
「リヴァイアサン 第1巻」 ホッブズ著,水田洋訳(岩波文庫)
つづいては,「ことば」について。「ことば」が人を人たらしめているものです。「ことば」によって,記憶の喚起が可能になり,コミュニケーションも図ることができます。そして,月並みですが,この「ことば」について定義をしっかりしていくことの重要性を指摘しています。分かりにくい議論の原因には,実はこの点の問題が存在していることをよく目にすることがあります。まずは,足下からという感じでしょうか。
「文字なしにはどんな人も,とびぬけて賢明になったり,とびぬけておろかになったりすることは,ありえない」(76頁)
この飛び抜けて愚かになったりするというところは,ポイントですよね。自分の経験を離れることによって,とんだ思い違いをしたり,どんどん机上の空論に流れていく向きもあるわけです。
「理解は,ことばによってひきおこされた概念にほかならない」(80頁)という言葉は,これから勉強していこうという時の座右の銘にしましょう。推論の過程は,検証可能であることが必要です。ホッブズは,推理は,勤勉によって獲得されるものであるとして,素質うんぬんは無関係だと述べます(このあたりを含めて啓蒙の意味は再認識されるべきだと思います。つまり,教えてやるというのではなく,その人が当然持っている力に訴えかけるわけです。)。
まあ,これは確かにそのとおりで,理解できてみると,説明が悪かったんだなーと思うことはしばしばあります。
ホッブズは,思想の自由を重視します。
「人のひそかな思考は,恥も非難もなしに,あらゆるものごと,すなわち神聖な,不敬な,清潔な,よごれた,重大な,軽微なことを遍歴する。」(128頁)。これは確かに事実です。我々の心の動きを見れば,良いか悪いかを超えて,考えや想像はふくらむものです。
そして,情念,まあ言ってみれば欲ですね。これが想像力,判断力に繋がると述べます。この欲も,それぞれ,力,財産,名誉,知識に対するものと見ていくと,およそ欲のないと呼べる人間はそれほど多くないでしょう。そして,この欲によって,
「思考は諸意欲に対して,斥候や間諜のように,そとをあるきまわって,意欲されたものごとへの道を見つけるのであって,精神の運動のすべての堅固さと迅速さは,ここからでてくるのだからである。」(131頁)となります。
この欲望が人を駆り立て,様々な成果を上げるとともに,様々な害悪をも発生させる訳です。この点が後に,国家を形成し,国家の主権を絶対的なものとするホッブズの考えに繋がっていく訳です。
(つづく)

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