
「死者の奢り・飼育」 大江健三郎(新潮文庫)。
あまり大きな声では言えないけれど,実は大江健三郎の小説を読むのは初めて。とにもかくにも,まずは一冊読んでよかった。初期の作品の短編集。
大江健三郎の文体としては,「い」が特徴的ですね。「内部を幾つかに区切られてい,」,「茫然として立ってい,」。「区切られていて」,「立っていて」ではなく,「い」で止めちゃうんですね。
「死者の奢り」
大学医学部の死体処理室の死体を移動するアルバイトをすることになった文学部の学生を主人公にした話。一緒にバイトを申し込んだ女学生と管理人を交えた異空間という感じです。無駄になった仕事でもバイト代は問題なく請求できるぞ,といった本質とは関係ない部分に引っかかったりしましたが,本書の中では一番感銘を受けました。
「他人の足」
未成年者の脊椎カリエス患者の療養所を舞台にした話。大学生が施設に入所してきて,これまでの秩序が崩れてくる。こちらも随分と熱い雰囲気の話です。透徹するある種の絶望と皮肉と乗り切れない感覚を感じます。そこに思想的な何かを読み込むのは不毛でしょう。
「飼育」
米軍機の墜落により舞い降りた黒人兵。山崩れにより孤立した村は,彼を捕虜として留め置き,指示を待つ。異質なものに対する愛着みたいなものをうまく描き,後半の劇的な展開も見事。
「人間の羊」
バス内での辱め。警察に被害申告すべきだという教員と屈辱にうちひしがれる学生。本文庫の背には,「傍観者への嫌悪と侮蔑をこめた」と記されているけれど,そうは読めないと思う。むしろ,教員への違和感のようなものが読み取れるんじゃないだろうか。言うようにすっぱりと行動が出来たらよいと思うような心情と,しかし当事者から離れたある種の軽薄さを感じてしまうと言おうか,そういう感情の交錯がキーなのかもしれない。
「不意の唖」
外国兵の入村と居丈高に振る舞う日本人通訳の靴の紛失。
「戦いの今日」
朝鮮戦争に対する米兵の志気を削ぐためにビラを配る兄弟。そんな中,脱走したいという米兵からコンタクトが来る。逃亡兵士のアッシュレイと兄弟との関係が中心になります。ここも何らかの思想を読み込む必要はないと思います。
もっと静かな話が多いのかと思えば,意外にぎょっとする感じの話が多かったですね。 性的な色合いも意外に強い。ただ,性的な描き方はちょっとグロテスクですね。こういったところも初期作品ならではなのかはまだ十分に語れるところではないです。
小説というか,文学を読む楽しさを感じさせてくれる一冊でした。

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