には見ない訳ですね。ワイドショーに対する違和感なんかはここいらにもあった訳ですね。
ネット上の表現についても触れられていますので,多くの人には一読の価値があるでしょう。巻末には判例索引と参考文献についてもまとめてあります。
なお,当ブログでは,昔,同じく名誉毀損についての新書についてレビューしています(
「名誉毀損裁判」浜辺陽一郎著(平凡社)(1),
(2))。基本的な主張は本書と共通していますが,時間の経過によっても判例状況の深化がないのが残念ですね。

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