

「加治隆介の議」 弘兼憲史著(講談社漫画文庫)。マンガ。
全10巻。政治家を主人公にしたマンガ。主人公の加治隆介は父が与党の有力政治家で,自身は商社勤め。父と秘書をしていた兄が事故で亡くなってしまい,急遽国政選挙への出馬を要請される。
政治のダイナミックさを伝えるという上では良く出来た作品だと思います。主人公は,結婚し,子どもがいるにも関わらず,会社の女性と不倫関係にあったりと,主人公に限らず女性関係のスキャンダルが結構あります(このあたりが,教材には使いにくいという指摘がありますが,それはそうでしょうね。)。
また,主人公の考え方は新自由主義的で,タカ派で,今の時代から見ても,ああ確かにいるなこういう人たちといった意味ではリアリティがあります。他方で,元々政治家になることを目指していた訳ではないので,古い政治体質に対しては批判的な視点を持っており,利益誘導的な言質はしないことを信条にしています。
自分とは考え方は違いますが,それなりに説得力のある主張を行うといった感じで,一つのモデルとしては悪くはないのかなと思います。
とはいえ,農産物の自由化については,地域の利益だけではいけないということはそうかもしれないけれど,加治の視点には食料の安全保障という観点は稀薄だし,そもそも国際的に見ても各国は自国の産業を守っている訳なので,市場に任せればよいという単純なものではなかったりします。
また,米国依存の安全保障だって,そもそも米国がアジアにおけるプレゼンスをそう簡単に手放すことはありえない訳で,米国にさえ頼ればよい(米国がいなくなったら困るではないかという視点)だけではかえってお花畑な印象を受けてしまいます(とはいえ,現在の政治の上でよく聞かれる主張とそんなに変わりがありませんが)。
対人地雷の撤廃についても反対しています。理由としては地雷を撤廃することになると,朝鮮半島の問題や自国を守るのに困るからということらしいです。しかし,ここでも条件面で例外を設けて,段階的に廃絶していくという道を探ることもありうる訳ですが,そういうところには踏み込みが甘くなっています。
本土を守るためには地雷とか言い始めると,日本には危機が迫ると海岸線沿いに地雷を埋設したりして今後ずっと不毛の地になってしまうのかと暗澹たる気持ちになってしまいます。
とはいえ,これはマンガなので,こういった主張に対して,しっかりと反論分析ができるようになるための教材だと考えれば,意外に使えるかもしれません(まあ,単に染まってしまう人も半分くらいいるでしょうが)。
結局は官僚に取り込まれてしまうといったことがどうして起こるのかといったことも,本書を読むとすんなりと理解できます。
本書の持つメッセージである,政治家について単にバカにしたり,毛嫌いするのではなく,もっと真剣に考えていくべきだという点については,賛成です。そういう意味で,意欲作であることに疑いはありません。
このマンガを読みながら,ここ20年くらいの政治情勢を思うと,本当にいろんなことがあったなーと思います。現代史としての整理は折に触れやっていかないといけないことだと思いますね。

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