「石の花」 坂口尚著(講談社漫画文庫)。マンガ。
ユーゴを舞台にナチスドイツの支配,それに抗するパルチザンの姿を描き,戦争を問う歴史大作。
クリロとイヴァンの兄弟,少女フィーのそれぞれの運命を描く。
まず,こんな題材に挑んでしまおうというのが意欲的ですね。話の展開としてもうまくまとめていると思います。
ドラマ「白い巨塔」でもアウシュビッツが出てきてましたが,本作を呼んで改めて強制収容所のことを考えさせられました。歴史修正主義者の喧しい議論に辟易して遠ざかっている場合ではないですよね(日本の歴史も同様ですが)。
このマンガのテーマは,ずばり平和です。だから,単にパルチザンを善として描くということはしていません。解放のための戦いであろうと殺し合いにすぎないという感覚は,現在にも通用する普遍的であるべき感覚ですね。
ドイツ軍の士官であるマイスナー大佐と,イヴァンの議論なんかも深いものがあります。マイスナーは,人間の愚かさを説き,人間は,宗教も思想も作りだしたが,それは当初の目的とは異なり争いを作りだしてきたではないかという問いかけは鋭いですね。
また,自由についての議論も考えさせます。自由意思を前提に人は自由な選択をなしうるという考え方は,選択する能力のない者には負担になりうるのではないか,だからこそその能力のない者は管理統制されるべきであるというマイスナーの主張も,時代を超えて再び現れかねない一定の力を有しています。
ほかにも,人が幸せになろうと思うから戦争が起こるのかという問いかけ(戦争の最初は様々な大義名分を目的に掲げている)や,抵抗運動の主導的立場にあるブランコの,「何を見ても信じよ」という生き方などいろいろと考えさせてくれるよい素材になっています。
坂口の手堅い絵は,こういう本格派の作品に安定感を与えてくれます。

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