dubdub雑記帳

　「マイ・ブラザー」　ジム・シェリダン監督，トビー・マグワイア，ジェイク・ギレンホール，ナタリー・ポートマン出演（2008,米）。

　ジム・シェリダン監督の「父の祈りを」は傑作でした。本作は，デンマーク映画「ある愛の風景」のリメイクだそうです。オリジナルの方は未見です。

　筋書きとしてはシンプル。軍人の兄がアフガニスタンに行く前に，強盗で服役していた弟が家に戻ってくる。軍人の兄は結婚をしていて，二人の娘がいる。兄は戦場に行くが，死んだとの報が来る。しかし，死んだと思われた兄は，別人のようになって生還する。
　展開もまあそんなところだろうな，という展開。映画の描き方も陳腐といえば陳腐。本作に新曲winterを提供したＵ２のボノは，ストーリーは単純だけれど，人間関係は複雑なんだと語ったらしいけれど，確かにポイントを突いている。

　戦争による過酷な体験が与えたPTSDと自らが負った罪に苦しむ姿と兄弟の関係を描いている。

　とはいえ，描写は今ひとつ平板なので，きっと出来はオリジナルの方がよいだろうと感じさせられました。
　役者は有名どころを揃えたという感じ。スパイダーマンのトビー・マグワイアがイメージを払拭する演技をしています。
　ただ，映画としてはもう少し捻りというかスパイスが欲しい感じでした。

　「ドン・キホーテ」　セルバンテス著，牛島信明訳（岩波文庫）。

　結局内容には触れず仕舞いでしたので，もう少し続けます。
　基本的には，騎士道の世界のことになると狂気が入り込む，普段は真っ当なドン・キホーテの旅を描きます。有名な従者のサンチョが途中から随行しますので，この二人の珍道中という基本線は想像のとおりかと思います。
　サンチョの諺好きなんかは確かに愉快です。

　著作のスタイルは，そもそもが別に著者がいる作品をセルバンテスが翻訳したという体裁を取っているので，なかなか凝っています。そして，前篇には，本筋の話とは別に興味深い挿話が入ってきて，これがなかなか読ませます。一体自分は何を読んでいるのだったかと思ってしまいますが，読書の楽しみは失われません。

　そして，後篇では，ドン・キホーテの狂気も少し抑えられます。この点が後篇にはちょっとした影というか，悲しさのようなものになって，身につまされます。巻末に近づくにつれ，涙を誘われない人はそうはいないでしょう。
　後篇では，誇り高く生きるということはどういうことなのかを，真剣に考えさせられます。失われた騎士道をこの時代に蘇らせるという野望は，読者にとって羨ましさすら感じさせるでしょう。

　また，後篇では小説の中で「前篇」が既に出版され好評を博していることが前提にされ，ドン・キホーテ主従は，あの小説に出ていた人たちということでセレブのような扱いを受けていることも，斬新な構成だと感じました。

　翻訳も読みやすいので，全６巻もあっという間に読み終わります。
　

　「ドン・キホーテ」　セルバンテス著，牛島信明訳（岩波文庫）。

　前篇３冊，後篇３冊の全６巻。正月に弟と話をしていて，ぼくの積ん読に一体何の意味があるのかについて指摘を受けた。まあ，どこに価値を置くかだとは思う。確かに，手に入れることができない本は稀だし，居住スペースが浸食されていく様は美しいとはいえないものもある。しかし，あれはどうであったかと速攻で調べることができたり（実際には稀），背表紙を見ていて次は絶対これを読もうと決断したり，自分の関心の赴く方向が分かったり（つまり，集めておいて読んでいなかったりする訳だが），と本好きには欠かせない贅沢なのだ。勘弁して下され。

　ちなみに，作家は圧倒的に蔵書破綻系の人が多い。井上ひさしも１０数万冊の本に埋もれていたというし，死亡記事でのみ知った谷沢永一氏は，考え方は随分違うがやっぱり１０万冊以上の蔵書があったとのこと。こういう先輩方を見ると，まだまだかわいい方だと思う。

　とはいえ，積ん読は，買って安心するという危険も伴う。明らかに優先順位の高い本が読まれないままになっているということでいえば，弟の指摘は目から鱗であった。
　ということで，本書を読むということに繋がった訳だ。この重要文学作品をこのまま読まずに過ごす訳にはいかない。

　まあ，決意のほどは悲壮的なものでしたが，読書体験としては非常に楽しいものとなりました。ドン・キホーテというと，風車への突撃で有名で，荒唐無稽なおっさんの妄想冒険談というイメージでとらえられますが，実際にはもっと深いものでした。未読の方は予断を捨てて読まれることをお勧めします。
（つづく）