おりゃー!!!  日記

最近実践していること
1、戦争についての本をよむ。
2、体をまめに動かす。
3、人の話を聴く。

2は先々週実践できましたが先週はだめ。精神的に全然余裕が無くて、それが時間の使い方や睡眠時間に反映されちゃって、ずたぼろでした。

3は、どうなんでしょー。ほとんどの人は私と話をしていると、つまらないようです。だから私も周りのように振舞ってみるけど途中から疲れてしまって。でもまれに、まぜか私との会話を楽しんで下さる人がいて、そんな方とは私もお話してても楽しくって楽しくって。目指せ!!聞き上手! 

実践してみての結果
1、なぜ大東亜戦争という呼び名があるのかがわかりました。また、フィリピン人の同僚に「昔の日本軍は最低だった。たくさんの人が殺されて、女性はレイプされたわ。今はいいけれどね。」といわれ、そのときは自分の付け焼刃の知識と本気で言っているわけではなさそうだから、いわせとけばいいか、という気持ちになんの返事もせず「そうだったようね。」とだけ答えましたが、数分考えてから「いま、いわなかったら私が勉強しているのは何のため?」という疑問に、その後を追いかけ「さっきの話なんだけれど、確かに事実かもしれないけど、それだけじゃないでしょ?その戦争のあと、たくさんのアジアの国が独立したわ。」と、なるべく落ち着いて話してみました。すると「ええ、そうね。確かにそうだわ。」と少し驚いたようです。

戦争を経験していない教育を受けただけの世代の国民(どの国にしても)が「どの国のどこが悪かった」なんて事を話しているのを聞くと「私たちにそのことについて話す権利はあるのか」という気がする。侵した国、侵された国。戦勝国の国民、戦敗国の国民。事実を知らない私たち。隠される事実。

私は日本を一番と思いたいんじゃない。それぞれの国が必要なだけの謝罪と話し合いをするべきだ。私の周りにはアメリカが一番と思いたい人が多いようだ。とくにアメリカの人がそういう雰囲気を出すと(はいはい)という気分になる。

こんな悠長なことを言っていられるのは、「戦争悪は私がしたわけじゃない」という気持ちが私の中にはあるんだろか。だからこう思うんだろうか?
戦争責任という言葉をより理解している人にとっては、「どの国のだれがなにをした」という重要性が私のそれとは違ってくるのだろうか。それならば戦勝国の戦争責任についてもより追求されるべきなのだろう。
でもそれは今の私のスタイルじゃない。どこも責めるべきじゃない。だって私たちは知らないんだから。

じゃあ知ったら責めるの?
それとも私はひどいことをされたと知らないから相手の国民を責めないのか。
ひどいことをした側を責めるのが、馬鹿にするのが世界のスタンダードなのだろうか。
そうやってでないと自分のアイデンティティーが保てないのだろうか。

・・・・・・・。
わしは責めん。そんなものはなにも生み出さん。
これは今の世代だから思えること、見出せる可能性かもしれません。

2、以前から歩き方がわるいとは思っていました。今も改良中です。その結果かどうかはわかりませんが、足首にアキレス腱の筋がたってきました。
 よかったよかった!体質改善目指してがんばるぞぉー。

3、深刻な悩みです。 笑
  人付き合い、人間関係って難しい。
  でも無責任な私だったらしょうがない。その人の経験や考えって、発言に出るものだとおもう。無責任な自分が一番イヤ。最近は停滞してました。今週からまたがんばるぞ!

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